10.私のステータス
「話が大分逸れたな。ディアナの洗礼式がひと月後に控えているが、中止にしようかと考えている」
「えっ、ああ……」
洗礼式をすると私がチート能力持ちだと皆に知られるからよね。でも……
「ステータスって家族以外でも見られるのですか?」
「基本的に家族しか視認できないようになっているが、鑑定スキルを持っていれば見られる。相手の許可が必要だが」
鑑定スキル! 確かにそれを持っている人に遭遇するとまずいわね。でもそんなにいなそうだけど。漫画とかでもレアスキルに分類されてたりするし。家族だけしか見られないなら大丈夫そうな気もするけど……
私は気楽に構えて、カップに口をつけた。
「洗礼式が行われるウィルゴ神殿の大神官は鑑定スキル持ちだ」
「んぐっ!」
飲んでいたお茶を噴き出しそうになり、咳き込んだ。
お父様が大丈夫か、という目で私を見る。
「無許可での人への鑑定は罪に問われるが、万が一を考えると洗礼式は受けないほうが良いだろう。ディアナはもう魔法が使えるから何も問題はない」
「ケホッ、それは、そうですけど……」
何で知っているのかしら。お父様、千里眼のスキルでも持ってる? 聞いてみたいけどステータスの内容は秘密だってお母様が言ってたから聞きにくい。はぁ、まあいいか。
それはそうと、大神官、鑑定スキル持ちなのか。ステータスいじって正解だわ。危ない危ない。
「それと、エレアーナとノアにはもう魔法が使えることは話して良い。だがステータスは見せないように。見たがっても私が見せるなと言ったとでも言って拒否してくれ」
「えぇぇ……」
ものすごく心苦しいんだけど。私はお母様とお兄様のステータスを見せてもらったのに私のは見せないなんて。
でも私は洗礼式のためにきちんと対策をしているのだ。ふふん。
「お父様、大丈夫です。ステータスは見られても問題ありません。なので洗礼式は予定通りでお願いします」
お父様が怪訝な顔をする。
私が魔法を使えるとか、全属性だとか何で知られたのかわからないけど、お父様という心強い味方ができたんだもの。お父様に知っておいてもらえば何かと協力してくれるかもしれない。冒険者になる時とかね。それに、私の洗礼式の準備を進めていたお母様の労力を無駄にしたくない。
私は「ステータス」と唱えた。目の前に青い画面が現れる。
うん、ちゃんと隠蔽されてる。
「お父様、どうぞ見てください」
お父様が組んでいた脚を解き、ずいっと私の方へ身を寄せステータスを覗き見た。
なんかムスクのようなすごく良い香りがふわりと漂ってくる。
お父様の青い瞳が見開かれる。
「……これは一体どうなっている? いや待て、なんだこの魔力値は」
やっぱ異常なのかな。お母様より多いもんね。
「やはり私の洗礼式の時より多いな」
「……やはり?」
少し引っかかったので聞き返した。
「私は魔力感知ができるから、ディアナからの膨大な魔力の気配を朝確認した」
「えっ!」
あ、それで朝「なるほど」って……もしかして昨日の晩、お兄様とグラエムが驚いた顔をしたのって、二人共魔力感知で私の魔力量に気づいたから? でも何も言わないでくれてたよね。うぅ、二人共、ありがとう……!
心のなかで涙ぐむ。
それはそうと、私の魔力、お父様の5歳のときより多いって?
「ちなみにどれくらいでした?」
「10000、くらいだったか」
「……今は?」
好奇心から聞いてみる。
「9万はいってなかった気がする。曖昧ですまない。ほぼ剣を使うからあまり魔力を気にしたことがなくてな」
ほぼ剣なのにそんなに魔力値あるの!? どういうこと!?
「それより、何故これには火と土の二属性しかない? 何をした?」
訝しむお父様の瞳には少し好奇の色が混じっていた。
私はちらっと扉に佇むグラエムを見た。
それに気づいたお父様が真剣な瞳で私に言う。
「ここにいる者はお前の秘密を絶対に明かすことはない。むしろ守るためにいる。そのためにはディアナのことをよく知っておきたい。話してくれないか」
そういうことならと、私はこくりと頷いた。
私は画面に手をかざし、『隠蔽解除』と心の中で唱えた。
すると、何もなかった箇所から白字が次々と浮かび上がり、本来のステータスに戻った。
その間隣で息を呑む微かな音が聞こえた。
何があっても泰然として動じなそうなお父様でも、さすがにこれにはびっくりするよね。
「……この月属性というのは?」
青みが深くなった瞳を私に向けて真剣に問う。
私は息を吐いて心を落ち着かせた。
月属性のことを話すには、昨日見た夢のことを話さなければならない。
「……夢をみたのです」
「夢?」
何の話だと、お父様は訝しむ。
扉の前にいるグラエムも何も聞き漏らすまいとこちらを注視している。
「はい。夢の中に、視界いっぱいの巨大な満月と満天の星を背に、この世の人とは思えない程のすっごく綺麗な女の人が出てきたんです」
本当は“事故で死んでから”になるけど、今から俄には信じられないようなことを話すのに、さらに私が転生者だってことまで話したら益々信じてくれなくなるかもしれない。転生のことまでバレてないなら、今はまだ話さなくてもいいよね。
「その人は、銀月のような長い髪に、満月のような黄金の瞳をしていて、満月の女神ルナと名乗りました」
お父様が目を見開く。私はそのまま続けた。
「私は女神様にあるお願いをされたのです」
「お願い?」
眉間にシワを寄せたお父様を私は真剣な表情で頷いた。
「女神様が言うには、あと10年程で森の結界が破れると」
「……!」
お父様とグラエムが驚愕に息を詰めた。
「でも大満月はまだ20年以上先だそうです。そこで女神様は私に、この月属性を授けました」
そう言いながら私は、ステータスの月属性の箇所をタップした。
「なんだこれは……」
無表情がデフォルトのお父様の美顔がさっきから崩れている。崩れても超級イケメンには変わりないけど。
「結界魔法、治癒魔法、浄化魔法が使えます。大満月を待たずとも結界の修復ができるということです。ただ……」
お父様がすっきりと整った顎に手を添える。
「消費魔力値が桁外れだな。浄化魔法が12万……この国で一番魔力が高いのは魔法師団長だが、彼よりも多いとはこれは骨が折れるな。治癒魔法なんて喉から手が出るほど欲しい魔法だ。この国にはポーションとエリクサーがあるが、効力と生成に限界がある。そして結界魔法は2万。幸いなことに意外と少ないから、頑張れば半年程で到達できるだろう」
地道に頑張れば確かにいけるかもしれない。だがしかし、女神様のお願いは浄化によって魔獣と毒化した魔素を浄化し、弟である黒竜も救うことだ。そのために漫画やラノベの主人公ばりの能力を与えられたのだから。
「お父様、女神様のお願いはまた新たに結界を張るのではなく、浄化なのです。浄化によって魔獣とこの国の毒化した魔素を消し、女神様の弟である黒竜を救わなければならないのです」
すると、お父様の動きがぴたりと止まった。
「……今、何と言った?」
ジュードのセリフに治癒の方法としてポーションがあることしか言及していなかったので、エリクサーもあることを付け足しました。




