106.ラヴァナの森(1)
翌朝。
目覚めると、窓の外では雪がしんしんと降っていた。
宿で早めの朝食を済ませると、宿の近くの人気のない路地に入り、ピアスを使ってラヴァナの森に転移をした。
目の前の景色が森の中に変わる。地面には雪が5cm程積もっていた。でも適温状態を保つ魔道具のブローチを水竜のマントにつけているので寒くはない。
早朝の黒い森にも白い雪が降り注いでいる。魔獣の森なのに静寂さが不気味だ。気配や鳴き声などが雪によって消されている気がする。
森の入口付近では既にローレンの森でのCランク区域相当の魔力の圧と毒々しい空気を感じた。なのでさっそく状態異常回復の魔法を自分にかけた。
私はSランク魔獣の目撃情報があったというBランク区域に向かった。探知魔法を駆使して、ランクの低い魔獣を避けながら奥へ奥へ進んでいく。
探知魔法の分布図から、Cランク区域にBランクの魔獣があちこちにいるのがわかった。やっぱりここでも魔獣が各々の縄張りを離れ、結界の方へ近づいているようだった。
最初に転移した場所から北西の方向におよそ2km進むと、Bランク区域に差し掛かった。
ラヴァナの森は東西に広がっている。ヴィエルジュ領は東側にあるので、東に進むより西に進んだほうが探す範囲が広い。
途中で何度かオーガを目撃した。受付の女性職員が言っていた都市伝説が思い出される。
確かに人型ではあるけれど……もう、あんなことを言われたら討伐しにくくなるじゃない。
魔力遮断をして避けながら西へ進んでいく。
うーん、黒い点が出ないなぁ。それらしい魔力も感じないし……
それから2時間程歩いた。その間に運よくマンドラゴラが植わっているのを見つけ、引っこ抜いて根を採取した。引き抜くと絶叫してその声で人を狂わせたり周囲の魔獣を呼び寄せたりするので、それを防ぐために根と葉以外の部分を氷で固まらせてから引き抜いた。いくつか植わっていたので、状態異常の回復薬のために採取をしながら進んだ。
木の根の起伏が多くて厄介な所が1kmくらい続く。
少し足が疲れてきたので、休憩をすることにした。
周りは黒々とした木々と視界を妨げる灰色の靄が点在している。
こんな不気味な空間で休むより、家テントを張って中で休むかな。
私は収納魔法で家テントを出し、テントに隠蔽魔法と魔力隠蔽をかけ魔獣に見つからないようにした。
玄関で雪で濡れたブーツを脱いでリビングのソファによっこいしょと座り、ふかふかの背もたれに体を預ける。しばらく休めば自然と体力値と魔力値は少し回復するので、ちょっと減ったくらいでポーションを使うのはもったいない。
軽食をつまみながら2時間程過ごした。ステータスを見ると魔力値も体力値も回復していたので、玄関に行き新しいブーツに履き替え、テントを出た。
テントの隠蔽を解き収納魔法でしまう。時折探知魔法を出して魔獣の場所を把握し、魔力遮断をして避けていくを繰り返しながらさらに西に進んだ。
それから30分程経つと、不意にSランク魔獣特有の強烈な嫌な魔力を感じた。
ゾクッとして立ち止まり、探知魔法を出すと黒い点が探知範囲の端から現れていた。ここから1km先だ。
いた……相変わらずSランクは魔力の圧がエグいわね。
しかも黒い点は私のいる方向に物凄い速さで移動していた。
この速さ……もしや飛行系? まさかドラゴン……!?
黒い点が近づくにつれ冷たい風が強くなっていく。
そして私との距離が300mきった瞬間——
ドーーーーンッ!!!
突風が吹き、黒い木々が激しく風に切りつけられるかのように次々と薙ぎ倒される。まるで円形のドミノ倒しだ。その範囲は半径200m程。範囲内にいた他の魔獣や冒険者は真っ二つになって血を流していた。悲鳴を上げる暇もない程に一瞬で、その光景に思わず息を呑んだ。
私はハルトさんからもらった防御魔法のペンダントのおかげで攻撃を凌ぐことができた。なんと攻撃を感知したら自動で発動する代物だった。感謝感激すぎる!
空を覆っていた木々がなくなり、灰色の空が顕になった。その中心に大きな白い翼を広げて浮かんでいたのは、鋭い牙と角をもつ巨大な緑色の牛だった。
あれは……グアンナ!!
翼をはためかせながら、額についた1本の緑色に光る角をバチバチとさせ、そして空から広範囲に雷を落とした。
ズドーーーーーンッ!!!
防御魔法のペンダントで雷を防ぐ。周りの木が焦げ付き、焦げ臭い匂いを放った。
獲物を発見したかのようにグアンナの赤い目と目が合う。ペンダントが作動したことで私の居場所がわかったみたいだ。
グアンナは風属性魔法を使う。それもSランクだから雷魔法のように上位の魔法ばかり。飛行能力も高く、移動も突風のように早い。緑色に光る角はおそらく風属性の魔石でレア中のレア。ドラゴンかと思って一瞬ヒヤッとしたけど、グアンナもドラゴンに匹敵する程討伐が難しい魔獣だ。大きさはドラゴンやベヒーモスに比べたら小さいけど、対ドラゴンの予行練習にもってこいかもしれない。
私は深呼吸をして気合を入れ、遮断していた魔力を全て解放した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ランデル山脈の中腹——
灰色の空、黒い木、冷たい風、薄黒い靄、硬い土の地面と白雪。
一面の灰色の空と黒い森とその先の街が見渡せるその場所で、巨大な黒い物体が横たわっていた。
何かに反応するかのように閉じられていた瞼がピクリと動き、徐ろに開く。深紅の目が顕になった。
一体の漆黒の竜が、ゆっくりと首をもたげた。
『……姉上……?』
次回は4/16(水)に投稿致します。




