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幕間

夜が深い頃、俺の主であるヴィエルジュ家当主の執務室にて。


「お前が報告に来るということは、ディアナに何かあったのか?」


主は執務机に寄りかかり、両目以外の全身を真っ黒で覆われた俺をまっすぐ見据えている。


室内に取り付けられた灯りの魔道具に橙に照らされ、その陰影がまるで主を舞台役者のように映し出している。いや、こんな人外な舞台役者はいないな。どう例えたらいいかわからん。


「防音の魔道具を作動させてある。さっさと話せ」


「そんな怖い顔しないでくださいよ」


少しからかい口調になったのがいけなかったのか、主の眉間にシワが寄る。


「わわわっ! わかりましたよう。別にお嬢に危険が迫っているとかじゃないんで。何から報告すればいいのか……とりあえず、お嬢はさすが主の娘って感じっす」


「もったいぶるな」


俺の背後にある扉を(ふさ)ぐ形で立っているグラエムさんが(すご)んでくる。ひぇぇ、おっかねー。


「へいへい。主も昔やってたじゃないっすか。洗礼式の前に魔力感知を自分でしちゃったやつ。あれお嬢もやってましたよ、自分の部屋でベッドに寝っ転がりながら」


「……」


主が目を瞠った。


「本当か?」


「俺、魔力視のスキル持ちなんすよ? 嘘ついてどうすんすか」


「そうだな。それで?」


「膨大な魔力量ですよ! 主のときよりも多いんじゃないかな? しかも魔力の色が金色でめっちゃ珍しいんすよ! おまけに満月の光を浴びた『女神の化身』のような髪色と瞳の色! これってなんか関係ありそうじゃないっすか!?」


主が息を詰めた後、青い視線を下に向ける。長い白銀色の睫毛が主の陶器のよう(なめ)らかな肌に影を落とした。


「……魔力まで……だがディアナは大満月の生まれではない。満月の光を浴びなくともあれは生まれたときからあの姿だ。関係があるとは言い切れない」


主にしては自信がなさそうだ。


「でも金瞳なんて下手したら世界中探してもいないっすよ。『女神の化身』でないにしても物珍しさからよからんヤツが寄って来ますって。王家の影だってしつこかったし。ま、一度もお嬢の顔すら拝ませてないっすけどね」


本当にしつこかった。

お嬢が生まれてから、その容貌から主が外部からこの屋敷への接触を一切断ったことを訝しんだ陛下は王家の影をうちに何度も寄越して来た。おかげで俺達ヴィエルジュ家の影はそれはもう大変だった。


主と陛下は幼馴染というかはとこ同士で、よく前当主に王宮に連れられて一緒に遊んだりしていた仲だ。

同い年でもあったから王立学院でも常に一緒で、一時期令嬢たちの間で主と陛下、当時はまだ王太子か、二人の関係に噂が立った程だ。


主は陛下に対して常に側近の立場で接しているけど、陛下が主に構いたがりでそれは今も続いている。

たぶん、あまり表情を崩さない主をどうにかして崩したくてしょうがないんだろうな。その気持はわかるぜ。この国最強で、常に泰然(たいぜん)としている主を俺は尊敬しているけど、たまにちょっと崩したくなるよな。後が怖いからあまりやらないけど。


「もう来ないはずだ。いい加減陛下に苦情を入れたからな」


「でもまた来ますよ。いや今度は影だけじゃ済まないかも」


「……どういうことだ?」


主が眉根を寄せる。

小さな灯りのせいで夜明けの空のような青い瞳が、今は深海のような濃藍の色に変わって、美術品のような美貌が普段よりも凄味が増している。


俺は防音の魔道具が作動しているにもかかわらず、周りの気配を探った。

今からもう一つ報告することは他の誰かに聞かれていてはとても話せない。


(つば)を飲み込み、俺は今日見たお嬢のことを話した。


「お嬢が魔力感知を終えたあと、適性属性がまだ判明していないのに魔法を使ったんす。しかも四大属性全てを、無詠唱で……」


自然と声が固くなった。それくらい信じられないことだからだ。


主は「は?」と呆然としている。背後にいるグラエムさんからも息を呑む気配がする。

そんなつもりはないのに表情が崩れた主が見れて、こんな状況じゃなきゃきっと顔がにやけていただろう。


「はっ、魔力が膨大で、全属性で、無詠唱とは」


執務机に後ろ手についた両手に力が入っている。主にとっても予想外のことなんだろう。


「『女神の化身』は大満月の生まれが絶対条件だ。そうでない以上あらぬ誤解を招いてはならないと思いディアナを表に出さなかったが、それは魔塔が結界魔法を完成させるまでと考えていた。だがさすがにそれはまずいな……無詠唱魔法ができるのは私と魔法師団長だけだが、5歳にも満たない子がやってのけるのはもはや次元が異なる。ましてや全属性など未だ(かつ)て一人もいない。()()魔法師団長でさえ三属性だ。陛下に知られれば、ディアナはユアン殿下と婚姻を確実に結ばされる。たとえ血が近くても、全属性を王家に取り込みたがるだろう」


室内に静寂が満ちる。

俺は息を呑んだ。


「洗礼式を中止にしますか?」


グラエムさんが声を一層低くして尋ねた。

主は顎に手を添えて考え込んでいる。


「……いや、まずディアナに直接確認してからだ。ヘンデ、ディアナはずっと部屋で一人だったか? エレアーナやノアに自分の能力を話したりは?」


「シェリーさんが食事の用意で部屋に入るまではお嬢ずっと一人でしたし、奥さんや坊っちゃんにも話してなかったっす。ただ、坊っちゃんと他の影たちだけ、お嬢の急に現れた膨大な魔力にすっごく驚いてましたね。坊っちゃんも魔力感知できるみたいっすけど、お嬢に問いただすことはしてなかったっす。空気読んだんですかね……あ! あとお嬢、火属性の魔法を出すとき、指先に小さな火を出してたんすよ! あれって結構緻密(ちみつ)な魔力操作が必要なのに。さすが主の娘っす」


「……」


「あとたぶんステータスも出せてます。俺には見えないけど、お嬢が目の前の何もない空間を見ながらころころ顔色変えたり、指で何やら操作してたんで」


主とグラエムさんがほぼ同時にため息をついた。

主は少し項垂(うなだ)れるようにして綺麗な形の額に手を当てた。


「……俺、主が小さい頃からの関係っすけど、主でも項垂れたりするんすね」


主が呆れながら顔を上げる。


「私のことを何だと思っているんだ。……はぁ、ディアナのことはわかった。あれは王家だけでなく魔塔も欲しがるな。もしかすると神殿もかもしれない。エレアーナには悪いがやはり洗礼式は中止の方向で考える」


俺はうんうんと頷いた。


主によく似たあの容姿と見た目の色に加えて全属性だなんて、何が起こるか手に取るようにわかるぜ。


「ヘンデ、お前も呑気にしてられないぞ。ディアナの属性が外に漏れないよう尽力しろ。それからディアナにはもう一人影を付ける」


迫力のある眼差しで主は俺の橙色の瞳を見据えた。

俺は居住まいを正し頭を下げ、「御意」と応えた。


「グラエム」


「は」


「明日の朝食後、ディアナにここに来るよう伝えておけ」


「かしこまりました。旦那様、別の影からの報告ですが、黒竜は未だ、とのことです」


「……そうか」


主の表情は特に変わらなかった。


主は寄りかかっていた執務机の場所から窓際へ移動した。

夜が深いのに外が妙に明るいと思えば、金色に輝く十六夜の月が出ていた。


主はそれをしばらく眺め、そして片方の手を握りしめた。

ヘンデのセリフを少し修正しました。

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