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111.ダレン工房

ミネラウヴァの街には鍛冶屋が3つある。その内の「ダレン工房」という鍛冶屋が特に有名で、ヴィエルジュ家と騎士団が懇意にしている工房だ。


私は名前は知っていたけどどこにあるのかわからなかったので、一旦ギルドに寄って地図で場所を確認した後、「ダレン工房」へと向かった。


工房はギルドの裏道の入り組んだ所にぽつんと建っていてわかりにくかった。けれど、外まで響くリズミカルな鍛錬の音が聞こえたので、きっとここだと看板も何も無い建物の扉を開けた。


中は薄暗く、熱した金属の匂いが漂っていた。壁には所狭しに並べられた長剣や小剣、槍、斧などがある。部屋の奥には橙に光る小部屋が続いていて、そこから炉の薪がパチパチと爆ぜる音と金属を打つ鋭い音の中に老人の怒声が聞こえる。


緊張した空気が漂っていて声をかけることもできなかったので、私は並べられた武器を眺めて待った。


2,30分経つと金属音が止み、奥からガタイの大きな「ザ・親方」みたいな風貌の老人が出てきた。額には玉の汗が吹き出ている。


そして老人は私が入ってきていたことに最初から気づいていたのか特に驚くこともなく、上から下まで私を眺めた。


眼光が鋭い。独特な雰囲気に当てられ、私は呑まれそうになるのを堪えた。


「冒険者か……錬成か?」


「ああ」


「素材は」


私はマントの内側から収納魔法でオリハルコンを取り出し、親方っぽい人に見せた。


「……!」


見せた途端、親方の細い目が見開かれた。そしてもう一度私を見る。


「……お前さん、あの小僧の縁者か?」


「……小僧の縁者?」


何のことかしら?


「ここの領主のことだ。あの小僧以外ドラゴンを討伐できるヤツはそういない」


ここの領主って、お父様のことじゃん。え、今小僧って言いました? あのお父様を小僧呼ばわり?


「はて……息子は1人と聞いていたが……」


親方が訝るような目を向けてきた。


娘ですけど。でも当然そんな自己紹介はできない。


「……Sランク魔法使いのミヅキだ」


「ああ、お前さんがそうなのか。勘違いしてすまんかった。お前さんに小僧の面影が見えたもんでな」


私は思わず苦笑いを浮かべた。


15歳の少年に変身している私を見てお父様を思い出すということは、その頃の年齢のお父様をこの親方は知っているということだ。ヴィエルジュ家が懇意にしている工房だし、お父様と旧知の仲なのかもしれない。


「この素材で俺に合う剣を作って頂きたい」


親方の口角が上がった。


「なるほどどうして魔法使いと言うくせに剣士のような体の作りをしていると思っていたが……」


そう言うと、親方は再びじっと私を眺めた。


「袖をまくって見せてみろ」


私は言われるままに両方の袖をまくり、手のひらも見せたり背中を向けさせたり脚を曲げたり色々指示を受けた。


「……わかった。1週間待ってくれ。鞘もこっちで勝手に作るが良いか?」


え、今の測ってたの? 目視で? お父様を小僧呼ばわりするから只者じゃないって思ってたけど、結構すごい人なのかもしれない。


あ、そうだ。忘れるところだった。


私はマントの中から収納魔法で逆鱗を取り出した。


「鞘は必要ない。その代わり、これを剣身に取り付けてほしいんだが」


私は親方にドラゴンの逆鱗を渡した。親方はまじまじとそれを眺める。


「……なんだ、これは」


「ドラゴンの逆鱗だ」


「逆鱗? 確かに1つだけ鱗が逆さだな。こんなもの初めて見た。どういう代物なんだ」


「武器や防具に着けると攻撃を受けた際、その効果が2倍に上昇する」


「なんだと? それは本当か?」


親方が驚愕の声を上げた。その声を聞きつけ、弟子みたいな人たちが部屋の奥からなんだなんだとこちらを覗いている。


「鑑定で確認したから本当だ。それと一緒に錬成して欲しい」


「ふむ。小僧はこれの存在を知らんだろうな。知っていたらオリハルコンと一緒にこれも持ってくるはずだ。完成したら小僧に知らせても良いか?」


え。


「オリハルコン以外にも宝があるんだ。聞いたら王都からすっ飛んでくるだろうな」


ええぇ……


親方がニヤリとして言った後、「もう用はないな? 儂はこれから籠もる。1週間後にまた来い」と言って奥の部屋に消えていった。弟子から「え、親方、メレディス家からの注文は……」という声に「そんなのは後だ」と言う親方の声が聞こえた。




1週間後の朝。


私はミヅキに変身し、2号を部屋に残して再びダレン工房に行った。


今日は工房から金属音は聞こえず、静かだった。


扉を開け中に入ると、弟子らしき青年が「いらっしゃいませ」と出迎えた。


「冒険者のミヅキです。剣を受け取りに来ました」


「ああ、この間の。ちょっと待っててください」


そう言って弟子の青年は奥の部屋とはまた別の部屋に消えていった。


数分後、階段を降りてくる足音が聞こえてきて、奥から以前にも増して鋭くなった目つきと目の下に隈をつけたガタイの良い老人がのっそりと現れた。


「来たか」


薪が爆ぜる奥の部屋に行き、1つの剣を持って戻ってきた。


剣を手渡される。ディアナの剣より少し長めの剣身は金と銀が混ざったように光り輝いているように見える。そして(つば)の近くの剣身に埋め込まれているのは火竜の逆鱗だ。そこだけ赤金に輝いて存在感を示している。柄もディアナの剣より握りやすく、全体的に片手で振れる程軽い。


「すごい……」


思わず口をついて出た。親方が満足そうに口角を上げる。


「気に入ってくれたようだな。何日も徹夜した甲斐があったわ。試し切りをしていくか?」


あ、だからそんなに隈が……もしかして目つきの鋭さが増しているのは寝起きだったとか? 


試し切りはしなくても、親方の腕を信用しているので首を横に振った。


「さっきまで寝ていたのか? 申し訳ないことをした」


「気にするな。むしろドラゴンの宝を2つも使って打てたことに感謝したいくらいだ。まぁ金はちゃんと取るがな」


「いくらだ?」


「15金貨だ。素材は持ち込みだから錬成費用だけだが、逆鱗を取り付けるのに苦労したから割増だ」


もっといくかと思った。


私はポケットから15金貨を出し、親方に手渡した。


「またドラゴンを討伐したら逆鱗を儂んとこに持って来い。言い値で買い取ってやる。ギルドなんかに売るなよ」


私は苦笑いを浮かべながらマントの中に剣をしまい、工房を出た。


そういえば親方、もうお父様に知らせたのかしら。お父様が急に領地に帰ってきたらそういうことよね。

次回は4/28(月)に投稿致します。

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