81.月祭(1)
ウィルゴの月に入り、月祭の日がやってきた。
アンリとは初日に行くことになった。学院の授業が終わった放課後、アンリがうちに迎えに来る。
アンリと2人で月祭に行くことは既に家族には許可をもらっている。お母様は「あらあら〜」と、ついに娘が! みたいな期待のような眼差しで快くOKしたのに対し、お兄様は少し困り顔で「楽しんでおいで」と言い、お父様は「気をつけて行って来なさい」の一言だけだった。
2人だけで出かけるのは初めてなので、私は朝から少し変に緊張している。
軽く昼食を摂った後、シェリーに用意してもらった商家の娘みたいなクリーム色のワンピースに着替え、スキル無効と魔力隠蔽が付与されたピアスとネックレスを身に着けた。
この2つのアクセサリーは夜会やパーティーでつけるような華やかなデザインではないけれど、金色の宝石に見えるため町娘みたいな格好には不釣り合いで、ちょっとお金持ちな商家の娘風にしないとバランスがおかしかった。
そして洗面室でこっそり魔法で髪色を白銀からよくいる茶色に、瞳の色を夜明け色の青から緑色に変えた。私のいつものお忍びカラーだ。
洗面室を出て、香油とブラシ持って待ち構えていたシェリーに髪を整えられ、ハーフアップにしてもらった。準備万端だ。
ただアンリが迎えに来るまでまだ少し時間があるので、暇つぶしに私は屋敷の書庫に行くことにした。
日当たりの良いソファで、手に取った分厚い魔獣図鑑を広げる。
魔獣図鑑の目次からラヴァナの森に出現する魔獣が記載されているページをめくり、目を通していく。
何故ラヴァナの森の魔獣を調べているかというと、リブラの月(10月)の闘技大会が過ぎれば社交シーズンは終わり、私とお母様は一旦領地に帰るからだ。領地経営と管理をグラエムと兼任しているため毎年この時期にはお母様だけ帰領していたけど、今年は私も一緒に帰ることにした。ラヴァナの森の魔獣を討伐するために。
でも先日お父様に、帰領するのは2号にさせ、ミヅキは各神殿を巡って神像に魔力を込めてくるように言われた。
何でも3人目の「女神の化身」であるカイルの手記に結界を張るための事前準備としてそう書かれてあったそうだ。ていうか「女神の化身」の手記なんて、どうやって手に入れたのか甚だ疑問だ。
私の場合は結界ではなく浄化だけど、結界崩壊時、万が一浄化魔法の魔力が十分ではなかった場合に備え結界も視野に入れる必要があるとのこと。事を抜かりなく進めるために念の為やっておけだって。お父様に言われたらやるしかないわ。
それが終われば転移で領地に帰って良いみたい。だからラヴァナに行くのはそれが終わってから。ちょっと先にはなるけど、今暇だし、図鑑に目を通すくらいしておこうと思ったのだ。
魔獣図鑑には、代々の当主やヴィエルジュ騎士団が魔獣の討伐を繰り返して集めた魔獣に関する情報が詰まっている。種類や特性やわかる範囲での弱点まで。この図鑑は王宮の書庫や王立図書館、各ギルドにも置いてあり、皆が気軽に借りられるように管理されている。
ふむふむ、ラヴァナの森の魔獣はCランクが一番弱いのか……ここの魔獣は他の森のと比べて強いという噂があるけど、どうして偏っているのかしら。初代国王が結界を張るときたまたま北の森に強い魔獣が集結したのかしら。
そんなことを考えながらパラパラとめくっていると、ドラゴンの絵図が目に入った。
ドラゴンには、緋色の火竜、藍色の水竜、翠色の風竜、黄金色の土竜がいる。火竜は紅蓮の炎を翼全体と尾の先に纏い、水竜は水の中も泳げるように魚類のようなヒレが獰猛な顔の横や背中、尾に付いていて、水に透けたような翼を持つ。風竜はドラゴンの中で最速の飛行能力を持ち、そして一番翼が大きい。対して土竜は一番翼が小さく、代わりにドラゴンの中で一番硬い鋼の皮膚を持っている。そしてそれぞれ名前の通りの属性魔法を使い、倒せば、ドラゴンの死骸からドラゴンの宝玉と言われるオリハルコンが出てくる。
うわ……絵だけでも相当強そうね……特性を見てみても、同じSランクのブラックフェンリルとかベヒーモスよりも手強そう。SランクじゃなくてもうSSランクに設定しても良いと思うんだけど。
私の今の魔力値は11万6千くらい。あとAランク1体とSランク1体を倒せば浄化魔法が使える12万に到達する計算だ。
ドラゴンだったら1体で余裕で12万いきそうな感じがするけど……ドラゴンかぁ……決して焦っているわけではないけど、こうして強くなってきているし、Sランク冒険者として試しに戦ってみたい気持ちがある。だってファンタジー代表の生物だし。今は低ランク区域に出てきているみたいだからもしまた現れれば討伐をお願いされる可能性は高い。ラヴァナの森に行くなら、万が一のことを考えてきちんと準備していかないと。
1時間くらい読み耽っていると、シェリーが呼びに来た。アンリが来たようだ。
変なそわそわ感がぶり返してきた。
身だしなみを整えて玄関ホールに行くと、アンリがいた。会うのはユアン殿下の誕生パーティー以来なので約2ヶ月ぶりだ。
学生服ではなく、私に合わせてアンリも街に溶け込むような簡易的な服装をしている。瞳の色は青藤のままだけど、髪色は普段の露草色ではなくどこにでもいる焦げ茶色の髪に魔法薬で変えている。でも滲み出る気品と色気は隠せていないので、こんな人が街中に現れたら女性たちの視線を独り占めしてしまうだろう。
「お待たせしました」
「……」
「アンリ様?」
「……あ、いや、その……あまり『ディアナ』を隠せていないなと思って」
「ふふ、それはお互い様ですよ」
思っていたことが同じだったので思わず笑いがこぼれると、アンリは目を逸らし、片手で口元を隠す仕草をした。
「? どうしました?」
アンリはしばらくして「……なんでもない」と言いながら口元を覆っていた手を離し、見送りに来ていたアーヴィングとシェリーたち侍女に「日が沈むまでにはディアナ嬢をこちらにお送りする」と伝えた。
「お気をつけていってらっしゃいませ」
「行ってきます」
私とアンリは公爵家が用意した家紋のついていないお忍び用の馬車に乗り込み、城下に向かった。
次回は2/5(水)に投稿致します。




