99.神殿巡り(1)
スコルピウスの月(11月)になり、徐々に秋が深まってきた。
朝はすっかり冷え込み、午前と午後の寒暖差が大きくなった。城下に広がる木々や草も紅葉し、落ち葉の絨毯で遊ぶ賑やかな子どもたちのはしゃぎ声が聞こえる。結界崩壊の危機が迫っているとは思えない程平和な日常だ。
私は今、ミヅキの姿でルナ神殿に向かってセレーネ通りを歩いている。
今朝、既に2号とお母様は領地に出発したので、私も各地の神殿を巡る旅に出た。必要な荷物は全て収納魔法でしまってある。
途中、闘技大会でハルトさんに勝利してさらに有名になった私に握手やサインを求める人が何人もいて、転移場所から既に自分に隠蔽魔法をかけておけば良かったと、ちょっと後悔した。
しばらくファンサに応えた後、ルナ神殿の向かい側の小さな路地に入る。私はそこで自分に隠蔽魔法をかけた。ちょっと透明人間になる必要があるのだ。
なんでかっていうと、いきなり冒険者が神官に「神像に魔力を込めさせてください」なんて言ったら変な顔をされ怪訝に思われる。それに理由を説明しなきゃいけなくなるし、何て説明して良いかわからないしで色々面倒だからね。透明人間になってぱぱっと終わらせた方が楽だし安全だ。
私は路地から出て神殿の礼拝堂に入っていった。誰も私に気づかない。握手攻撃もサイン攻撃もない。
朝の10時頃の礼拝堂には20人程の老若男女が、ずらりと並んだ長椅子に座りルナ像に祈りを捧げていた。とても厳かな空間で、衣擦れと靴音と息遣いの音しか聞こえない。
私は足音を立てないように通路を歩いてルナ像まで進んだ。
あ、そうだ。「魔力隠蔽の魔法」も重ねがけしないと。もし魔力感知ができる人がこの礼拝堂の中にいたら、突然神像が魔力をもったことに疑問を抱くかもしれないし、私の魔力を知っている人がいたら姿が見えないのにどういうことだって後々厄介なことになったら困るし。
私は祭壇の柵を飛び越え、「魔力隠蔽の魔法」を発動しながらルナ像のお腹の部分に触れて自分の魔力を込めた。
……あれ、どれくらい込めるんだっけ。お父様から手記の内容を聞いたけど、何か言っていたっけ。言ってなかったような気がするけど……え、どうしよう。でも適当じゃダメよね。結界魔法は2万魔力値が必要だから2万は込めておいた方が良いよね。念の為ちょっとプラスして……
ステータスを見ながら2万ちょっと込め終わると、突如ルナ像全体が金色に淡く光り出した。
え……
すると、礼拝堂内がざわついた。隠蔽魔法をかけているのに、魔力感知や魔力視ができなくてもここにいる人達にはこの金色の光が普通に見えるらしい。
「ルナ様に祈りが届いたのか?」
「奇跡だわ!」
「月の女神は我々をお見捨てになっていない!」
人々の驚喜する声が堂内に響く。神官が慌ただしく扉の奥に消えた。大神官を呼びに行ったのかもしれない。
神像に目を戻すと金色の光は徐々に収まっていて、元の無機質な像に戻った。
まずい。騒ぎが大きくなる前に早くここを出ないと。
私は人に当たらないようにすり抜け、足早に礼拝堂を立ち去った。
魔力を隠蔽してあるから突然女神像が光り出すという超常現象を作ってしまった。誰も私がやったことだと気づかないから神の御業か何かだと思うかもしれないけど、これから各領地の神殿で同じ事をするたびに騒がれてしまうわ。
ていうか神像が光るって手記になかったわよね。冒険者カイルの時は光らなかったのかしら……
思ったよりすぐ魔力込めができてしまったので、昼食を摂った後次の領地に向かうことにした。
今までうちの領と王都しかいたことがなかったから、これから全ての領地を巡れるのはとても楽しみだった。国内旅行みたいな感じ。まぁ、移動が大変だけどね。行ったことがない場所には転移できないから。
馬を調達し、私はまず王都以南から巡っていこうと王都から南東の方角にあるシュティア領のタウルス神殿に向かった。
王都から割と近いので休憩を挟んでも1日で神殿に着いた。そこでも私は隠蔽魔法を駆使して、牛の角と耳と尾を持ち、手には巨大な斧を持つガタイの大きなタウルス像に魔力を流し込んだ。
そして案の定タウルス像も金色に光り、礼拝堂にいる数人を驚かせた。
これって後にすごい話題になりそう。私がやったっていう証拠を残さなければ大丈夫だと思うけど。
タウルス神殿があるアルデバランという街の宿屋で一泊し、翌朝へミニス領のゲミニ神殿に向かった。
へミニス領は東の辺境で隣国のヘレストリア王国と接している。小麦の収穫量が国内一で、道中ほぼ小麦畑だった。
神殿は領のほぼ中央に位置しているディオスクロイという街にあり、到着に3日かかった。
ゲミニ神殿の神像は双子の男の子の像で、弓とこん棒を手に持って寄り添って石台に座っていた。
これは両方に2万ずつ込めるべき? それとも2人合わせて2万なら1万ずつ? うーん……ま、とりあえずやってみるか。
私は両手でそれぞれに触れ、1万ずつ魔力を込めた。
神像が2つとも金色に光ったので、両方合わせて2万ということだった。
うん、これでよし。さて、まだお昼だから観光がてら食べ歩きでもしようっと。
私はもう慣れてしまった堂内の人々の感嘆を聞きながら神殿を出た。
次回は3/31(月)に投稿致します。




