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24. アロイス或いは王太子殿下

 ——おはよう、シルビア。


 なんて良い声だろう。胸に響く、低く落ち着いた男性の声。もう少し、この甘美な余韻に浸っていたい……。

 ベッドの上で目を覚ませば、隣ではアロイスが肘をついてこちらを見ながら微笑んでいる。


「お……おはようごさいます……」


 こんなフェロモン駄々洩れのアロイスを見慣れるわけがなく、恥ずかしくて無意識にシーツで顔を隠してしまった。


「おっと、隠れない」


 アロイスは起き上がり、シーツをはがした。

 アロイスは私に覆い被さるような体勢になって私を見つめながら、そっと頭から髪の毛の先まで滑るように撫で、優しく掴んだ髪に目を閉じて想いを込めるかのようなキスをしてくれる。

 そんな事をされたら心臓が止まってしまう……。


「シルビアの、その私を見る瞳をもっと見ていたいけど、今日はやることがいっぱいある」


 そう言ってアロイスはベッドから降りてユルゲンの部屋に繋がるレバーを引く。昨日アロイスが目覚めて、すぐにユルゲンは王太子の侍従に戻った。


 レバーを引いてから高速でユルゲンはやって来た。


「おはようございます、殿下」

「ああ、ユルゲン、すぐに支度をする。朝食は軽めで、昨日姉上にお願いした通り、今日は王家、枢密院、そしてバラド国王にもご列席頂いて会議をする」

「承知いたしました」

「ああ、それと、会議にはウェリントン子爵子息にも参加してもらうように。彼の件で話をせねばならない」


 私は透かさず声を上げた。


「お兄様の件であるなら、どうか私も参加させてください」


 突然声を上げた私に驚いたのか、アロイスとユルゲンはきょとんとしてこちらに顔を向けた。


「あ、ああ、そうだな。では、シルビアも」


 アロイスは手早く支度をすると、私ではなく、ユルゲンと共に先に朝食をとりに行く。朝食も無駄に出来ない時間だそうで、食事をしながら様々な報告を聞かないといけないそうだ。


 アロイスは昨日目覚めて、もう今朝から元の生活、いや、眠っていた分も取り戻すべく今まで以上の過密スケジュールをこなしに行った。


 私も彼を見習わなければと、急いで支度をして、朝食をとり、部屋でルイーザ王女から渡された本を読んでから、会議の時間に会議の間へ向かう。


 会議の間には長い会議用のテーブルがあり、アロイスは中央に座る。対面にバラド国王陛下が座り、アロイスの右側にはルイーザ王女とルイス王子、そして私と兄。残りの席にはアロイスに近い席から高位の枢密院のメンバー順に、大司教、国軍元帥、貴族院長官、財務長官、王室事務長官、印章官、秘書官が座る。枢密院は選りすぐりのメンバーで、多少性格に癖のある者もいるが、全員王家が信頼出来る者だけで構成されているそうだ。


 立派に成長したアロイスの姿に、枢密院のメンバーはこれがアロイスなのか半信半疑といった状態である。

 バラド国王は立ち上がり、アロイスの元までいくと、アロイスも立ち上がった。そしてアロイスは上着のボタンをはずしていき、厚くたくましい胸板を露わにした。バラド国王がアロイスの胸元のタトゥーに触れると、タトゥーは青白い光を放ちだす。


「おお、これは、あの……」

「紛れもなくアロイス王太子殿下だ」


 私はその不思議な光景に釘付けだった。このタトゥーの光にはなぜか皆を納得させる力があった。


「兄上の魂の名前だそうだよ」


 ルイスがそっと私に耳打ちする。


「魂の名前?」

「ああ、詳しくはあとで」


 バラド国王も再び席につき、アロイスも座って会議が始まった。


「私が眠りについていた間、皆ご苦労だった。早速だが、アウルム国との取引を進める。アウルム国の鉱山では問題が発生していて、十分な石炭資源があるにもかかわらず採掘がままならず、現状他国からの輸入に頼らざるを得ないそうだ」


 枢密院のメンバーである財務官が発言した。


「我が国はすでにアウルム国へは資金提供を行っております。これ以上支援されるおつもりですか?」

「元々バラド国王は資金支援ではなく技術支援を望まれていた。なので鉱山の問題を解決できる人間を派遣する」


 その場にいる殆どの者がどよめき、貴族院長官が困った顔で反論した。


「アウルム国は(いにしえ)の生活をされていると伺っています。あまりにも文化が違いすぎて、まず行きたがる貴族はいないでしょう。それに、鉱山の問題など難しすぎて解決できるかもわからない。解決できなければ社交界で恥をかく。派遣する者がおりません」


 バラド国王は貴族院長官の発言に呆れたように鼻で笑う。


「古の生活を何か誤解されているようだが……まあ、良い」


 どよめきが落ち着いたタイミングでアロイスが名を挙げた。


「ウェリントン子爵家子息ジルベールを任命する」


 その名を聞いて枢密院のメンバーは一瞬動きを止めたが、すぐに安堵と少しの嘲笑を交えた声をだす。


「それは、適任ですな」


 褒めているようで貶している言葉に、私は眉根を寄せた。


「後日、王宮にて任命式をする。貴族をその場に列席させるように」


 これに貴族院長官は懸念を示す。


「貴族を? こう言ってはなんですが、ウェリントン家の任命式に貴族が集まるとは思えません」

「ちょうど社交シーズン中だ。王宮での舞踏会と称したら喜んで貴族も来るだろう。その場で任命式を執り行えばいい」

「しかし、殿下」

「問題でも?」


 アロイスの鋭い視線は、幼い姿の時とは比べ物にならない程の威圧感を出していた。


「いっ、いえ、結構でございます」

「では、王室事務長官は舞踏会と任命式の準備を、秘書官と印章官は王家の封蝋で招待状を貴族へ送るように」


 アロイスはウェリントン家に功績を得る為の単純な機会を与えるのではなく、ウェリントン家を社交界に認めさせるチャンスをくれたのだ。だからわざわざ貴族の前で任命し、結果を出した時に、それがどの様な難題だったか大勢の者がわかる状態にするのだろう。


 だけど、このチャンスは失敗したら、それこそウェリントン家は社交界の笑い者になる。どちらかというとピンチに近い。


 会議が終わり、私は王太子室に足早に戻ったアロイスを追う。もともと機敏に動く人だったが、足が伸びた分その速度に磨きがかかっていた。

 ユルゲンが部屋の扉を開けてくれると、アロイスはまた以前の様に執務室の机に積み上げられた書類に埋もれて仕事をしていた。


「シルビアか」


 私を見て微笑んでくれたが、微笑んだ顔のまますぐに書類に視線を戻し、ペンを走らせながら聞いてくれた。


「どうした?」

「お忙しい中申し訳ありません。兄の派遣についてお話したく参りました」

「ああ、それで?」


 アロイスは話を聞きながら、サインし終えた書類をユルゲンに渡す。


「兄にこのような機会をくださり、まずは感謝申し上げます。でも、これはチャンスというよりも、ピンチに近いです」


 アロイスはペンの動きを止めた。


「なぜ?」


 上目遣いで私を見るアロイスの鋭い視線に、私は気圧(けお)された。アロイスには二つの顔があり、王太子としての顔と、アロイスとしての顔。国政に関する時のアロイスは、アロイス王太子殿下なのだと痛感した。


「なぜって……アウルム国の鉱山の問題解決が出来なければ、兄は笑い者になり、ウェリントン家はもう終わりです」


 アロイスはペンを机に置いて、私の元まで歩いて来た。目の前に立つアロイスを見上げれば、随分背が伸びたのだと痛感した。

 アロイスの長い指が私の頬に触れ、大きな手の平が両頬を優しく包んだ。


「彼なら出来る。なぜシルビアが信じない?」

「え?」

「ウェリントン家にチャンスをと考えていたが、これだと思った。この国の誰よりも、ジルベールにこそ、この難題に取り組む力があると思ったからだ」

「なぜ、私の兄が……?」

「それはシルビアが一番よくわかってると思っていた」


 アロイスは私の頬を包んだままキスをした。その瞬間にユルゲンが背を向けたのがわかった。


「さあ、私は溜まった仕事を片付けないと。シルビアは社交シーズンを楽しんでくれ」

「アロイス……お邪魔して申し訳ありませんでした」


 王太子室を出て、溜息が漏れた。彼は私なんかよりもずっと成熟した大人の男性であり、この国を統べる人間である。あまりにも早く成熟した彼の精神に、やっと身体の方が追いついたのだ。





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