プロローグ
「あ、悪い天宮。これまだ大丈夫?」
営業課の先輩が領収書を数枚渡してきた。
私はそれをしばらく見つめた後、ちらりと壁にかかった時計を見る。
定時を少し過ぎた頃だった。
……さっさと帰ればよかった。
内心ため息をついてから、にこりと笑う。
「はい、大丈夫ですよ。でもこれで締め切りますからね」
「サンキュー! じゃ、よろしく」
先輩が見えなくなったところで私ははぁ、とため息をついた。
今日は早めに帰れると思ったのに。
私、天宮美月は入社2年目の社会人。経理課に配属されてから淡々と事務処理をする日々を過ごしている。最初はやり方に慣れず残業を繰り返していたけど、最近はやっと自分のやり方を見つけて、忙しい時期を除けば時間に余裕もできてきた。
私が16歳の頃に両親を事故で亡くしてから、母の姉である伯母夫婦の元で育った。
伯母たちはとても優しかったけど、どこか腫れ物に触るような感じで私に接していたし、それに伯母たちは仕事で忙しくあまり家にいなかった。ひとりっ子の私はいつも居場所がないと感じて、その寂しさを埋めるために夜遅くまで友達と遊んだり、恋人も作ってみたりしたけどあまり長くは続かなかった。
毎朝決まった時間に起きて、会社に行って、疲れて帰宅して、ご飯食べて、お風呂に入って、スマホいじって、寝る。その繰り返し。基本インドアだから休日も家で小説や漫画を読んだり、何もせずだらだらと過ごすことが多い。
プログラムされたロボットのような日々を過ごしていくうちに、時々、何してんだろって思うときがある。
でもそういう時は大抵夜空を見上げて月を眺めたり、星を数えたりする。
今光っているあの星は、何光年前に光ったのが今地球に届いたんだ、とか宇宙の広大さとか気が遠くなるようなことを考えたりすると、ちっぽけな自分は単なるこの地球の歯車にすぎないと、心がリセットされたような気分になるのだ。
窓の外はすっかり暗くなってきていた。
思ったより早く処理が終えられたので、私はもう誰にも呼び止められないようにさっさと会社を出た。
金曜日じゃないけど、ビール買って帰ろうかな。
たまにはいいよね。
会社の近くのコンビニでビールと惣菜を買い、帰宅途中の人たちに紛れて交差点で信号待ちをする。
暑さがだいぶ和らぎ、涼しい秋風が頬を掠めた。
ふと夜空を見上げる。
空が狭いな。星も月もよく見えないし。
ああ、一生のうちに降り注ぐような満天の星空が見てみたい。
あ、アタカマ砂漠とか行ってみたいなぁ。それが無理なら阿智村とか。今度の連休に行こうかな。
信号が青に変わって横断歩道を渡っていると、遠くで甲高い悲鳴が聞こえた。
何事かと悲鳴が上がった方を向くと、大型トラックが猛スピードで走ってくるのが見えた。
大型トラックが他の車と次々にぶつかりながら蛇行している。
帰宅途中のたくさんの人が悲鳴や叫び声を上げながら逃げ惑う。
私も逃げようとするけど、あちこちから逃げてくる人たちとぶつかって転んでしまった。
コンビニの袋から中身が出て、ビールの缶が誰かの足に蹴られる。
逃げなきゃいけないのに、私はビールが転がっていくのを目で追っていた。
何か巨大な黒い影を纏った物体が白い光とともに近づいてくる。
その様子がスローモーションのように見えた。誰かの叫び声が聞こえる。
そして目の前が白い光に覆われた瞬間、衝撃とともに私の視界は暗転した。
初投稿です。
拙い文章が多いですが、私の妄想に最後までお付き合い頂けると嬉しいです。
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