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幕間(15)−4

広大な王宮の中には政治の中枢である12の省官庁が集まる区域がある。文官や秘書官、補佐官などが(せわ)しなく行き来し、通常業務と平行してこの国の未曾有の危機を乗り越えるための対策や政策が練られている。


俺は1人その区域を通り過ぎ、さらに奥へと進んだ。魔塔から滅多に出ない俺が迷わず進めるのは、上司である総長の執務室に足を運ぶことがあるからだ。だが今回は、目的の場所はそこじゃない。


角を曲がると、白い騎士服を纏った近衛騎士が2人、両開きの扉の横に立っているのが見えた。


騎士の1人が俺に気づき、扉を開けて「ヴェルソー小公爵がいらっしゃいました」と部屋の主に告げる。


「通せ」の応えで、魔塔の俺の研究室の扉よりも何十倍も豪華な扉をくぐり、陛下の執務室の中に入る。入った瞬間、俺が作った防音の魔道具が作動したことがわかった。


広い部屋の高級なベルベットのソファに陛下と総長が向かい合って座っていた。俺と2人以外に部屋には誰もいない。陛下の後ろに金魚のフンみたいにくっついているレーヴェ近衛騎士団長もいなかった。訓練中か休憩中かもしれない。


紫と青と黒の視線が絡まる。


2人を見ると、窓からの西日に照らされて金色の髪がより一層輝き、絹糸のような白銀の髪は橙色に染まって神々しさが増していた。


「ふ、その髪色を見るに、やはり今日だったか」


「ええ」


俺も笑いが込み上げてきた。


総長が1人分空けて座り直したので、俺は総長の隣に腰を下ろした。シャワーを浴びたので汗臭くないはず。


「俺の隣に座らないのか?」


陛下が総長に聞く。


「御冗談を」


総長が淡々と返すと、陛下は肩をすくめた。本当に主従かと思う程気安い関係だ。


陛下の、大会ではきっちり整えられていた襟元も今は少しはだけていて、男らしい首筋と鎖骨が顕になっている。羨ましい程の色気だ。


……ん? 


陛下の右耳から垂れ下がっている、見覚えのある青いピアスが目に入った。


あのピアスって……総長のじゃないか? なんで陛下が着けているんだ?


「これが気になるか?」


陛下が右手でピアスに触れる。凝視しすぎて陛下に気づかれた。


「……ええ、まぁ、そうですね」


苦笑いを抑えて言う。横にいる総長を流し見ると、珍しく困惑していた。


え、なんだ、益々気になる。


「交換条件でもらったんだ」


「陛下」


交換条件? 何のだ?


「わかっている。俺とジュードの秘密だ」


人差し指を口元に当てた。イケメンは様になるからずるい。


その時、左手の袖口からキラリと金色に光るものが見えた。


俺ははっとした。


金色の……なんだ、宝石か。魔石ではないな。魔力を感じない。金色の宝石が4つも付いているブレスレットか。陛下も流行りに乗ったりするんだな。


「大会で貴殿が最後に放った魔法、あれが『ダウンバースト』か?」


「……え? ええ、そうです。お2人の前で披露したのは初めてでですね」


別のことを考えていたので反応が遅れた。


『ダウンバースト』は魔法解析スキルで考案した対スタンピード用の魔法だ。この世界に来る前、テレビの災害ニュースでやっていたのを参考にした。それを人に対して使った俺はどうかと思うけど、あいつ強すぎるし、残りの魔力を考えたら躊躇っている余裕はなかった。あれよりでかい魔法でやられたけど。


「魔獣もあれなら広範囲に殲滅できそうだ。くく、だがその後見事に場外に飛ばされていたな」


「はは」


泥と水にまみれてふっ飛ばされて最悪だったな。肋骨(ろっこつ)が折れたし。駆け寄ってきたアシュレイから高めの治癒ポーションを飲まされて治ったけど、もしローブを羽織ってなかったら俺死んでたんじゃないか?


てか、総長も見てたよな……


横にいる総長を窺うように見る。


総長と目が合った。


「怪我は?」


「……え、ああ、ローブのおかげで骨折ですみました。ご心配ありがとうございます」


「骨折……」


少し驚いたようで、わずかに夜明け色の目が見開かれた。


「あ、もう高めの治癒ポーションで治したので大丈夫ですよ」


俺は自分の肋骨辺りを手でさすってみせると、総長は幾分安堵した様子で口元を緩め「そうか、良かった」と言った。


俺を気にかける様子を見て、俺の懸念は杞憂に終わった。一度負けたくらいで総長は部下を見限る人ではなかった。この国の実力主義の風潮ってのは厄介だな。


だが同時に、総長に見られていないならとミヅキに対して卑怯な手を使ったことに少し罪悪感を覚えた。しっかり見ていた陛下が告げ口しないことを祈る。


「はは、まさか小公爵が負けるとはなぁ」


陛下がにこやかな笑顔で嫌味っぽいことを言ってきた。総長といると俺に当たりが強くなるのは毎度のことだ。まさか陛下も総長が心のオアシスだったりするのか?


「次はジュードが相手をしてみたらどうだ?」


あ、それはちょっと見てみたいかも。


「御冗談を。もう彼の実力はわかったでしょう」


「別に冗談ではないが。そうだな、スタンピードの危機に飛び抜けた強者が3人もいるのはそれだけで救いだ。ああ、お前の息子とあのSランク剣士もいるな。なら5人か」


5人か……結界が崩壊する時、総長と俺で王都周辺を守り、ミヅキとSランク剣士でローレンの森とヘレネの森からの魔獣を迎撃し、ラヴァナの森は総長の息子の……いや彼にはちょっと荷が重いか。ドラゴンが襲撃してくるかもしれないし、北のエルヴァーナ皇国もスタンピードに便乗して侵攻してきたらまずいから北は総長に任せた方がいいよな。ならノア殿と俺とで王都の守護が無難か。


結界崩壊に向けてラヴァナとローレンとヘレネの森それぞれに設置する防御魔法の魔道具と、ローレンとヘレネ以南に設置する防御魔法の魔道具を製作中だ。魔獣による物理攻撃と魔法攻撃を防御するものに改良しているので一時的な結界になる。ただ魔力を充填し続けないと効果が続かないため、常時魔法師による魔力供給が必要になる。その間に騎士団や魔法師団、冒険者たちが魔獣を討伐してくれれば、スタンピードを乗り切れる算段だ。今は専らその魔道具作りに時間を費やしている。


「そういえば、観戦している時にふと思ったんだが、Sランク魔法使いはどことなく顔が学院時代のジュードに似ているような気がしたんだが……まさかお前の隠し子じゃないだろうな?」


陛下が総長に言う。本気で聞いているような口調に総長は冷静に「違います」と即答した。隠し子だなんて、総長に限ってそれはないだろう。ミヅキの顔を思い出せば、まぁかなりのイケメンだし雰囲気は総長に似てなくもないが、他人の空似というやつだ。


「世の中には顔が似ている者が3人いるそうです」


総長の放った聞き馴染みのあるフレーズに俺は絶句した。


「そうなのか? どこからの情報だ?」


「……書物に。題名は忘れましたが」


書物に? じゃあこの世界でも使うフレーズなのか? 陛下は知らないようだけど。


「へえ、そういうのがあるのか。お前の隠し子じゃなくて安心したがこんな顔があと1人世の中にいるのか。見つけて並べて見てみたい気もするな」


陛下の冗談に慣れているのか、総長は何の反応も示さないので陛下はつまらなそうにしている。


俺はこんな最上の美貌が他にいるわけないだろうと思ったが、ふとディアナ嬢の顔が過った。いたな、1人。

次回は3/27(木)に投稿致します。

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