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3. 伯爵家から王宮へ

 数日後、私はウェリントン子爵家に別れを告げて、伯爵家へ向かう。王太子殿下との謁見の日までは、婚約を確実にするための淑女教育を伯爵家で受けるそうだ。


 屋敷に着いて出迎えてくれたのは中年の教育係ただ一人。彼女の纏め髪は風が吹いても一糸乱れず、背筋をピンッと伸ばし、手には細長い棒を持ち、冷ややかな眼差しでこちらを見つめている。


「教育係のデボラです。夫人、とお呼びください」


 何だか、私の方が上だと言わんばかりに見下されている感じがした。


「初めましてデボラ夫人。これからどうぞよろしくお願いいたします」


 デボラ夫人の前でカーテシーをすれば、早速棒でパシンッと腕を叩かれる。乾いた空気にその音がよく響いた。


「角度が悪い。もう一度」


 何度やっても叩かれ続け、部屋に案内してもらえる頃には、叩かれていた体のあちこちの部位が熱を持っていた。

 痛みを最小限に抑えるようにゆっくりと部屋のソファに腰を下ろした瞬間、部屋の扉がノックされ、返事をする間もなく扉が開く。そこには目がくらみそうに鮮やかな桃色の巻き髪に、彼女の髪色に合わせたピンクの上質なドレスを身に纏った、可愛らしい容姿の娘が立っていた。一目でその子が伯爵のご令嬢、ラヴィニアだとわかった。


「あらやだ、私の代わりに王太子殿下と結婚するっていうからどんな綺麗な娘かと思ったら、ジプシー?」


 私は痛む身体を堪えて出来る限り急いで立ち上がり、しごかれたばかりのカーテシーで挨拶をする。


「初めまして。伯爵家の分家にあたりますウェリントン子爵家より養女として参りましたシルビアと申します。義姉妹として、これからどうぞよろしくお願いいたします」

「義姉妹……?」


 ラヴィニアはあからさまに表情を曇らせ、返事はなかった。

 そしてそのまま扉を閉じて戻って行ったが、廊下で彼女が侍女に話す陰口が丸聞こえで、「伯爵家の財力にすがった乞食令嬢」という言葉まで聞こえた。


 やはり、貴族社会は私には合わない。

 ここには草花の自然な香りはなく、人工的に作られたむせかえるような香水の香りが漂う。


 長椅子に横たわり、豪華な部屋を眺めながら深い溜息をついた。


 初めて見たラヴィニアは、私の目にはとても欲深そうな娘に見えた。そんな女性が王太子妃の話を蹴るほど第二王子は魅力的なのだろうか? そして、この婚約がまとまれば、いずれ王太子妃、そののちは国王妃になるであろう私に、なぜあんな態度が取れるのだろう?


 この縁談に関してはまだ色々とひっかかるが、とにかくこの伯爵家に私の居場所はないのは明らかだ。ならばもう、さっさと王太子殿下と結婚してここを出られるように頑張るしかない。権力者の位置に立てば、こんな仕打ちも終わるだろうし、家族の生活も楽になるだろう。


 翌日も、その翌日も、毎日教育係のデボラに叩かれ、乞食令嬢と罵られた。ラヴィニアはその様子を楽しそうに見物しながら、侍女と一緒になって私の陰口を叩く。


「宝石の管理はしっかりしてね。我が家には今、貧しい育ちの者が転がり込んでるから」


 まるで私が盗みを働くかのような言い草には、耐えきれず挫けそうになった。


 食事は生まれ育った環境のままが胃にもいいだろうと、なぜか残飯を出されたが、食べようとすればテーブルマナー教育と称してデボラから厳しく叱責が飛び、結局残飯すらもまともに食べさせてもらえなかった。


 そんな日々が過ぎ、やっと待ちに待った王太子に謁見する日がやって来る。


 私の肌色にあった深い緑色の上質なドレスを着させてもらい、初めて使用人たちが丁寧に髪を結ってくれた。

 どうやら私に王太子との婚約は本当にさせたいようだ。


 初めて着る上質なドレスのスカートを揺らしながら、王宮の広い廊下をマーレーン伯爵と共に進んだ。


 二年前、父と母は私に伴侶を見つけるために銀の食器を売ってデビュタントの白いドレスを準備し、社交界デビューをさせてくれた。デビューには国王陛下に最初に謁見する必要があり、その一度だけ王宮に訪れたことがあった。

 結局デビュー以降社交界の催しに参加する事などなかったが、王宮のこの廊下をもう一度歩く日が来るとは思わなかった。


 廊下の先の方を見ると、謁見の間の近くで若い男性がこちらを見て待っているのが分かった。近づくにつれて男性の姿がはっきりとし始め、段々と胸が高鳴り始める。

 その男性は金の髪に青みがかったグレーの瞳、そして白い肌、そして懐かしいあの面影を残した顔立ち。


 あの日の美少年が成長した姿だと思った。そしてその思いと共に自分の頬が紅潮していくのもわかった。


 男性の前で伯爵は止まり、丁寧に挨拶をした。


「ルイス王子殿下にご挨拶申し上げます」


 伯爵の出した名前に私は口を開けて固まってしまった。彼はアロイス王太子ではなく、ルイス第二王子だった。そういえば第一、第二王子は双子だったはず。


「こちらのご令嬢が兄上の花嫁候補ですね。本日は私がアテンドさせていただきます」


 私の方を見て柔和な微笑みを見せるルイス王子は、私に腕を差し出す。

 伯爵を見れば、さっさと王子の腕に手を添えろと目で訴えていた。

 王子の腕に軽く手を添えると、すぐに謁見の間の扉が開かれた。


 謁見の間は、部屋の真ん中に赤い絨毯が道のように敷かれており、中にいる人々が私を好奇の目で見ていた。

 ルイス王子にアテンドされて部屋の中を進めば、時折クスっという声も聞こえる。


 だが私はそんな笑い声や好奇な目などどうでもよかった。そんな事が気にならなくなるくらい、目指す場所で座って私を待つ人物を見て、愕然としていた。

 

 これが、私なんかに王太子との結婚話を回した理由なのだろう。






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