92.闘技大会(9)―魔法―
「そういえば、ミヅキ。お前が勝ったら褒美はあの防御魔法付きのペンダントらしいぞ」
「え」
私は驚いてギルマスを振り向いた。
勝てばあれがもらえるの? 非売品のあれが? あれがあればコソコソと防御魔法を使わなくて良いし、人前でも堂々とペンダントを使って防御できる。それに自分の魔力も温存されるしその分他の魔法が使える。本当にもらえるなら絶対に勝たないと!
「お、どうした、やる気出たか?」
不安は拭いきれないけど、でも勝てばあれがもらえるならやるしかないわ!
私は深く頷いてギルマスに応えた。
「けどあの上級魔法師と褒美が同じって、割に合わなくね? お前が戦うのはあの魔塔主だろ? あいつ複数のスキルを持ってるって有名だけど、見た目の色もあって得体が知れない。まぁこの大会に限ってはスキルの使用が1つだけってのが救いだけど、それでもこの試合とレベルが違いすぎる。俺ならさらにエリクサー10本は要求するね」
ギルマスの隣にいるディーノさんが、自身の膝を肘置きにして頬杖をついて言った。
意外と喋るなこの人。あとエリクサー10本はもらいすぎよ。採取が困難な貴重な素材を使ってるんだから。
「貴重なエリクサーを10本もくれるわけねぇだろ。欲しいなら銀月草を取りに行って作ってもらえよ」
「えぇぇ……まぁ北に行かなきゃならねぇしな」
「お、ついにまたドラゴンを討伐する気になったか!?」
「いや……そんなんじゃねぇ」
「あ? じゃあ何しに行くんだ」
「……ちょっとな」
……きっと山脈の中腹にある謎の結界の様子を見に行くのかもしれない。というか、まだ行ってなかったのか。魔法師団長が解析のフリをしてくれているし、結界を通れるわけがないから心配しなくても大丈夫だと思うけど、ちょっと気がかりだ。
「えー、兄ちゃん北に行っちゃうの? オレらまたお留守番?」
「ああ。またレミおばさんに家に来てもらうようにするから、レミおばさんの言うこと、ちゃんと聞いとけよ」
「ちぇ、はぁい」
「北に行くんならラヴァナの森のSランク魔獣を討伐してきてくれ。ミヅキ、お前も行って来いよ。あそこは魔獣のレベルも高いしドラゴンも出現率が高くなっているんだ」
「近々向かうつもりだ」
神殿巡りが終われば、ラヴァナの森に行くからね。
「頼んだぜ。ほら、ディーノもどうだ? Sランクを独り占めすんなって、あの森周辺のギルドマスターからどやされてんだ」
「気が向いたらな……ほら、アナウンスかかってるぞ。出番じゃないのか」
この話はこれで終わりと言うように、ディーノさんは私を見て闘技場の方へ顎をやった。タイミング良いのか悪いのか、魔法師団長とSランク魔法使いミヅキとの特別試合の案内が拡声の魔道具で鳴り響いていた。ディーノさんのことがちょっと気になったけど、仕方ない。もう行かなきゃ。
「やっと出番だな。俺もお前にでけぇ金額賭けているんだ。ぜってぇ勝てよ!」
ギルマスに背を叩かれ、気合を注入される。私がもし負けて、ギルマスが盛大に賭けに負けても文句を言わないでほしいわ。でも防御魔法のペンダントのために絶対勝ちたい。欲しい物があると、戦いに制限がかかってもやる気が出る。
私は席を立った。
「え〜ミヅキくん、もう行っちゃうの? そうだわ、終わったら皆でご飯に行きましょ!」
「応援してるよ!」
「魔法使いを代表していくんだ、しっかりやれ!」
剣士のゲイルに言われてもと思いながら私は頷く。
「Sランクなんて大した事ないなんて思われるような戦いをするなよ」
昨日の負けを余程気にしているらしくディーノさんが不機嫌そうに檄をとばす。
そして子どもたちの「がんばってー!」の声を背に、私は会場を出た。
北側の一般入場口を出て少しまわったところに関係者以外立入禁止と書かれた扉がある。そこに立つ警備兵に黒いギルドカードを見せると中に通された。
中にいた係員の案内で控室に通され、時間までそこで待つように言われた。部屋には誰もいない。先程まで出場していた人たちは別室かしら。あ、貴族だからか。
部屋を見渡す。石造りの部屋には闘技場が見渡せる大きな窓がある。ここからでも試合が見られるようだ。布製の黄緑色のソファが何脚か置いてあり、長方形の木製テーブルにはお茶とお菓子、果物の他に緑色の液体のMPポーションと青い液体のHPポーション、黄色い液体の軽い傷を治すポーションの瓶が数本並べてあった。壁のハンガーラックにはベージュ色のローブが1着かかっている。
ご自由にお使いくださいで良いのかな。ちょっと魔力を回復しておこう。
MPポーションを手に取り全部飲み干した。水みたいに何の味もしないのでグビグビいける。分身魔法と変身魔法で減った魔力が回復していった。
私は左耳につけていた「スキル無効の魔法」のイヤーカフを外し、水竜のマントも脱いで収納魔法でしまった。
支給されたローブを羽織って時間が来るまでソファでくつろぐ。決勝戦前に昼食は済ませてあるのでお腹は空いていない。目を閉じ心を空っぽにしてその時が来るのを待った。
20分程経つとノック音が響き、男性係員が扉を開けて「時間です」と言った。
ふう、と深呼吸をし係員に付いて階段を下り、闘技場の入口に案内された。
「ファンファーレが鳴ったら入場してください。対戦相手のヴェルソー魔法師団長は反対側の入場口から出て来られますので、中央の王族の前で止まってください。あとは見様見真似で」
係員のざっくりな説明に内心呆れる。王族に失礼のないように冒険者に挨拶の手順を教えておくべきじゃないかしら。客席から出場者の振る舞いを見ていたからわかるけど。
ファンファーレが響き渡った。
私は気持ちを昂らせ、砂の匂いと歓声の大音量の中へと進んだ。
次回は3/3(月)に投稿致します。




