98.依頼再び
「公爵は黒竜をどうなさるおつもりですか?」
「侵略派として然るべきことをするつもりだよ」
公爵は悪びれる様子もなく応えた。
「……それを聞いて私が山脈の結界の解析をやめると思わないのですか」
公爵の目的は黒竜の討伐だ。でも確かに、魔法師団長は擁護派筆頭であるヴェルソー公爵家の次期当主だ。公爵の目的に賛成できないはず。
公爵は不敵に笑った。
「君の振る舞いや態度を見るに私はそうは思わないがね。君は別に擁護派などどうでも良いのだろう? その見た目のせいで。むしろ黒竜など煩わしい存在だと思っている。違うかね?」
「……」
え……
薄暗い石造りの通路の中で、黒いローブを羽織った魔法師団長の背中がより一層陰ったように見えた。
魔法師団長の様子を見て満足したのか、公爵の笑みが深まった。
「ふ、引き続き解析を頼んだぞ。1年以内に解いておくように」
「……わかりました」
1年以内ですって? 森の結界崩壊より先に黒竜を討伐するってこと?
ディーノさんの顔が頭に浮かんだ。
「Sランク魔法使いのミヅキ殿。会うのは初めてだね。先日は当家の執事が世話になったよ」
声をかけられてはっとする。
「……はじめまして」
あまり目線を合わせないようにして頭を少し下げる。
「ふむ、金の宝石か。まさか冒険者まで流行の波に乗っているとは」
……馬鹿にしているのかしら。でもこれは宝石ではなく魔石だ。宝石だと思うのは、公爵は魔力感知ができないということね。……ん?
魔法師団長が私を凝視していることに気づいた。何かしら。
シュタインボック公爵がコツコツと私の方に近づく。
そして私の横で止まった。
「君は『疾風怒濤』という冒険者パーティーを知っているかね?」
……は?
虚を衝かれた。ゲイルさんたち5人のことが頭を過る。
「君のことを調べても不思議なことに何も出て来ない。今日の結果から君を害するのも難しい。ならば君の周りの人間を利用しようと考えていてね」
冷や汗が背中から滲み出てくる。
「……何をするおつもりですか」
「ふ、なに、君が私の依頼を引き受けてくれるなら、君の周りの人間には手を出さないよ」
「……!」
怒りが込み上げ両手の拳を握りしめる。
「それに私は財務大臣でね。ギルドの納税額や歳出額などどうこうできる。ギルド統括官であるシュツェ侯爵は不満に思うだろうが同じ派閥だ、きっと理解してくれるだろう」
くっ、この人、随分汚いやり方をするじゃない……
でも魔法師団長が結界の解析のフリをしているなら、私が依頼を引き受けたとしても達成することはないわ。
いや待って……さっきの魔法師団長のあの感じ……本当にフリをしてくれているのかしら……
「ああそうだ。結界が解かれた1ヶ月以内に依頼が達成されなければ、君には白金貨1枚を私に支払ってもらうよ」
なんですって!? 白金貨1枚!?
思わず公爵の方を向く。
1白金貨は金貨1000枚分だ。そんな大金、個人で用意できるわけがない。
「やらざるを得ないと思うが、どうだね?」
公爵の声が一層低く、耳元に響いた。
「もちろん、成功すれば白金貨1枚を報酬として払おう。一生遊んで暮らせるぞ。Sランク剣士にも依頼済みだ。2人でやれば必ず成功するだろう」
私まで依頼を受けさせるなんて……公爵自らなら冒険者であるミヅキは断れないと踏んで。
でも私はヴィエルジュ辺境伯家の人間。罰金はどうにかなるかもしれないけど、引き受けなければゲイルさんやギルマスに迷惑がかかる。
……ならば、山脈の結界が解かれたら、私は黒竜の浄化をしよう。浄化をしたらどうなるかはわからないけど、討伐なんかさせない。ディーノさんに邪魔をされるなら、一線交えるしかないわ。
私は覚悟を決めた。
「……わかりました。依頼を引き受けます」
公爵が微笑む。
「賢明な判断だ。既に君への指名依頼をセレーネギルドに申請してあるのだ。もちろん虚偽の内容でな。わかっていると思うが、他言無用だ。小公爵も他言すれば魔塔にいられなくなるから、よろしく頼むよ」
最初から私が引き受けるのを見越して既に申請しているとは。益々汚い。
「『魔獣の王』は必ずいなくなり、いずれこの国は真の平和を享受する……期待しているよ。では失礼」
そう言って公爵は左に曲がって暗い通路へ入っていくと姿が見えなくなった。
私は息を吐いた。
帰ったらお父様に報告しないと。
「……さ、こっちだ」
まるで何事もなかったかのように魔法師団長が促すと、公爵とは反対の通路に曲がった。私も置いて行かれないように駆け足で付いて行った。
それから2,3分歩くと、何の変哲もない木製の扉が石壁にはめ込まれたようにあった。
「ここは闘技場の南西側。貴族はほとんど馬車で帰っているから歩道は空いているはずだ」
扉の前で魔法師団長が淡々と教えてくれる。
私はさっきの魔法師団長と公爵のやりとりが気になったけど、まずここまで送ってくれた彼にお礼を言った。
「送って頂いてありがとうございました。……あの、ヴェルソー魔法師団長」
「ハルトでいい」
え、名前? 身分が高いのに、あまり気にしない人なのかしら。
「……ハルトさんは、黒竜のことをどう思っているのですか」
思い切って尋ねてみる。
「ミヅキはどう思っている?」
逆に尋ねられ、私は正直に応えた。敵対する可能性も覚悟の上で。
「……俺は『魔獣の王』なんかじゃないと思っています」
ハルトさんは私の目をしばらく見つめた後、「ふっ」と柔らかな笑みを浮かべた。そして私の肩にポンと手を乗せる。
「ミヅキは依頼を受けたフリだけしておけ。後のことは心配しなくていい。ああ、このローブは返してもらおう」
そう言って私からベージュ色のローブを剥ぎ取った。そして扉を開け、外に出るよう私の背中を押した。
薄暗い通路にしばらくいたから太陽の光が眩しく感じ、私は手で光を遮った。
「じゃあな。気をつけて帰れよ」
そう言ってハルトさんは通路の奥に消えた。私はまだ呆気にとられたままだ。
依頼を受けたフリ? え、ハルトさんはやっぱり味方なの? じゃあ、公爵に対してのあれは?
頭の上に「?」を浮かべながら歩道を王宮方面に歩き、人のいない路地を探した。良さそうな所に入る。
ハルトさんはたぶん同郷だと思うから味方の方が私の心情的に有り難い。いつかお互いのことを話せるときが来るかしら。
そう願いながら、ピアスを使って自室に転移をした。
誤字があったので修正しました。
次回は3/19(水)に投稿致します。




