幕間(14)ー2
「『アリエスの大満月の日に生まれた俺は、生まれた瞬間から「女神の化身」として周囲に崇められた。他国に誘拐されないよう国からも神殿からも手厚い保護を受けた。悠々自適に過ごせると思っていたら、ベリエ公爵家の者から渡された2代目の「女神の化身」の手記を読んでその考えはなくなった。むしろ俺に課せられた役目の重さに押しつぶされそうな毎日を過ごした』。ここから先は文字が薄く判別できませんでしたので読めるようになったところからになります」
「ああ」
「『来るその時まで魔力を増やさなければならなかったため、俺は冒険者になった。護衛と一緒にパーティーを組み、俺自身もAランクとして魔獣を討伐しながら魔力を増やしていった。元々の保有魔力は多い方だったが、先輩の手記には目安はだいたい8万の魔力量が必要とのことだった。その時に足らなかったら洒落にならない。死に物狂いで魔力を増やした。黒竜が現れた3年後のアリエスの月の満月の日までそれが続いた』」
ん? 結界って3つの森の分を合わせて6万魔力値じゃなかったか?
主に目を向けると、窓際の壁に寄りかかって腕を組んで静かに聞いていた。
「『黒竜が現れた。黒光りした巨大な塊が上空を飛んでいた。その時が来たら俺はあれと対峙しなければならないと思うと足がすくんだ』」
「え、黒竜と対峙すんの!? どうやって!?」
「お前は静かに聞けないのか」
再びサラちゃんに睨まれる。いいじゃん、気になったんだから。ねえ、主。
主は眉根を寄せ険しい顔をしていた。
「いいから最後まで黙って聞け。ええと、どこからだ? ああ、ここだ。『ルナ神殿の礼拝堂にあるルナ像に魔力を込める。各領地にある神殿にも巡り、礼拝堂にある星の神の像にも同じことを行った。レナード先輩の手記にそうしろと書いてあったからだ。そして3年後のアリエスの月の満月。とうとうこの日が来てしまった。俺はレオ神殿の一番高い尖塔に登った。夜に満月の光を浴びると、髪は昼の月のような白銀に、瞳は夜の満月のような金色に変わった。魔力が変質したような違和感を覚えたが全然不快じゃなかった。でも心の片隅で俺の役目が何かの間違いであってくれと願っていたものが、己の変化と実際に結界が崩壊したことでその一縷の望みが砕け散った』」
「え、神殿行かなきゃなの? てか神殿から結界張んの? なんでレオ神殿なの?」
「……」
あ、サラちゃん、とうとう無視した。
「ディアナは結界ではなく浄化を女神に頼まれているが、万が一のためにも行っといたほうが良さそうだな」
「魔力込めるなら『ミヅキ』として行ったほうがいいっすね」
「そうだな。サラ、続きを」
「はい。『3つの森いっぺんに張れた。たぶん各神殿の神像に魔力を込めたおかげかもしれない。各神殿の礼拝堂から真上に金色の光が伸びてレオ神殿にいる俺の結界魔法と呼応して3ついっぺんに張れたんだ。その様子を細かく記したいが俺の文章力では無理そうだから省く。無事に成功して肩の力が抜けたが、変身が解ける前にもう一つやらねばならないことがあった。俺はすぐさま馬でランデル山脈に向かった。これは必ず一人で行かなければならないらしい。なんで一人で行かなきゃならないんだと悪態をつきながら馬を走らせた。ラヴァナの森を突っ切る必要があるが、魔獣は襲ってこないので安心しろとレナード先輩の手記にあった。本当にそうだったがそれだけでとても安心などできなかった。中腹には結界が張ってあったが、「女神の化身」の姿なら簡単に通れた。結界の中で恐る恐る目にしたのは、深い闇の中で地面に弱々しく横たわっていた黒竜だった。飛んでいる姿は迫力満点で恐怖を感じたのに、そこで力なく横たわっていた黒竜には見る影もなかった。だから俺は近づくことができた。そして俺は黒竜にも結界魔法をかけた。結界を張った後、赤い目に安堵の色が見えたような気がした』」
「えっ、『女神の化身』ってあそこの結界通れるのか!? つか黒竜自身にも結界って!? 」
「私が知るか。そう書いてあったのを覚えてきただけだ」
サラちゃん、ちょっとは考えてよ……確かに「女神の化身」は月の女神の力を授かっているから結界を通れても不思議じゃないけど、黒竜にも結界を張るって……
「あ、でもそうか。黒竜にも結界を張る必要があるから魔力値が8万必要なのか。え、じゃあお嬢は15万目指しているけど足りなくね? あ、結界はやんないからいいのか。いいんだよな?」
「ブツブツとうるさいな。お嬢様は浄化をするんだろう? なら魔獣と黒竜のどっちを先にやるかじゃないのか。一度には無理だからな」
確かに!
俺はサラちゃんにビシッと指を差した。「人に指を差すな」と容赦なく人差し指を叩かれる。めっちゃ痛い。
「でもお嬢自身が月の女神の力を有しているなら他の『女神の化身』みたく満月の日の1日とかいう時間の制限はないっすから、やっぱ魔獣の浄化優先じゃないっすかね。森と黒竜にかけられた結界が同じだから崩れるのが同時なら」
俺はよっこらせと立ち上がり、腰に手を当てて主に言った。
主はしばらく顎に手を添え深く考え込んでいた。その姿も様になるので、ちらと横目にサラちゃんを見ると薄茶の目が恍惚としていた。
主が口を開く。
「闘技大会が終わればディアナはエレアーナと領地に帰る。その際、分身魔法で『ディアナ2号』を帰らせ、『ミヅキ』はルナ神殿と各領地の神殿を回らせ神像に魔力を込めさせる。終われば転移で領地に帰るようにする。ヘンデ」
「はいよ」
俺は居住まいを正した。
「ジンを『ディアナ2号』につけさせ、お前は『ミヅキ』につけ」
「了解しましたぁ!」
ビシッと敬礼して応えた。サラちゃんが蔑むような視線を向けてきたことは気にしない。
ヘンデの言葉を修正しました。




