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11.黒竜

冬の夜明けの空のような濃藍の双眸(そうぼう)(わず)かに揺れる。


「黒竜は女神の弟だと……?」


お父様のただならぬ雰囲気に気圧されるも、私は女神様がそう言っていたことなのできちんと肯定した。

イケオジ神様も特に否定してなかったし、なんなら沈痛な面持ちで黒竜のこと心配してたし。


お父様は目を瞠り、グラエムの方へ視線を移した。

グラエムは灰色の目玉が飛び出そうなほど見開いていた。


お父様がため息をつく。ため息をついてるとこなんて初めて見た。


「黒竜が月の女神の弟であることは、どの文献にも伝承にもないことだ。神話にすら黒竜のことは出てこない。だからこの国の人間はおろか、陛下ですらご存じないだろう」


「え?」


そんな馬鹿なといったトーンで聞き返す。


「女神がそう言ったのならそうなんだろう。だが、興国以前からランデル山脈にいるらしい黒竜は『魔獣の王』とこの国では言われている」


「魔獣の王……?」


私は目を見開いた。


「ああ。黒竜は、森の結界が破られるちょうど3年前になるとランデル山脈から上空に飛び立ち、漆黒の巨大な姿を現す。だが姿を現すだけで人間に攻撃することはなく、ルナヴィアの上空を一周した後山脈へ帰る。過去2回それが実際に起きていると記録にある」


私はお父様の話を黙って聞く。


「何故『魔獣の王』と言われているかというと、黒竜の瞳と魔獣の瞳は同じ赤色だからだ。貴族には、黒竜が姿を現すのは、“あと3年でスタンピードを起こすと、王として人間を脅している”という『黒竜侵略派』と、“あと3年で結界が破れるから対処しろと警告している”という『黒竜擁護派』がいる。有害か無害か、どちらにしろ黒竜の出現は結界が崩壊する前触れとなる。しかしまさかその黒竜が神だとは……」


眉間にシワを寄せてお父様は腕を組んでソファにもたれた。


「……」


私は呆然としていた。


まさか女神様の弟さんが、ここでは「魔獣の王」と言われているなんて思いもしなかった。女神様や眷属神たち、イケオジ神様が弟さんを慕っている感じがしたから同じ神聖な存在かと思っていたのに。


「黒竜が神であるという事実は、擁護派にとっては自分たちの説が正しいという根拠を得たことになる。だが私はこのことを広めるつもりはない」


「どうしてですか?」


「擁護派も侵略派もその情報の出所を突き止めようとするからな」


私ははっとすると同時に、胸の中がもやもやしてきた。


「……確かに、そうですね。黒竜には申し訳ないですけど……」


女神様たちに慕われている黒竜が悪者扱いされているのがものすごくショックなのに、自分の保身のために黒竜を悪者のままにすることに罪悪感が芽生えた。


でもだったら、自己満足かもしれないけど、一刻も早く私は浄化魔法を使えるだけの魔力を増やして黒竜を救わなないとダメだわ……!


「お父様、お願いがあります」


「なんだ?」


「洗礼式が終わったらすぐ魔法の鍛錬をさせてください」


お父様が背もたれから起き上がった。


「構わない。敷地内にある騎士団の訓練場でやりなさい。いつでも使えるように騎士団長には伝えておく。だが月属性と属性を全部使うのは駄目だ。良いな?」


「ありがとうございます! 火と土でやるので大丈夫です」


「何も二属性でなくとも良い。私もノアも三属性だからディアナも三属性にしても誰も怪しまない」


「……! それでしたら三属性にします!」


やったー! 一個増えたー!


ぱあっと輝いた私の顔を見てお父様は口元を和らげたあと、またすぐ真剣な表情に戻った。


「この国の魔素が毒化したことだが、その原因を女神は何か言っていたか?」


「へ?えっと、あれ? ……そういえば原因は何も言っていなかったですね」


夢での出来事を思い返すも、女神様は魔獣が現れた原因は言ってたけど魔素がなんで毒化したまでは言ってなかった。伝え忘れかな。


「そうか……この国では毒化した魔素を瘴気(しょうき)と呼んでいるんだが、森にはその瘴気が漂っているため魔獣が現れたのはそれが原因だと、初代国王が言ったと文献にあるから皆知っている。だが何故魔素が毒化したのかは、初代も明言していないんだ。初代も知らない可能性もあるが」


「そうなんですね……」


知っていたら、重要なことだから記録に残すはずだもんね。

瘴気の原因がわからないとなると、もし浄化できても何年、何十年後かにまた魔素が毒化して瘴気ができてしまうかもしれない。原因がわかれば何か対策もできるのに……

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