85.闘技大会(2)―剣術―
令嬢たちの黄色い声援が轟いた。
8人はそれぞれ同じ装備を身に着け、王族の前に整列する。
学院生、お兄様、殿下、リュシアン、騎士3人、そして……
1人異質な気配を漂わせている青年がいた。
あの人がSランク剣士のディーノ……ギルマスみたいにもっと屈強な人かと思っていたけど意外と小柄だわ。
ここからだとあまり顔立ちははっきりとはわからないけど、あの強者オーラがなければSランクには見えなそうなごく普通の青年って感じだ。
もうランデル山脈に行ったりしたのかしら……でも魔法師団長が謎の結界の解析をフリでやってくれて時間を稼いでいるから行っても何も変化はないはず。きっと大丈夫よね。
「この国におよそ200年に1度訪れる危機の中、今日という日を迎えることができ嬉しく思う。皆、一旦諸々の憂いを忘れ、存分に楽しんでくれ」
拡声の魔道具を手に持ちながら手短に話す陛下の言葉に、場内から地響きのような歓声が上がる。陛下は満足そうに微笑んだ。
「選抜者諸君。未来を担う若者たちよ。己の力を我らに見せつけよ。健闘を祈る」
陛下はゆっくりと、でも力強く言葉を放つ。出場者は皆その言葉を噛みしめるように頭を下げた。
すると、南側の王家の席の上と北側の2階席の上に大きなモニターのようなものが投影された。
そこにトーナメント表が映し出される。
場内からどよめきが起こった。
白い背景に黒っぽい文字でくじ引きで決まった組み合わせの通りに名前が書いてある。お兄様は殿下とリュシアンとディーノさんと違うブロックで、初戦の相手は王国第1騎士団所属の人のようだ。
口元がひくつく。
初っ端からお兄様が出番なことにも驚いたけど、私はあのモニターと前世で馴染み深いトーナメント表が一番の衝撃だ。
まさか魔法師団長がこれ作ったんじゃ……
「お父様、あそこに浮かんでいるものって……」
「モニター」とは言えずそう尋ねる。
「ああ、魔法師団長が作ったものだ。戦闘の様子もまるで近くで見ているように映るらしい。こんなものを作れるだなんて、彼はこの国の逸材だな」
淡々と称賛するお父様に、私は感心とやっぱりそうなのかという納得と、明日戦うのかという気鬱さがごちゃまぜになり複雑な心境に陥った。
「あの表もですか?」
「いや、あれは随分昔に王国騎士団の誰かが考案したらしい。騎士団内や魔法師団内で模擬戦を行う時は大抵あの表を使っている」
「そうなんですか」
どうやらこの国ではあのトーナメント表はメジャーなようだ。考えた人、頭良いわね。
闘技場にはお兄様と騎士だけが残り、あとの6人は退場していく。その様子がモニターに映し出された。
審判が出てくる。王国第1騎士団長のファビウス・リドゲート。レイヴン団長がお父様の右腕なら彼は左腕と称されている。なるほど、レイヴン団長と負けず劣らずの屈強さと顔面の恐さだけど、ファビウス団長の方が厳つい。目が合っただけで金縛りになりそう。年はレイヴン団長より若く40代前半といったところかな。
お兄様と騎士がお互い所定の位置につき、剣を構えて向かい合う。身長はあまり変わらないけど、騎士の方が体格が大きくてがっしりしている。目録によると、彼はシュタインボック公爵家傘下の貴族のようだ。
個人的にシュタインボック家を目の敵にしているのでお兄様には何としても勝ってほしい。
あの総長の息子がどれほどの実力の者か、付近にいる貴族やここに集まっている人たちの目の色が変わったのがわかった。お父様も真剣な表情で闘技場を見据えている。
「最強の総長の息子」ってお兄様にとって相当なプレッシャーよね。
そして審判のファビウス団長が右手を楕円に切り取られた蒼穹の空に向け、「始め!」と、空を切るように振り下ろした。
戦闘開始の合図と共に歓声が湧き響き渡る。
始まった……!
お兄様は相手との間合いを保ちながらゆっくりと動く。その顔つきは普段の甘やかな印象からかけ離れ、真剣さと闘志に燃えた顔だ。そのギャップに令嬢たちが一層黄色い悲鳴を上げる。ちょっと静かにしてほしい。
騎士はお兄様の様子見なのか中々仕掛けない。
そしてお兄様が動いた。1歩で素早く相手の間合いに入り、上段から斜めに素早く攻撃を繰り出した後受け止めた相手の剣を押し返して下に滑らせ、すぐさま剣を返し下から相手の剣を薙ぎ払った。
その勢いは体格の違いなど関係なく目を瞠るほどで、騎士は薙ぎ払われた反動で少しバランスを崩し、お兄様はその隙を見逃さず騎士の右腕を掴み、相手の脚を脚で払って地面に抑え、首筋に剣先を向けた。
一連の動作が滑らかでとても速い。
一瞬で勝負がついたことに観客は呆気にとられる。
「勝者、ノア・ヴィエルジュ!」
審判の力強い声で場内から歓声と拍手が鳴った。
えええっ! 一瞬!
「ははは! いいぞーノア様ー!」
ハインが叫び、お兄様に拍手を贈った。イヴァンは満足そうな顔だ。
やったー! 勝ったー!
心の中で叫びながら、令嬢らしく慎ましく拍手をする。
お父様はどう思っているのだろうと隣を見上げると、お父様は静かにモニターを見ていた。表情はいつもと変わらない。
強いと言われる王国第1騎士団の人が一瞬で負けたことに内心呆れているのか、それともお兄様はまず初戦に勝っただけだからこのくらい当然って感じなのか。お父様を読み取るのは至難の技だ。
モニターを見ると、お兄様にはまだまだ余裕がありそうだった。
お互い一礼し、王家と観客にも一礼した後、2人は握手を交わして退場した。
次回は2/13(木)に投稿致します。




