幕間(15)−1
ミヅキを闘技場の裏口から送った後、大会に出場した魔法師たちを労いに行った。それが終わると、俺は魔塔の自分の研究室に一足先に帰った。
魔塔は王宮の敷地内にあり、レンガ造りの筒状の建物が西南の位置にどーんとそびえ立っている。5階建てだから「そびえ立つ」と言う程じゃないか。
魔塔だからピサの斜塔みたいに割と高さのある建物を想像するけど、王宮より高いのは王を見下ろすようで不敬だということで低くなったらしい。ならもう筒状じゃなくて騎士団の詰所みたいに普通の建物にしろよとか思ったのはきっと俺だけではないはずだ。
俺の研究室兼自室は最上階にある。
部屋の中はあまり、というか全然片付いていない。そこら中魔道具の試作品やら薬草やら魔法書やら紙やらで溢れている。別にだらしないわけじゃない。下手に片付けるとどこに仕舞ったかわからなくなるのでそのままにしてあるだけだ。物は雑多でも、ル◯バみたいな掃除の魔道具や空気清浄機みたいな魔道具で埃とかゴミとかはないので一応清潔を保っている。
ローブを脱ぎ、洗濯乾燥の魔道具に放り込み作動させる。一人掛けのソファに座ってレンガの壁に取り付けられた木製の有孔ボードに貼ってある複数のメモをなんとはなしに眺めた。
全て日本語で書かれてある。他の魔法師たちには暗号化された文字だと思われているのでさらしても問題ない。
メモには森の結界の解析状況や結界を参考にした防御魔法の構成と構築方法、それと並行して考案を重ねている転移魔法と界渡りの魔法、エスカレーターの魔道具の作り方が書かれている。だが進捗は芳しくない。魔法解析スキルも手伝って空間魔法までは創れたので収納袋の魔道具を開発したが、「空間の移動」という点でどう構築していいかわからず難航している。エスカレーターの魔道具については、既に魔塔の階段がエスカレーター仕様になっているが、王宮や貴族の屋敷に必要かどうかは微妙だ。
まぁどれも手をつけられていない状態が続いているってのもあるな。対スタンピードの魔道具製作に時間を費やしているし、合間に結界を見に行ったりしているし。まったく、やることが多くて頭がパンクする。
あー、そうだった。下の階に行って瘴気の研究の進捗状況を確認しないとだった……いや、もう明日でいいか。
ふう、と息を吐き、ソファの背にどかりともたれる。
さすがに疲れたな。防御魔法を使える俺が有利だと思っていたけど、あれ割と魔力食うし、ミヅキに『浮遊』使わされて余計に魔力削がれたし、威力高めの『深海』使ってくるし、俺より魔力多いし……日々高ランク魔獣を相手にしているヤツは経験が違うな。2徹なんかせずにちゃんと休めば良かった。
ミヅキとの試合中、どうにかしたくて模索していたら総長が誰かを連れてどこかに行くのが見えた。『浮遊』をやめたいのとマグマを消して欲しくて、ちょっと卑怯なやり方だったが総長に見られていないならと、ミヅキを持ち上げあの高さから落とした。氷魔法を使ってくれたら魔力を結構削ぐことができるし、滑らせて場外に持っていけると思ったが目論見は外れた。
ミヅキがドラゴンを倒すようになるのも時間の問題だ。防御魔法のペンダントはドラゴン相手に役に立つだろう。あとエリクサーも。あ、状態異常の治癒ポーションも渡しておけば良かった。今品薄で価格が上がってんだよな。俺と総長みたいに状態異常無効スキルがないとドラゴンには厄介だし、そもそもラヴァナの森自体が特殊だから、あのポーションは絶対必要だ。ま、討伐で稼いでいるし自分で用意するか。
ミヅキの顔を思い浮かべる。雰囲気がどことなく総長に似ていた。振る舞いもあまり庶民ぽくない。
それに両耳についた金色のピアス……入場して王族の前で向かい合った時に気づいた。アシュレイ情報で今流行っているという金色の宝石かと思ったが、ピアスから魔力を感じた。
魔力があるならあれは宝石ではなく、魔石だ。
金色の魔石なんて存在していたのかと衝撃を受けた。四大属性それぞれの色の魔石と無属性の透明しかないと思っていたから。あの場でどこで手に入れたのか、どんな属性なのか問い質したい衝動に駆られたがぐっと堪えた。
でもミヅキはあれをどこで手に入れたんだ?
魔石に誰が魔力を込めても魔石の色は属性の色のままだから、あのピアスは絶対金色の魔石だ。
隣国の商人は普通の金色の宝石だと思ってこっちに売った可能性もある。四大属性の魔石は独特な色合いをしているから魔力感知ができなくても宝石と見分けがつくが、金色の魔石は存在していないと認識されているため、魔力感知ができないと宝石に分類されてしまう。
実際、シュタインボック公爵は宝石だと思っていた。ミヅキがどう反応するか見たが、特に変化はなかった。
宝石店に行って確かめに行くか……もしかしたら実は魔石である金色の宝石が並んでいるかもしれない。
そしてもう一人、俺には気になる人がいる。
総長の娘、ディアナ嬢だ。
殿下の誕生パーティーで初めて会った。総長の女版で驚く程の美少女だった。誰もがディアナ嬢を見て、頬を染める前にまず絶句していた。まだ中学生くらいなのに大人びた出で立ちで、青薔薇がとても似合う、清逸で知的な雰囲気を纏った子だった。
だがあの目……総長と同じ色の目が俺を見た時。あれは郷愁に駆られたような眼差しだった。
……そういえば、ミヅキも俺にあんな目を向けていたな。何故だ?
俺の黒い瞳を見てそんな目をする人なんて今まで誰もいなかった。
ミヅキもディアナ嬢も魔力遮断をしていたことから魔力の扱いにも長けている。ディアナ嬢に関しては女性でそんなことができる人は滅多にいないから、それもあって興味が増した。
漆黒の髪に漆黒の瞳。ここにはそんな色のやつは俺以外誰一人いない。謎の存在である黒竜と同じ色の、この色と。
黒竜を『魔獣の王』とする侵略派は俺を見て忌避と侮蔑の目を向けてくる。黒竜を神聖視する擁護派は俺を祀り上げる。
どちらも鬱陶しくて魔法薬で髪を染め始めた。瞳の色まで変えなかったのは、故郷を忘れたくなかったから。
もしもあの時俺が転移した場所が擁護派筆頭貴族の領地じゃなかったら、俺は今頃どうなっていたのだろう。
ふ、あれからもう17年も経ったのか……なら父さんはもう還暦か。はは。俺もう30になってしまった。
父さんと母さんは俺が突然いなくなって、大丈夫だろうか。俺を思い出してくれているだろうか。
ふと目を閉じた。
眼裏に、17年前のことが蘇った。
次回は3/21(金)に投稿致します。




