102.神殿巡り(4)
アウストラリスにある宿屋で一泊した翌朝、私は歩いてサジテール神殿に向かった。既に隠蔽魔法がかかった状態だ。チェックアウトをした後すぐ人目につかない場所で自分にかけたのだ。
あんなことを言われたらね。
昨日宿屋の女将に「最近、各地の神殿の神像が金色に光るのをご存知?」と聞かれ、「知っている」と応えると、何やら意味深な笑みでこう言われた。
「こんな噂もあるのよ。『神像が光る頃、必ずSランク冒険者のミヅキを街で見かける』って」
それを聞いて私は固まった。
えっ、そんな噂が立っているの? もしや私がやってるってバレて……いやいや。神像に魔力を込めるときは隠蔽魔法で私の姿も見えないし魔力も感知されないから、誰も私がやったことって思わないわ。ここは冷静に。
「そうなのか。偶然は重なるんだな」
「ふふ、今度はここの神殿の像が光るということね」
「……」
あの場ではなんとか取り繕ったけど、今後は領から領への移動もずっと隠蔽魔法をかけようと決めた。
はぁ、お父様とお兄様も神像が光るなんて想定外だろうから驚いているでしょうね。手記に書いてなかったし。心配性なお兄様を安心させるためにも次の移動からずっと透明人間状態でいれば、神像が光る現象が私と関連付けられることはなくなるはず。
透明人間状態で神殿の礼拝堂に着き、祭壇まで瞬間移動をする。
サジテール像は弓を持った半人半馬の星の神だ。屈強な肉体で、無機質な石像なのに猛々しさが滲み出ている。
魔力を込め終え神像が金色に光ると、私は隠蔽魔法を解かずそのまま北のエスコルピオ領に向かった。
それまで宿で寝泊まりしていたけど、各領地の街の宿の主人と顔を合わせれば噂に信憑性がつくかもなので、野営をすることにした。
野営自体が初めてなので、私はアウストラリスの魔道具店で「家テント」っていう魔道具を買った。ちょっとお高いけど今までの討伐で稼いでいるので払えなくはなかった。
この「家テント」、十中八九ハルトさんが作ったと思う。テントの中は空間魔法が施されていてテントのサイズよりも中はとても広く、日本の家屋でよく見る1LDK の造りになっている。おかげで安全に快適に過ごすことができた。
私は「家テント」と馬に隠蔽魔法をかけ、テントの中で変身魔法を解いて「ディアナ」で過ごした。魔力を温存しておきたいからね。
途中途中の街で食料や衣類を調達しながら、家テントでの寝泊まりを4日間続けた翌昼頃、エスコルピオ領の中央にあるアンタレスという街に到着した。
スコルピウス神殿の神像は蠍を擬人化したような、深い赤紫色の蠍の尾が生えた女神だった。ストレートの長い髪も眼光鋭い瞳も尾と同じ色で、綺麗に整った容貌も相まって毒々しい妖艶さがあった。
ここでも金色に神像を光らせ、騒然とした礼拝堂を瞬間移動で出る。
次はヴァーゲ領ね。あそこは従兄のユーリお兄様のところの領だから幼い頃に何度か遊びに行ったことがある。だから転移で行けそうだ。
私は街外れに設置していた家テントに戻り、魔道具を収納魔法でしまって馬の手綱を掴み、ピアスを使って転移をしようとした。
「……」
……最近、転移をするときに両肩が少し重くなるのよね。肩が凝ってるのかしら。鍛えているのに。
少し肩を回して、私はヴァーゲ領に転移をした。
ヴァーゲ領のリブラ神殿のある街、ブラキウムの大通りに着いた。一瞬で別の場所に着くってやっぱりすごく便利で楽だ。しかも隠蔽魔法を自分にかけたままなので堂々と道の真ん中に転移できる。
でも着いた瞬間、凍てつく寒さが肌を刺した。
これはちょっと防寒具が必要だわ。雪が降りそうな空模様だし。
私は街の魔道具店で体が適温状態を保つ魔道具を購入した。赤青緑の魔石が宝石のように装飾されたブローチ型になっている。分厚い防寒着だと冒険者にとっては動きが鈍くなるのでこの時期は結構重宝されるアイテムだ。それを水竜のマントに取り付け作動させた途端、寒さを感じなくなった。
ユーリお従兄様、元気にしているかしら。確かこのブラキウムの街ってユーリお従兄様の婚家であるリデル伯爵家が治めているんだったわよね。来年レティシア様が学院を卒業したら結婚するらしいけど、貴族の結婚てやっぱ早い。
前世の記憶がある私にはちょっと信じられないけど、私もいずれ婿養子を取らないといけないから他人事ではないわね。
リブラ神殿のリブラ像は歴代のルナヴィア国王と同じ紫の瞳をしており、紫の長い髪を1つに束ねた知的な雰囲気をもつ男神だ。人々から学問の神様だったり、英雄である初代国王の生まれ月の神であることから親しまれ、リブラ神殿に訪れる人は多い。
その像を金色に光らせた後、もう日が暮れているけど東にあるレーヴェ領にも転移で行けるため、ぱぱっと行ってしまおうと指輪を使って転移をした。レーヴェ領はヴィエルジュ領から王都へ向かう際の馬車の通り道であるため、レオ神殿のあるレグルスの街に行ったことがあったのだ。
レオ神殿のレオ像は猛々しい獅子を擬人化させたような姿で、腰に剣を佩いて威風堂々と佇んでいた。
レオ像も光らせた後、さすがに魔力が足りなくなってきたのと外が暗くなってきたので街外れに移動して「家テント」を張った。結構疲れがたまっていたので、ご飯とお風呂を済ませるとベッドに直行して爆睡した。
翌日もテントの中でゴロゴロ過ごし、その次の日の朝にクレブス領に向けて出発した。クレブス領には行ったことがないのでここからは馬で行くしかない。
ヘレネの森に張られた金色の結界が遠目に見える。
それを見て、私はふとあることに気づいた。
レグルスの街にあるレオ神殿て、3つの森のちょうど真ん中にある気がする。お父様が教えてくれたカイルの手記にレオ神殿の尖塔から3つの森に結界を張ったって書いてあったのは、3つの森のちょうど真ん中に神殿が位置していて且つ数時間でランデル山脈にも着けるから、だったりして。
もしそうなら、さっきレオ神殿に行った時尖塔に登って実際に確かめれば良かったと少し後悔した。
今から転移して神殿に戻る? でも一般人じゃ尖塔には登れないか……しょうがない、本当に真ん中かどうか領地に帰ったら地図で見てみよう。
北東に向かうにつれ、周りの景色が徐々に雪で白くなってきていた。
4日後の朝、ヘレストリア王国と接する辺境の領、クレブスに着いた。
カンケル神殿のあるタルフという街で朝食を済ませた後、神殿に向かう。エスコルピオ領に向かう時から自分に隠蔽魔法をかけて移動してきたおかげか、「神像が金色に光る頃にミヅキを街で見かける」という噂は単なる噂でしかなくなり、下火になっていた。ふう、危ない危ない。
カンケル神殿のカンケル像は蟹を擬人化したような男神だ。珊瑚色の髪はツンツンに跳ね、左手は大きなハサミの形になっている。
私はハサミに触れて魔力を込め金色の光を確認すると、その場でヴィエルジュ領に転移をした。
次回は4/7(月)に投稿致します。




