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84.闘技大会(1)―剣術―

草木がだんだんと色づき始めたリブラの月。


建国記念祭で国中が盛り上がりを見せている中、王都セレーネの東の外れにある闘技場では、今か今かと観客たちの待ち望む熱が午前の秋の澄んだ空気を飲み込んでいる。


いよいよ闘技大会が始まる。


15歳から29歳の若者中心の大会で2日間開催される。初日の今日は剣術だ。お兄様とユアン殿下と殿下の護衛騎士リュシアン・レーヴェ、そしてSランク剣士のディーノが出場する。


出場人数は8人。トーナメント方式で行われる。対戦者は試合開始直前のくじ引きで決まり、優勝者には国王から褒美が与えられる。


その褒美とは、騎士団の誰かが優勝した場合は2階級昇級と金品、学院生の場合は学院卒業後に王国騎士団への試験なしでの入団と金品が褒美としてもらえる。ディーノが優勝した場合は欲しい装備と金銭がもらえるようだ。


剣術枠でのルールを説明すると、使用するのは運営から支給されるロングソードの模造剣1本のみ。装備も運営が用意したものを着用する。勝敗が決する時は剣が手から離れた場合と剣が折れた場合、剣を首に突きつけた場合、戦闘不能になった場合、場外になった場合だ。試合時間は15分。15分経っても決着がつかない場合は、残った体力値と魔力値の総合で多い方が勝ちとなる。


またスキルは1つのみ使用可能。複数のスキルを持っている場合は、1つのみの使用であれば試合ごとにスキルの種類を変えることができる。例えばお兄様の場合だと、1回戦目は身体強化スキルのみ使用、2回戦目は物理攻撃耐性スキルのみの使用、となる。1試合でスキルを2つ以上使用した場合は失格となる。


戦いの舞台は縦が80m,横が60mと長方形になっていて、地面から1m程の段差がある。闘技場自体は石造りの楕円の形だ。舞台と客席の間が2mくらいある。観客席は階段状になっており2階席まである。南側の2階席は王家専用の観覧席となっていて、カーブがかかる西側と東側は貴族専用、北側は一般人の観覧席となっている。収容人数はおよそ5000人。


建国祭もあって多くの国民がこの闘技場に集まり、またこの時期はまだ社交シーズンでもあるため王都に住まう貴族も観戦にぞくぞくとやって来て満員だ。


……ふむふむ、なるほど。


警備の騎士が立つ会場の入口で係員に渡された大会目録に、私は2階の東側の観覧席に座りながら目を通していた。


私の左隣にはお父様、その隣にはお母様が並んで座っている。私の右隣には護衛騎士のレイ、私の後ろにはハインがいる。ハインの隣でお父様の背後にはヴィエルジュ騎士団の第1騎士団長のレイヴン・マクレイアーが、これから始まる試合に目をギラギラさせている。ちなみにお兄様は既に大会出場者の控室にいるのでここにはいない。


周りを何人かのヴィエルジュ騎士団に囲まれているせいでこの辺りは物々しい雰囲気だ。一般人の観覧席は遠いけど、王国で1番の人気を誇るお父様が同じ空間にいるということで人々の好意と好奇と羨望の視線が全てこちらに向かっている。


「いやぁ楽しみっすね、団長。ノア様が優勝したら祝杯あげましょうよ」


「気が早いぞハイン。この大会にはSランク剣士も出場するんだ。そう簡単にはいかないだろうよ」


私の背後で団長とハインがいつもよりも声高に話し出す。


「あれ、団長はSランク剣士に分があると?」


「土竜を討伐したことがあるなら、たとえノア様でも少々厳しいかもしれんな」


「確かにノア様はまだドラゴンの討伐経験はないですもんね。総長、ノア様とはいつドラゴンの討伐に行くんですか?」


隣のお父様をチラと窺うと、組んだ膝の上に手を乗せ前を見据えていた。左耳にはいつも着けている長いチェーンで揺れるタイプの蒼いアウロラの宝石のピアスが着いているのに、右耳には小さな丸いアウロラの宝石がピアス穴を塞いでいた。失くしたのかな?


お父様がハインに応える。


「ドラゴンの前にまず他のSランク魔獣の討伐を行ってからだ」


「ですよね〜。でも行くってなったら護衛のイヴァンも一緒なんですよね。良いなぁ。俺も行きたい……」


「お前はディアナ様の護衛だろう」


団長の隣、お母様の後ろにいるお兄様の護衛騎士イヴァンが団長越しにハインを睨む。


「わかってるっての。でもディアナ様って総長みたいに無詠唱で魔法が使えて剣術も俺等とそんな遜色ないし、ディアナ様ならSランクいけると思うけどな。ね、ディアナさ――うぎゃっ」


ハインのうめき声で振り返ると、ハインが涙目になりながら頭をさすっていた。どうやら団長の鉄拳をくらったらしい。


「ディアナ様がどんなにお強くてもSランク魔獣の討伐なんか行けるわけないだろうが。貴族令嬢だからってのもあるが、無詠唱なのはヴィエルジュ家と我々騎士団の間でしか知られていないことなんだぞ」


団長が小声で凄む。


そうなのよね。私が無詠唱で魔法を使えることは周りには伏せられていて、家族の他に一緒に鍛錬しているヴィエルジュ騎士団と使用人しか知らないことなのだ。でももし殿下に私が無詠唱だとバレたらやばい。


殿下からは詮索されるようなことはもうないってこの前お父様が言っていたけど、どうなったのかしら。


「ちょっと言ってみただけですって」


「軽々しく言うもんじゃない」


ハインが親に怒られた子供みたいに口を尖らせる。


「申し訳ございません、総長、奥様」


「ふふ、ディアナがあれだけ強かったら一緒にSランク魔獣に挑みたい気持ちもわかるわ」


団長の謝罪にお母様が扇越しにクスクスと笑う。扇には私が月祭で買った飾り房がついていた。翡翠と柔らかな金色の房が優雅に揺れている。


「ディアナにも驚いたけど、最近話題のSランク魔法使いさんも無詠唱なんですってね。意外とそのスキルを持つ者がいるものなのね」


私は内心ギクリとした。お母様に向けていた顔を徐に闘技場の方に戻す。


「あ、それイヴァンから聞いたんですけど、その魔法使い、キメラ相手に魔法を使いながら剣でも戦っていたらしいですよ。やっぱ無詠唱スキルがあると剣も同時に使いたくなるんですかね。魔法師団長はどうか知らないですけど」


この場にいるイヴァンを差し置いてハインがお母様に説明する。


「確かそのSランク魔法使いって明日魔法師団長と試合するんですよね?」


「そうなのよ。夫人たちの間でとても人気が高いから彼の噂はよく耳に入るわ。そうそう、ジュリア夫人が彼のファンなのよ。一緒に観戦したらきっと楽しいでしょうから、ディアナも明日も一緒にどうかしら」


お母様に女神の微笑みを向けられ、私も笑みを返して「はい、そうします」と応えた。2号の出番がこれで確定した。


月祭が終わった後、討伐の依頼を受けるためにミヅキの姿でギルドに寄った時、例の張り紙を見た。


『闘技大会2日目は選抜者8名の勝ち抜き戦に加え、Sランク魔法使いのミヅキさんとヴェルソー魔法師団長による特別試合が催されることが決定しました。冒険者の皆さん、ぜひ応援に行きましょう!』


立ち竦んで読んでいたら、ゲイルさんに肩を組まれ「俺はお前に賭けているから、頑張れよ!」と意気揚々と言われた。依頼ボードの横を見ると、私と魔法師団長のオッズが張り出されていた。


あの時はトントンの配当率だったけど今はどうなってるんだろ……どうでも良いけど気が重いわ。


明日のことを考えて気持ちがどんよりと沈んでいると、管楽器の音楽が流れた。

 

開始前から熱気に包まれていた会場が、王族の登場で水を打ったように静まった。


近衛騎士たちに守られながら、南側の豪華な観覧席に国王と王妃、ローラ王女殿下が着席する。


そしてファンファーレと共に、8人の出場者が闘技場に姿を現した。

長くなりました(^_^;)


次回は2/12(水)に投稿致します。

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