幕間(15)−5
「さて、世間話はこのくらいにしよう。小公爵、報告を」
「はい。総長の推測通り、公爵がミヅキに接触してきました。正確には接触させた、ですが」
閉会式後、ミヅキは控室に向かおうとしていたため、俺がシュタインボック公爵と接触できるよう裏口まで送るという口実で誘い出した。ミヅキ1人で公爵とどこかで接触するよりその方が都合がいいと総長が判断した。俺は公爵には侵略派に属していると思われているし、俺がいても構わず公爵はミヅキに話すだろうと踏んでいた。
「ミヅキに黒竜討伐の依頼をされていました。私にも山脈の結界を1年以内に解けと」
「1年以内か。余程焦っているとみえる。公爵はスタンピードが起こる前に黒竜を消したいらしい。『魔獣の王』が討伐されれば魔獣が消えるとでも思っているのかわからないが、相変わらず己の信念に忠実だな」
魔獣がこの国からいなくなって欲しいのは派閥関係なく皆願っていることだ。だが黒竜が討伐されれば魔獣が消えるという根拠はどこにもない。ただ歴史書には黒竜が突然ランデル山脈から姿を現すと、魔獣が森から出て集落を襲撃し始めたとある。そのため多くの歴史家は黒竜が魔獣を先導したと記している。まぁそれもこの国は侵略派が多く占めるからそういう見解になっているだけだ。擁護派が書いた歴史書には魔獣が森から出てくるから逃げろと黒竜が警告しているという見解になっている。
そもそも何故山脈に黒竜がいるのか、いつからいるのか未だにわかっていない。侵略派は「魔獣の王」と呼んでいるが、本当はどういう存在かもわからない。4種のドラゴンと同じなのか、それともまた別種のドラゴンなのか。それなのに……
「公爵は『魔獣の王』は必ずいなくなると言っていました。それ程にミヅキとSランク剣士の腕を信用しているのでしょうか」
陛下が顎に手を添えて少し目線を下げる。
「……いや、冒険者をそこまで信用する質ではないはずだ。他に何かあると見て良い。こちらで調べさせよう」
そして陛下は可笑しそうに笑った。
「くく、何気ない言葉だが意味を含んだようなことを公爵が言うとは、貴殿は侵略派貴族の演技がだいぶ板についてきたんじゃないか?」
俺は苦笑した。
「はは、もう8年くらいになりますからね。総長に演技をしろって言われて公爵に匂わせ始めたのは。おかげで公爵の中で私の立ち位置は侵略派側だと思われてますよ」
森と山脈の結界の研究を任された時は俺の領分だったから二つ返事で了承したけど、侵略派に対して俺が実は侵略派側だと匂わせろって総長に言われた時は「は?」ってアホな声が出た。心のオアシスに対して思わず無礼な態度をとってしまった。
侵略派貴族に対して特に演技らしい演技はしていない。ただ普段通り擁護派であるヴェルソー家を嫌厭したり、俺を蔑んできた侵略派貴族に対する憎悪に似た感情を黒竜に向けているように見せているだけだ。案の定、シュタインボック公爵は俺にとって黒竜は煩わしい存在だと思っている。
闘技場の通路でシュタインボック公爵に会った時に演技をしなければならなかったから、ミヅキには不信がられたかもしれない。だからたぶん俺が黒竜をどう思っているのか聞いたのだろう。
この髪色と瞳の色のせいで擁護派が俺にしつこくても、侵略派が俺を蔑んだ目で見てきても、俺は黒竜のことを煩わしいとか思ったことはない。何しろ怪奇現象とか超常現象とかに興味があった俺だ。当然黒竜という謎の存在に胸が高鳴った。魔塔から黒竜が空を飛んでいる姿を目にした時、嫌悪感なんて全く抱かなかった。むしろ黒曜石のような体が陽光に照らされてとても綺麗で、俺の黒と全然違うだろと思った。
「ミヅキは黒竜のことを『魔獣の王』だと思っていないそうです。なので依頼を受けたフリをしろと言ってあります」
「そうか。Sランク魔法使いが侵略派でないことに安心した」
「ただ彼の周囲の人間を人質に脅されて引き受けざるを得なかったのと、依頼を達成できなかった場合は1白金貨の罰金が科せられています」
「ふむ……」
陛下が総長に目を向けた。
「問題ありません」
「だろうな。あとは白金貨だが、公爵が財務大臣だからな……」
「それも私が工面します」
え、総長が? 1白金貨だぞ?
陛下も目を剥いている。
「おいおいジュード、正気か? ヴィエルジュ領は北のくせに豊かだから金があるのはわかるが、魔法使いとは知り合いでもなんでもないのにそんな大金を工面するだと?」
北のくせにて……でも総長はミヅキとは接点すらないはずなのに1白金貨を用意するだなんてよく言えるな。くっ、最強の剣士で最上の美貌をもつ他に男気まであるなんて、益々尊敬する。
「おい、本当は隠し子なんじゃ……睨むなよ、わかったよ。せっかくのSランクが借金まみれでいざと言う時に使えないのは惜しいしな。はぁ、俺を睨みつけることができるのはお前と乳母くらいだ」
陛下がソファの背にもたれかかった。
窓の外を見ると、陽が沈む頃だった。橙色の空が藍色の空に侵食され始め、星がちらほらと浮き出てきた。もう秋だから日が沈むのが早くなってきている。
「あ、そうだ。話が変わるが、ノア殿とフィシェ侯爵令嬢の婚約発表はいつするんだ?」
「え、婚約?」
驚きすぎて思わず口をはさんでしまった。
「なんだ、ちらほらと噂になっているのに知らないのか魔塔主殿は」
陛下が皮肉めいた口調で俺をからかう。俺は内心ムッとした。
知らねぇよそんなの。貴族の噂なんてどうでも良いし、ずっと魔塔に引きこもっているんでね。
「年の瀬には発表するつもりです。婚姻は学院を卒業してからになります」
学院を卒業してからって、やっぱ貴族の結婚て早いな。俺には信じられない。でも中立派のヴィエルジュ家が擁護派に傾くってことは結構すごいことだ。黒竜を守るってどうすんのかと思ったら、こういう形か。
「そうか。ヴィエルジュ家と縁を結べる擁護派は、侵略派にひけをとらない力を持てるようになるだろう。それくらいお前の家は強大だからな」
「……陛下」
「ふ……わかっている。あいつにも言い含めてある。まぁ、納得はいってないがな」
陛下が左手首にある金色の宝石の腕輪に触れた。何の話をしているのかわからない。
「小公爵は結婚の予定はないのか?」
ついでのように聞いてくるなよ……
「ありませんよ、予定なんて。もう30ですし、私はこのままで良いです」
俺は界渡りの魔法ができたら日本に帰るつもりだ。所帯をもってしまったら帰れないから結婚なんてしない。
「貴殿も中立派の貴族と結婚すれば擁護派が益々力をつけられるのに。あ、でもシュタインボック公爵には侵略派側と思われてるから、ちょっとややこしくなりそうだな」
「する必要ないですから、ややこしくもならないです」
俺はため息混じりに言った。
不意にものすごい眠気に襲われ目頭を押さえた。2徹の上にSランクと試合だ。疲労がピークに達したんだろう。
「報告は以上なので、私はそろそろ魔塔へ帰ります」
「ああ。ゆっくり休め」
「ありがとうございます。では失礼致します」
立ち上がり、総長にも辞去の挨拶をして執務室を出た。
さっきこの世界に来た時のことを思い浮かべたから、一度寝てリセットしたいと思った。帰ったらご飯食べてまた風呂入ってすぐ寝よう。もう今日は俺は何もしないことに決めた。
次回は3/28(金)に投稿致します。




