105.ミネラウヴァギルド
領地の屋敷に帰ってから1週間後の朝。
十分な休息をとったので、お見合いに関しては2号に任せて、私はラヴァナの森の魔獣を討伐するべく、ミネラウヴァギルドに向かった。
ミネラウヴァギルドはスピカから北西の方角に40kmの場所にあり、ラヴァナの森に近い。スピカで馬を調達して向かったので、2時間程で目的の場所に着いた。
ミネラウヴァでは雪がちらついていた。北の方角には霧に包まれたランデル山脈がとても近くに見える。
大通りのお店はどこも閑古鳥が鳴いている状態で、店じまいをしているお店も何軒か見られた。南への避難が進んでいるんだろう。
でもそのせいなのか、雪が街の気配を飲み込んでいるからなのか、街の中はとても静かでなんだか寂しさを感じた。
その中に存在感を放って立っているのが堅牢な建物の冒険者ギルドだ。造りは王都のセレーネギルドと同じで石造り。
私は冒険者ギルドと書かれた看板の下の扉をくぐった。
中は暖房の魔道具が効いていてとても暖かい。
人はまばらだった。でも私のことを知っている人は多く、私の入室に気づいて皆「蒼焔のミヅキだ」と驚きの声をあげている。
依頼ボードにはセレーネギルドと同じようにランクごとに依頼が分けられて張り出されていた。ただ少し様相が違う。セレーネギルドと違い、昼前のこの時間でもまだ依頼表がたくさん張られていた。ここを拠点としていた冒険者も南下したのか、依頼を受ける冒険者が減っているみたいだった。
Sランクの依頼を見ると、Sランク魔獣(種類問わず)の討伐依頼や4種のドラゴンの討伐、銀月草の採取といった内容だった。ドラゴンの討伐報酬が50金貨と結構高い。4種類倒せば200金貨か……
今日もしSランクを倒せば12万魔力値にギリギリ到達するかしないかくらいになるわね。
「なあ、Sランクのディーノもこっちに来ているらしいぜ」
「ああ、確かザニアギルドで見たって俺の友人の友人が言っていたらしい。あそこもラヴァナの森に近いからな」
冒険者同士の会話が耳に入った。
ディーノさんもこっちに来ているのね。山脈の結界の確認はもう済んだのかしら……私もどんな結界か一度見に行く必要があるわね。なにせ魔獣の森の月属性の結界と対らしいから。
私はSランク魔獣の討伐依頼用紙を剥ぎ取り、依頼受付カウンターに進む。若い女性職員が私を見て目を丸くしていた。
「こ、こんにちは。ようこそ、ミネラウヴァギルドへ。えっと……」
緊張しているのか段取りをど忘れしてしまった女性職員に黒いギルドカードと依頼用紙を差し出した。
「あ、Sランクの討伐ですね。受けてくださりありがとうございます。あ、Bランク区域にグアンナや凍獄巨人スリュムの目撃情報がございますよ。えっと、登録しますので少々お待ち下さいませ」
少し落ち着いたのか、カードと用紙を透明の台の魔道具の上に置いて依頼の登録をした。
「登録が完了しました。カードをお返しします」
「ありがとう」
女性職員が頬を赤く染めた。
「い、いえ。お気をつけていってらっしゃいま……あ!」
「ん?」
「すみません、あの、ラヴァナの森は初めてですよね?」
「ああ」
「あの、ラヴァナの森は奥に行けば行くほど瘴気が他の森よりも特別濃いので、長時間森にいる場合は状態異常の治癒ポーションを何本か準備してからでお願いします」
え、状態異常になるってこと?
「状態異常って、どうなるんだ?」
「えっと、毒に侵されて最悪死に至ることもあるそうです。重症だとエリクサーでしか治らないとか。ここだけの話、ここの森だけ巨人とかオーガとかアルラウネとか出るんですけど、もしかしたら濃すぎる瘴気に侵されて亡くなったか動けなくなった人が魔獣や魔物になっているんじゃないかっていう都市伝説があるんですよ」
えっ、人が魔獣に?
「……本当か?」
「ただの都市伝説ですよ。信じるか信じないかはミヅキさん次第です」
どっかで聞いたセリフだわ。でもそんな都市伝説があるなんて知らなかった。ヴィエルジュ騎士団の皆とほぼ一緒に訓練しているのに、そんな話聞いたこともなかった。今度ハインとレイに聞いてみよう。
「あ、でも、私ここで働き始めて2年くらい経ちますけど、瘴気が原因で亡くなった人は今のところいないですよ。皆状態異常の治癒ポーションを絶対準備して行きますからね。ちょっと最近品薄ですけど、ミヅキさんも忘れずにお願いしますね」
「わかった。教えてくれてありがとう」
私は踵を返しギルドを出ると、状態異常のポーションを買うために薬屋に行った。
でも陳列棚に置いてある状態異常の回復薬は以前王都の薬屋で買った時よりも割高になっていた。
うーん、どうしようかしら。一応まだ2本持っているんだけど……あ、そうだ。スキルで状態異常の回復魔法を創れば良いんじゃないかしら。それならもう買わなくて良いし、ポーションを必要とする人に行き渡るし。
薬屋を出て薄暗い路地に入り、そこで私は状態異常回復の魔法を創った。しかもあらかじめ自分にかけておけば自動で状態異常から回復するようにした。
状態異常の治癒ポーションが品薄なら、それを作れる素材を手に入れた方が良さそうね。確かユニコーンの角と、ガルーダの尾羽と、マンドラゴラの根……だったかな。AとかBランクだし、見つけたら討伐しとこう。
路地を出て、ラヴァナの森に続く北門に向かう。
もう昼近いからとりあえず今日はラヴァナの森に入った所でまた転移で街に戻って来よう。一度ラヴァナの森に行けば、明日から宿から直接森に転移できるし。
私は北門にある停留所で乗り合い馬車に乗り、ラヴァナの森までの1時間、ガタガタと揺られた。
うっぷ……あーダメだ吐きそう……久々に乗ったからだわ……乗る前に魔法かけておくんだった。
馬車の中には誰もいなかったので、私は堂々と状態異常回復の魔法を自分にかけた。吐き気がなくなってすっきり爽快。
馬車がラヴァナの森の手前にある停留所に到着する。
馬車を下りて見上げたラヴァナの森は、金色の結界が張ってあっても異質な暗さが際立っていた。ローレンの森よりもヘレネの森よりも魔獣の気配が強い。
うわー……なんだこれ。木が黒いし空気もどす黒い感じだし……ここにしかドラゴンがいないのも頷けるわね。
私は森の背後に天高く切り立った山脈を眺めた。こんなに近くで見たのは初めてだ。
……? あれは……
山脈の中腹より上から頂上にかけて黒っぽい膜が張られているのに気づいた。目を凝らさないとわからない程、色が森と同化しているので今まで全然気づかなかった。
あれが山脈の謎の結界というやつかしら……近々結界の様子を見に行ってみたいわね。
私は一度森に入り、そして転移をして北門近くの路地に戻った。
次回は4/14(月)に投稿致します。




