82.月祭(2)
貴族街の出入り口である南門から出て右に逸れた道で降ろしてもらい、私とアンリはメイン通りであるセレーネ通りに向かって並んで歩いた。やや離れて後ろからハインとレイ、アンリの護衛騎士たちが付いてくる。皆の服装も騎士服ではなく一般庶民がよく着る服だ。
よく晴れた青空が広がり絶好のお祭り日和だ。この時季でも王都は暖かい気候で、長袖一枚でも過ごしやすい。
人々の喧騒や食べ物の良い匂いが漂い、遠くから陽気な音楽も聞こえてきた。
セレーネ通りはどこもかしこも人人人でごった返し、皆頭に月桂樹の冠を被っていた。
「あ、アンリ様。あそこで冠もらえますよ。行きましょう」
「おい、はくれるぞ。あと何故今日は敬語なんだ」
「あ……」
幼い頃からの付き合いなので公式行事以外で会うときはだいたいタメ語で話していたのに、変な緊張のせいか敬語になっていた。
でも友人として接すると決めたからにはいつも通りじゃないと不自然よね。
「会うのはパーティー以来だったからきっとその名残よ。さ、早く行きましょ」
農家風の格好をした男性から月桂樹の冠をもらいそれを被る。躊躇うアンリに無理やり被せ、大通りを歩きながら祭の雰囲気を楽しんだ。
十字路の一角にある広場では月祭限定で出店されているお店が並び、広場を駆け回る子どもたちの声や楽団が奏でる陽気な音楽が流れていた。
私達はそこで前世の今川焼にそっくりな、中にクリームが入った月を模したお菓子や、豊穣の女神であるウィルゴ神が手に持っているエルアの葉の樹液で作られた砂糖菓子を食べた。
他にもお店ではエルアの種子から取れる油脂で作られた可愛らしい石鹸や、エルアの葉でできた籠、仕切り布などが売られていた。
ベンチに座って果物をふんだんに使ったジュースを飲みながら、楽団の音楽に合わせて踊る人々を眺める。踊ると言っても皆笑顔でそれぞれ好きなようにステップを踏んだりときには輪になって回ったりと、見ていてとても楽しそうだった。
アンリはこういうのは参加しなそうよね。昔は私とリリアだけ皆の輪に入って踊っていたっけ。お兄様とアンリはそれを見ているだけだったわ。
「この前、ユアンと王宮で茶会をしたんだろう? どうだった?」
不意にアンリが尋ねてきた。
「そうね……普通に談笑して終わったかな」
後半は人払いされて告白まがいのことを言われ、政略結婚をほのめかし、私が何か隠していることがあることに気づいて探ってきたなんて、そんなこと言えやしない。
「そうか……ユアンはディアナに興味がありそうだったから、ディアナは婚約者候補だし、何か言われたのかと思って」
確かに興味を持たれましたわよ、有り難くないことに。実はまた2週間後に殿下と会う予定なのよね。今度は観劇に招待されてしまった。はぁ、殿下の言葉をのらりくらり躱せるか、憂鬱だわ……私の秘密のこともだけど、リリアへの罪悪感が……うぅ……
……! そうだ、私が今はっきりリリアの敵ではないことをアンリに示せば良いのでは? 自己満かな……いや、でも私がはっきりすればリリアも安心するかもだし……うん。
「私は殿下に興味ないし、リリアの邪魔をするようなことはしないから、安心してほしい」
アンリは目を丸くした後、「そうか。良かった」と、安堵した表情を見せた。
うん、これで私がベリエ家の敵ではないことが示せたわ。妹のリリアが第1候補だもの。ベリエ家としてはリリアを王家に嫁がせたい。それが私のせいで揺らいでほしくないわよね。
それから私達はまた大通りに戻り、人混みを避けながら月祭限定で出店されているお店を見てまわった。
そこで見事な銀細工の装飾品が並んだお店が目に入り、私はその輝きに惹かれ立ち寄った。
「いらっしゃい。あら、随分と美人な子ね」
店主の50代くらいのおばさんが微笑んで迎えた。
「この銀細工は全てエルアの種子を炭化してできているのよ。月祭の記念に買われる方が多いから良かったら見てって」
おばさんの営業トークに乗せられ私は髪飾りを手に取った。銀色の薔薇が3つ横に並び、花びらの中には小さくて丸いラピスラズリの石がそれぞれ3つ付いていた。
「ディアナにぴったりの髪飾りだな」
「ふふ、そうね」
ラピスラズリの石言葉は「真実」とか「幸運」とか「成功の保証」などがあり、ウィルゴの守護石でもある。良い機会だし、私に課せられた役目の成功を願って買っちゃおうかしら。
「店主、いくらだ?」
「あら、こりゃまたすごい美形! あ、12銀貨だよ。意外とお手頃でしょ?」
「え、自分で買うからいいよ」
「今日付き合ってくれた礼だ」
「そう言ってさっきも食べ物とか買ってくれたじゃない」
「お嬢ちゃん、こういうのは恋人に贈らせるものだよ」
「えっ、いえ、恋人では……」
男女2人だとそういう風に見られるのかしら。ちょっと気まずい。
アンリをちらっと見ると、耳を赤くして店主にお金を渡していた。
アンリの照れた様子って、なんだか可愛いわね。「可愛い」とは対極の色気オバケなのにそう思ってしまうのは、私の中身がおばさんだからかしら。ぶっちゃけお父様とお母様との方が年が近いのよね。アンリのことを年下のように感じてしまうから、きっとふとした表情を可愛いって思ってしまうのかも。
「つけるから、後ろ向いて」
アンリの言う通りに後ろを向き、アンリは私のハーフアップにした髪に髪飾りをつけた。
「似合っている」
「ありがとう」
「良かったね、お嬢ちゃん」
ちょっと照れくさくなって、おばさんにも早口でお礼を言ってその場を離れた。
お店を離れてから、私もアンリに今日の記念に何かあげたいと思い、良さげなものはないかと大通りのお店をキョロキョロとしていると、飾り房を売っているお店を見つけた。
あれなら自分の剣に付けたりできるかも。アンリもお兄様みたいに剣術の腕もすごいし。なんでか闘技大会には出場しないみたいだけど。
「私も今日の記念にアンリに贈りたいんだけど、あの飾り房はどうかしら?」
アンリは目を見開いた後、ふっと柔らかく微笑んで、「ありがとう」と言った。滅多に見ない表情に思わずドキッとする。
それを悟られないように私は足早にお店に入った。
次回は2/7(金)に投稿致します。




