9.お父様にバレました
翌日。
お父様が私に話があると家令のグラエムから言付かったので、朝食を食べ終えた後、私はグラエムと一緒に2階にあるお父様の執務室に向かった。
何の話だろう。そういえば朝食の時、お父様が私を見て「なるほど」って呟いていたな。あれはなんだったのかな。
あと思い当たるとすれば、昨日魔力感知を自力でしてステータスをいじったことくらいだけど、部屋でひとりでやってたから誰も知らないはずだし……あ、晩ご飯で食堂に行ったとき、お兄様とグラエムが驚いた顔をしていたな。特に何も言われなかったけど。あれもなんだったのかな。
色々考えている内に執務室に着き、ノックをして応えがあってから中へ入った。
「お呼びと聞きました、お父様」
「ああ。座ってくれ」
お父様が執務机で何枚か積み重ねられた書類を確認していた手を止め、革製の二人掛けのソファに移動する。
白いシャツに黒い細身のパンツというラフな装いは、お父様の浮世離れした美貌を益々引き立てている。
お父様が自分の隣に来るよう示したので、私は少し緊張しながらお父様の隣に座った。
侍従がテーブルにティーセットを並べ、お茶を用意している。
執務室は思ったより広くなく、本がびっしり詰まった本棚が壁に沿ってずらりと並んでいる。全ての家具がウォルナット製とその色に合わせた革で統一され、全体的に重厚で落ち着いた雰囲気の部屋だ。
侍従が静かに退出すると、グラエムが扉を塞ぐように立った。
グラエムは下がらないのかな? まぁ、いいか。
それより緊張して喉がカラカラだよ。だって話があるって今までこんな風に呼び出されたことないし、執務室自体初めて入るし。あれだ、身に覚えがないのに初めて放送で職員室に呼ばれたときの緊張感にちょっと似てるわ。
とりあえずお茶を飲んで体の強張りを和らげる。
お父様を横目に見ると、持て余した長い脚を組み、お茶を飲んでいた。写真に撮って飾りたい。
お父様がカップを置く。そして体勢を私の方に向けて頬杖をついた。
青い宝石のついたピアスがチリ、と音を立てて揺れる。
私を見る瞳は夜明けの空のように青が何色も混ざっていた。
私はドキッとして危うく持っていたカップを落としそうになった。粗相をする前にテーブルに置く。その間もお父様にじっと見られ、どう反応して良いかわからず私の金色の瞳が泳ぎまくる。
ついに私はこの拷問に耐えられなくなった。
「あの、お父様……?」
その時、お父様の表情がふ、と和らいだ。
「……!?」
「大人びたと言われていたが、あまりそうでもないな」
からかうような調子で言われ、私は恥ずかしくなって言い返した。
「お父様が動揺を誘うからじゃないですかっ!」
「ふ、すまない。あまりにも緊張しているようだったからな」
「……」
いやだからって自分の娘を誘惑するみたいなことしなくても……お父様意外と自分の使い方をわかってるの? いや私の記憶からだとお父様は自分の容貌に無頓着だから考えすぎか。
私が自分の美少女さに調子に乗らないのは、そのさらに上にいる国宝級の美貌のお父様が自分の顔に無頓着だからだ。
「緊張が解けたところで本題に入るが、ディアナを呼んだのは確認したいことがあるからだ。この部屋には防音の魔道具が作動してあるから包み隠さず話してほしい。良いな?」
そんな魔道具があるんだ。灯りとかお風呂のお湯はりとかドライヤーみたいなやつとかは魔道具って知ってたけど、防音まで。でもなんで? 包み隠さずってどういうこと?
……はっ! もしかして前世の記憶があることがバレたとか!? 口調とか全然子供っぽくないから!?
あぁぁ、もっと4歳児っぽくすればよかったぁぁ!
はぁ、もうひと思いに言っちゃおうかな。私転生者なんです、って。でも信じてもらえなかったらどうしよう。変な目で見られたらどうしよう……。
私がまごついていると――
「ディアナの適性属性は四大属性全てで間違いないか?」
「……へ?」
一瞬何を言われたのかよくわからなかった。
「お父様、今なんと……?」
「ディアナは全属性なのかと聞いたんだ」
ひゅっ、と喉が鳴った。金色の瞳が収縮する。
なんでそれを……
私の脳裏にまた囚われの宇宙人の絵図が浮かんだ。
全属性なんて稀有な存在だもの、政治の道具としてもとても利用価値が高い。お父様はどうするつもり……?
私はワンピースのスカートを握りしめる。顔が強張ってきた。
いけない。そんなの知らないって顔をしなきゃ。洗礼式もやってないのに全属性なんてそんなわけないって。でもお父様なら私の嘘なんてすぐ見抜いてしまう。月属性とスキルまで知っちゃったら……
「そう警戒するな」
「え……?」
どういうことかわからず、私は顔を上げてお父様を見る。いつも通りの怜悧な顔だ。
「安心した。ディアナは自分が全属性であることは知られてはまずいと思っているのだな」
「だって全属性は一人もいないって……」
「そうだ。そのため周りに知られると厄介なことになる。加えてその『女神の化身』を思わせる白銀髪金瞳だ。王家が黙ってはいまい。初代国王が『女神の化身』だったからな。その色を遺伝として残したいと考えるだろう。その上全属性も遺伝させたいとな」
私は唖然とした。
でも聞く限り、お父様も私と同じように私の全属性を隠したいようだ。
私はほっと胸を撫で下ろしたあと、自分が全属性であることを認めた。そして知らないワードが出てきたので聞いてみた。
「『女神の化身』てなんですか?」
「絵本でこの手の話を読んでいなかったか? エレアーナから何度もせがまれたと聞いていたが」
えっ、そうだっけ? 全然覚えてないわ。女神様の夢でのことが衝撃的すぎて色々記憶が頭から吹っ飛んでいる気がする。
私は苦笑いを浮かべた。
「ちょっと覚えてないです、ははは……」
お父様はこれと言って訝しむ様子はなかった。
「そうか。『女神の化身』とは、200年周期で現れる大満月の日に生まれた者のことだ。しかも生まれるのは必ずただ一人だけで、月の女神を信仰しているこの国だけだ。この国の森には魔獣がいるのは知っているな? その森には結界が張ってあるんだが、効力が切れるときに結界の張り直しをする必要がある。それを行えるのが『女神の化身』だ」
あ、これって女神様が言ってた話だ。大満月の日に生まれた人に満月を通して神力を授けたって言ってたよね。確か3人だったっけ。その人達のことを「女神の化身」ていうのか。言い得て妙だわ。
「一夜限りだが満月から力を授かり、その力で『女神の化身』は結界を張り直す。力を授かる時、夜が明けるまで『女神の化身』の髪と瞳の色が白銀と金瞳になるそうだ。ディアナのように」
なんですとー!?
私は驚愕で目を見開いた。思わず自分の髪を触る。
女神様そんなこと言ってなかったよね!? 「女神の化身」は一夜だけこの色になるってこと? だったら私、周りの人に「女神の化身」て間違えられるんじゃない?
私はそこではたと気づく。
「え、あ、じゃあ私が門から出たことがないのは……」
「ああ。ディアナが『女神の化身』だと思われないようにするためだ。お前は大満月の生まれではないからな。あと人目を惹くその容貌も理由の一つだ。ノアの洗礼式のときはディアナを屋敷に置いていくのが不安だったから連れて行ったが、フードを被らせて髪色と瞳が見えないようにした」
そうだったような気がしないでもない。
今生と前世の記憶が上手く溶け合っているけど、3歳までの記憶は曖昧だ。
「でもここの使用人たちと騎士たちには見られてますよ?」
「この屋敷と王都の屋敷の使用人は古くから仕えている者や私が厳選した人材しかいない。数も他と比べて多くはない。ここにいる騎士も代々仕えるヴィエルジュ第一騎士団だ。使用人も騎士も皆口が堅い。それに万が一何かあっても対処できるから安心しなさい」
対処できるってお父様が言うなら大丈夫か。
私は「わかりました」と言って頷いた。
「しばらくはまだ外出はできない。不便をかけてすまないが、我慢してくれ」
お父様の綺麗な青い瞳が少し翳った。あまり表情は変わらないけど、申し訳無さそうな雰囲気だ。
「不便だなんて。むしろ感謝してます。お父様は私の能力と見た目を隠そうとしてくれているのですから」
「子供を守るのは親として当然のことだ。一応聞くが、王家に嫁ぎたいか?」
「滅相もありません!」
私は瞬時に力強く否定した。
「ふ、わかった」
お父様の口元が少し緩んだ。一体何が面白かったのか。
お父様がカップに口をつける。私も一息入れようと少しぬるくなったお茶を飲んだ。




