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碧の国編 エピソード0 真珠の街の探偵 / エピソード1 碧の国セントラル・石の街からの応援

◆エピソード0 真珠の街の探偵◆


《欲》が生まれました。とても強く、信念深く、怨霊のように大きくなっていきます。《欲》はやがて実体となってヴィランとなり、人間界に溶け込み、完成された《欲》を人々から奪います。


《欲》が生まれました。とても気高く、強い意志で、精霊のように大きくなっていきます。《欲》はやがて実体となってヒーローとなり、ヴィランから人々を救うべく、共存しています。



________碧の国《真珠の街》


考え事をしながらかもめの声が聞こえる海岸沿いを夏服の探偵服で歩いている。


「やはりヴィランによる《欲集め》なのか。単に当人の目が覚めただけとも考えられるが、熱心な人達だったから豹変には違和感がある」


ノートを開きながら証言の整理をする。


_____


探偵ノート


聞き込み1


被害者・証言者:リョウ・ザンペルラ


職業:画家




「とっても不思議な絵」と、海辺で風景画を描いていると突然話しかけられた。振り返ると、青いリボンを身につけた少女が立っていた。


「あぁ、お前が描く絵は青色が多すぎるってよく言われるよ。でも、この街は青色が綺麗だろ。使わずにはいられないさ」そう返事をしながらキャンバスにまた青い絵具を足していった。


「お嬢ちゃん、見かけない顔だけどこの辺の子かい?」振り向いたが、そこには少女の姿はもうなかった。




リョウ・ザンペルラはふと昔のことを思い出した。




昔、天真爛漫な子が「才能がある」と言ってくれた。嬉しくてその子のために青い花を描いた。今思うと下手くそで不格好な絵だったが本当に嬉しかった。だから、いつもサイン代わりに青い花を描くようにしている。




その記憶がよぎった後に呪いにかかったように、急に絵を描きたいと思わなくなった。




_______




「こんな簡単に筆を折るような人じゃないはずだしやっぱりおかしいよな。都会で個展を開くくらい有名だし、この前だってオークションで高値で絵が売れていたはず」


ノートをめくりながら次の証言を再確認する。


_____


探偵ノート


聞き込み2


被害者・証言者:ジーノ・ボアロ


職業:花屋「ボアロ」経営者




青いドレスをまとった美人な女が訪れた。「青色の花が欲しい」と言う。


「青い花ですか、青色の花は種類自体も少なくて売りに出せるほど綺麗に咲くのも珍しいくらいです。申し訳ないですが、当店ではお売りできるお花がなさそうです」と言うと、壁の絵を指差して女は「あの青い花の絵でもいい」と言う。


「あの絵は、昔、友人から貰ったものでして、売り物ではないんですよ」と言うと、女はとても嬉しそうな顔をして「あなた、何もしてくれないのね。そうやって何人ものお客さんから笑顔を奪ったのでしょう」と言い放った。




ジーノ・ボアロはふと昔のことを思い出した。




昔、無口で不器用で絵を描くのが好きな人がいた。才能のある人だった。珍しい青い花を見つけたから、一番に見せに行って「これを描いて」と頼んだ。「初めての依頼だ」って喜んでいた。それからは花を見つけては描いてもらっていた。彼の喜ぶ顔が見たくてブーケにしたり、小洒落た花瓶と合わせたりしていたら「花を綺麗に魅せる才能があるね」って言ってくれた。




その記憶がよぎった後、呪いにでもかかったように急に不安に駆られ、店頭に出るのも怖くなってしまった。部屋に引き篭り、お店は旦那と娘に任せっきりになってしまった。




_______




「ブルーベルからも話を聞いたけど、ジーノさん、前触れもなく突然性格が変わったって言ってたな」


ブルーベルはジーノさんの娘で、明るくて天真爛漫、向上心があって、「碧の国一番のお花屋さんになる」と言っている子だ。


「思い出したのは昔のことというか、《欲》の発生の源、だろうな」


才能を発揮するなんてよく言うが、それは《欲》の完成を意味する。


「ジーノさんの店に飾ってある絵はリョウさんが描いたものだ。妙に関連性があるのも怪しい。恐らくヴィランは《欲》が持つ記憶から辿ったんだろう」




ノートの隅に書いたメモがある。




探偵ノートのメモ


ブルーベルは、ロマンチックなギフトのデリバリーサービスを始めたらどうか、と母親のジーノに相談したが「そんなことをしても、誰も興味なんて持たないわ。損をするだけよ」と言われたらしい。


_____




真珠の街や近隣の街では記念日に花言葉を添えた花束とそれに因んだ本やお酒なんかを贈る小洒落た風習がある。特に花屋ボアロはギフトサービス業に精を出してデリバリーなんかも行っているようだ。人々の交流が深い田舎街だからできるサービスなのかもしれない。


調査の時、ブルーベルは俺に「今まではお客さんがそれぞれのお店で買っていたギフトを、花屋でまとめて揃えるサービス。隣街までならデリバリーもしてあげちゃう!どう?このロマンチック演出応援サービス、いいと思わない?」と聞いてきたので「とっても素敵だね」と答えたら、寂しそうな嬉しそうな複雑な表情をして「ありがとう」と、強がった笑顔で言った。




「それにしても綺麗な海だな」


ブルーベルの強がった笑顔を思い出すのが少し辛くて、海を見た。




碧色が輝く《碧の国》。その中でも、この《真珠の街》は目立った産業がない小さな港町だ。街の住民のほとんどは自営業か個人で生計を立てている。絵を描いて売っていたり、アクセサリーを作って売っていたり、飲食店を営んだりして長閑に暮らしている。特産品と言えるのは真珠くらいだ。それが故に真珠の街と言われるほどになった。真珠と言ってもピンキリで、小さく形が悪いものは高値にならないので外に取引されずに街の中で流れる。それもあって街の至る所に真珠があしらわれている。




「この街がヴィランに目をつけられるなんてな。まずはヴィランの情報を集めて探偵団データで照合して登録を確認しないと。必要ならセントラルに応援を要請しよう」


ブツブツと考えながら歩いていると本屋が見えてきた。ショーウィンドウにおすすめの本と一緒に真珠貝の貝殻を飾ってあるが、その中には真珠が数粒入っている。店主なりにお洒落にしているようで、今日はゴールドの真珠が混ざっている。


「なんとなく来てしまったが、ちょうど良い。聞き込みを続けよう。新しいノートも買わないと」


店の中をブラブラ歩く。すると奥から陽気な声が聞こえてきた。


「あった、あった!さっき入荷したばかりだったよ。まだ売り場に出す準備ができてなくてね。箱から開けるからお客さん、悪いけどちょっと待っててくれるかい?」


今日も店主の仕事をしているな、と感心しながら客のほうを見た。その客は、青色の探偵服を着た少年だった。


「同業者?この街に俺以外の探偵がいたのか?都会の方からヴィラン の噂を聞きつけて調査しにきているのか?ロイヤルブルーの探偵服だと《時の国》の奴らか?あんなに離れている国からわざわざ来るのか?単なる観光?いや、調査の時は制服が探偵である証…」職業病か、すぐにブツブツと推理めいたことを心の中で唱えてしまう。考え込んでいると、陽気な声が俺に気がついて話しかけてきた。


「お、シャンじゃないか!またノートかい?」


「やぁ、ジャック。買っても買ってもノートが足りなくてね。まだあるかな?」


「あるとも。たまには本も買ってってくれ」


「ここで売ってる本は読み尽くしてしまったんでね」


「あっ! 新しい本ならさっき入荷したのがあるんだよ! お前もどうだ?ちょうど今出したとこさ」


そう言いながらジャックは本に紙のブックカバーをかけ、先客に渡した。


「お客さん、待たせて悪かったね」


青色の探偵服を着た少年は軽く会釈をして本屋を後にした。その時、舌打ちをしてった気がしたが、気のせいだと思いたい。


「今のお仲間かい?」


「いや、知らない奴だ。何か聞かれたのか?」


「何も。ただ『パール・ブルー』って本はあるかって。シャン、お前も買うだろ?」


ジャックは陽気に新しい本の表紙を俺に見せてきた。


「あぁ。ノート十冊も一緒にたのむ。ところで……」


言いかけたところでブルーベルがやってきた。


「こんにちは!ギフト用の本を受け取りにきました!あ、シャン、先ほどはどうも」


ジャックは「準備できてるよ!」と陽気にどでかいリボンをつけた本をブルーベルに渡した。これからブルーベルは隣街まで行くらしい。やっぱり強がって笑顔を作っていた。


「本屋なのにいつも騒がしいな」


馴れ合いのジョークだ。


「ブルーベル、気をつけて行っておいで」


俺は『パール・ブルー』とノート十冊を買って本屋を後にした。ジャックが気にかけて店を出る前に合図をしてくれていたし、正直ジャックにも聞き込みを入れたかったが、ブルーベルのことを思うと切り出せなかった。


今回の事件で共通した不思議な点は、被害者二人が時折、言葉をつまらせるような感じがあったことだ。言いたくても言えないような素振りを見せていた。


「シャン!」


急に呼び止められて顔を上げると、昼間に証言を聞いた画家のリョウさんだった。


「実は……振り向いたら……女の子が……めい……畜生っ。なんで言えないんだ」


何かを伝えようとしているが、口がパクパクするばかりで言葉になっていない。調査した時と同じ現象が起きていた。


____




画家、リョウ・ザンペルラの回想


「とっても不思議な絵」


「お嬢ちゃん、見かけない顔だけどこの辺の子かい?」


振り向いたが、そこには少女の姿はもうなかった。


その代わりに、さっきの少女に似た美人な大人の女が立っていた。


ここから先はシャンには話していない。いや、話したくても話せなかった。




「これ、受け取って」


その女は僕に名刺を渡してきた。戸惑いながらも、その名刺を受け取ってしまった。


「碧衣社?何の会社だろう?」


「このことは誰にも話しちゃダメだよ」


その女は僕の手に触れて「お名前は?」と聞いた。


「リョウ・ザンペルラ」


一瞬、光に包まれた気がした。


「リョウ・ザンペルラ、お前なんか、ちゃんと自分と向き合ってしまえ。過去の思い出に縛られずに自由に生きてしまえばいい。」


____




「リョウさん、落ち着いて。しっかり俺が調査しますから。術にかけられているかもしれないので、どうか無理をなさらずに」


ヴィランも俺のように魔法を使う。被害にあった二人も何かしらの術をかけられている可能性がある。俺は彼を慰めながら家まで送った。


「僅かばかりですが、あなたに祝福を」


彼の肩に手を置いて術をかける。


「俺は、リョウさんのお役に立てましたか?」


彼は少し微笑んで「家まで送ってくれてありがとう」と言ってくれた。俺の手の甲に魔法陣が一瞬光った。大成功とはいかないが、術は完了した。これでまだ絵はかけなくても、廃人状態にはならないだろう。しかし、今日はなぜかいつもより魔力が低い気がしている。




事務所に戻ってコーヒーを入れる支度をする。ドリップをするのが楽しみでもある。悶々とする気分が少し和らぐ。


「さてと、やりますか」


情報の詰まったノートが俺の魔力の源。自分で書いた字である必要がある。




役に立ちたい。俺にはそういう《欲》がある。




積み上げたノートの上に手をかざす。書いた文字たちがノートから溢れ出す。ノートを取り込むように巻き込んで光に包まれた。


「わん!」


文字が実体化し黒い犬に変わった。




状況によって実体化する姿は様々だが、目的を果たすための相棒になってくれる。召喚術みたいなものだ。過去にマーカーを何色か使ったら、カラフルなうさぎが相棒になったこともあった。大抵は黒ペンで書くから黒色になることが多かった。ノートは文字が実体化するといつも取り込まれてしまう。


この街では失くし物を探したり迷子探しなんかをよく請け負う。時には探偵らしく浮気調査なんかもする。その後のカウンセリングで結構円満にいくケースばかりだけど。そんな俺がヴィラン相手にどこまでやれるかはわからない。だけど、この街の人のために自分の集めた情報で役に立ちたい!




「少し休憩したらまた調査に出よう。そうだな、クロ十四号って呼ぶよ。」


「わん!」


今回の相棒の犬、クロ十四号の頭を撫でながらコーヒーを飲んだ。




日がすっかり暮れて夜になった。


昼間に通った海岸沿いをクロ十四号と歩いていた。


「わん!わんわん!」


突然クロ十四号が吠え始めた。何か気配を感じたようだ。


「ぐるるる!」


海の方を威嚇している。海の方に目をやると、不自然に霧がかった海の上に、船があった。


「昼間にはなかったはず、いったいこんな時間に何用だ」




手を船のある方へかざし、円を描き、円の中の空間を拡大する。船内に明かりがついているようだ。地元の漁師たちの船場から離れたところに錨を降ろしているから、怪しいに違いなかった。


船を目指して港まで降りていく。警戒状態のクロ十四号をなだめながら岩場に身を隠して様子を見ていると、青いリボンを胸元に身につけた少女が船から降り立つのを確認した。胸元のリボンに手を当てると光を放ち、大人の女性の姿へ変身したのだ。


やはり出現していた__ヴィラン。


「あいつだ!」


憤りを感じながらも冷静さを保つように、クロ十四号と自分にも「落ち着け」と唱えるようになだめた。


「俺が二人の《欲》を奪還しなければ!」


無意識に体に力が入ってしまうが、相手の情報が少ないままの戦闘は避ける必要がある。ヴィランの捕獲は“弱点の日”に行うのが鉄則だ。


「十四号、悪いが一旦おとなしくしててくれ」


昼間に買った新しいノートを出す。新品のノートがあれば相棒を一時的にノートの中に収納できる。




正式な探偵服は魔法がかかっている。探偵学校を卒業し試験に合格すると、プロの証としてエンブレムが与えられる。そのエンブレムには調査を行うのに便利な様々な魔法の仕掛けが施されている。


「変装開始」


エンブレムに触れると光を放ち、探偵服には見えない、柄が全く違うスーツ姿になる。手袋は少し光って鞄になる。ヴィランの後を追う。


街に上がった奴はレストランへ入って行った。俺も奴に気が付かれないように注意しながら店へ入る。




サラダ、ステーキ、デザート、紅茶。ガッツリ食事している。さすがにコーヒーだけじゃ怪しまれるので、俺もガッツリ食事する羽目になったが、店主の厚意でコーヒー代は奢ってくれた。


どうやら金はあるようだ。レストランで意気揚々と「ありがとっ!」と言ってチップを払っていた。


レストランを出て、花屋の前に来た時、奴は嬉しそうな顔をした。


〈幸せのギフトサービス!プレゼントをまとめてお届けします!〉そう書かれた手書きのチラシが貼ってある。ブルーベルの字だ。母親の異変には一番堪えているはずだ。


「次の標的が決まったか」


思わず前へ出てしまった。奴は驚いた顔でこっちを見ている。尾行には気が付いていなかったようだ。


「すでに二人の欲を奪っただろう。返してもらおうか!」


クロ十四号をノートから召喚する。迷いはなかった。捕まえるよう指示を出した。


クロ十四号は腕あたりを目掛けて飛びかかったが、捉えることができなかった。奴は小さな少女に変身して身をかわした。海の方へ走って逃げていく。


「逃すか!」


クロ十四号と後を追う。文字の実体化した存在だが身体能力は犬そのもの、走るスピードも早い。


「そのまま捕えろ!」


シュワアァ……


クロ十四号が煙を出し、姿が霞んでいく。


「そんな、もう時間切れか?!」


創り出す実体は存在できる時間が限られている。




船に到着するのを許してしまった。奴が船に乗り込むと、船の姿が消えた……


その光景に戸惑いながらも、浜辺で乱暴に掴んだ貝殻を投げた。


ポチャン……


船があったはずの空間を貝殻が通り抜けた。透明化や目眩しではなく、船の実体がそこに無かった。消えてしまった。




三日月の夜、波の音が虚しく響く。




「くそっ!やはり俺では力不足か」


悔しさを堪えながら海を眺めていた。


「やはり、応援を頼もう」


◆エピソード1 碧の国セントラル・石の街からの応援◆


悔しさを抱えて俺は事務所に戻った。

「探偵データにアクセス」

探偵団エンブレムに手を当てた。エンブレムからホログラムディスプレイが表示され、手のマークが表示された。シャンが手袋を脱ぎ、手を当てると認証が始まり、瞳や顔もスキャンした。

〈認証クリア。アクセスしたいデータのキーを入力せよ〉と表示され、今日ジャックの本屋で買った『パール・ブルー』を片手にアクセスキーを入力してヴィラン登録データを展開した。

『パール・ブルー』はただの本じゃない。一見、とある人魚の初々しい物語だが、解読すると探偵団データの《キー》を知ることができる。店頭に並ぶはずがない。“合言葉で尋ねた”者だけが買える本だ。仕入れる本屋は“知っている”者だけだ。暗号書の仕入れがあった時の合図は様々あるが、ジャックは仕入れた時はゴールドの真珠で教えてくれる。

「ロイヤルブルーの探偵くんが少々気がかりだが、ジャックが本を渡したんだ。大丈夫だろう。検索には複雑キーと承認が必要で面倒だし、応援に来た探偵にでも聞いてみよう」

独り言を言いながらデータを確認する。

「変身する、子供と大人の姿、青いドレス、女、ロングヘアー、食いしん坊……」

思いつく限り特徴を入力する。

〈完全一致データなし。関連性のあるヴィランデータを展開〉

数名の候補が出たが、そこに俺が確認した姿の奴はいなかった。

「まだ逮捕歴がなく、探偵団に存在が確認されていないヴィランか。厄介だな」

応援要請のキーにアクセスする。

〈真珠の街、シャンより、石の街の探偵団に応援要請〉

用件を入力したら記憶情報を転送する。専用魔法陣がホログラムに展開され、その中心に手をかざす。魔法陣が複雑にレイヤーを描きぐるぐる回り出すと、シンプルな円になり軽快な効果音と共に〈Complete!〉と表示され記憶データの転送が完了した。

「探偵データの使用終了」

俺の声に反応してホログラムは消えた。モヤモヤした感情を抱えながらシャワーを浴びて、寝付けないが寝ることにした。


______次の日、朝目覚めても気分は晴れないままだ。ぼーっとして何もやる気が出ない。欠伸をしながら片手をかざし、魔法でコーヒーの準備をする。昨日と違って調子が良い気がする。調子が悪いと失敗するので、毎朝確かめている。昨日は失敗したので魔法は使わずにドリップコーヒーを淹れていたが、今日は順調だ。

「あのヴィラン、身長や服、骨格まで変えられる変身を一瞬で出来る。そんな上級な力を持っているのに、なぜ俺に反撃しなかったんだ?船も一瞬で消せるなんて。一体どこに行きやがった」

美味いはずのコーヒーの味はしなかった。エンブレムからアラーム音が鳴った。探偵団からの通知だ。

〈リート・アイアスが向かう。午前八時にポート予定〉

未確認ヴィランの可能性があるからか、思ったより早く対応してくれたようだ。

「気が合う奴だと有難いな」

朝の支度を終えて探偵服に着替える。自分がいる場所にポート(テレポート)されるので、街の広場まで出たい。家に来られるのは御免だ。時刻は朝七時半。

「そろそろ出よう」

今日はよく欠伸が出る。昨夜の眠りが浅かったせいだろう。

「ブルーベルは大丈夫だろうか。花屋の前を通って行こう」

まだ何もしてやれてない不甲斐なさが押し寄せる。

「シャン!おはよう。いつもより早いのね」

「ちょっと野暮用でね。あれから変わりはない?」

「うん。お母さんは今日もお店はやらないって。毎朝のお花の水やり、誰よりも楽しみにしてたはずなのに」

店の前には大事に育てられている花や植木で育つタイプの植物が置いてある。単に並べられているのではなく、活ける容器や鉢も華やかで洗練されている。そこに差し込む朝日も花たちをより輝しく魅せていた。

「必ず解決してみせるから」

「うん、シャンなら解決してくれるって信じてる」

「これ、ジーノさんに渡してもらえるかな」

「ノート?」

「あぁ。少しでも元気でいてくれるように助けになれるはずだから。それからこれを君に」

祝福を込めた真珠のネックレスを渡す。

「君もヴィランに狙われるかもしれない。俺がいない時でも守ってあげられるように身につけていて欲しい」

「わかった!シャン、ありがとう!」

ブルーベルは早速ネックレスを身につけて笑顔を俺に向けた。ブロンドの髪がそよ風に揺れ、潤んだスミレ色の瞳に、少し照れてしまった。

「じゃあ、そろそろ行くよ。何かあったらいつでも伝えてほしい」

「うん、そうする。行ってらっしゃい」

ブルーベルの笑顔を見て少し安心しながら広場へ向かう。朝の澄んだ空気に束の間の心地良さを感じながら噴水のある広場についた。

「そろそろだな」

エンブレムがポートの開始を知らせる。地面に魔法陣が展開され、光が人型のシルエットを作ると、ガタイの良くブルネット の髪と瞳の男が現れた。

「……」

「……」

ポートの場面は滅多にないのもあって気まずい。

「この度は応援に感謝します。シャン・クルーです」

「……リート・アイアスだ」

「立ち話もなんですし、喫茶店にでも。奢ります」

「いや、いい。朝食は済ませてある。さっさと事務所へ行かせてくれないか」

「あぁ、あの……俺がまだ食べてなくて、申し訳ないですが朝食に付き合ってくれませんか」

家に来られるのは御免だ、と思って広場まで出てきたが、考えればそのまま事務所でも良かったかもしれない。我ながら不要な外出をしたと思いながら、本音に気がついて少し動揺してしまった。

___ブルーベルの顔が見たかった。


「……わかった。コーヒーは苦手なんで飲み物選べるところにしてくれ」

「あぁ、はい、では、行きましょう」

朝から調子が狂う。顔が熱いのが分かって恥ずかしい。


少々気まずい沈黙の中を肩を並べて歩いて喫茶店「アポロン」に着く。海が見えるテラス席が自慢の店だ。何もない日なら迷わずテラス席だが、今日は調査と打ち合わせを兼ねている。室内の席にしてもらい、ブレンドコーヒー、ココア、クロワッサンをオーダーした。

「コーヒーって何がそんなに美味しいんだ?」

リートがぶっきら棒に俺に尋ねる。

「いや、美味しいですよ。実は今朝出る前にも飲んでるんですが、また飲みたくなってしまって」

「苦いだけだろ」

「まぁ、苦手な人にはそうかもしれないですね」

気が合わない奴だなと思いつつ、ヴィランの話を切り出す。

「改めて、応援に感謝します。この街に出たヴィランのことですが、まだ探偵団データにも乗ってない者のようです。お送りした内容についてリートさんが思い当たる人物はいますか?」

「いや、今探偵団が追っているヴィランとは違う特徴だ。子供の姿をしたヴィランも珍しい。悪いがゼロからの調査になりそうだ」

「心得ます。そのヴィランですが、魔法をかけられた船を所有していてポートをする手段があるようでした。もしかしたらもうこの街にはいないかもしれません」

「移動して狩りをする奴か。気が遠くなりそうだ」

「俺もどうしたらいいか途方に暮れているところです」

「…」

「…」

なんとも気難しい空気が漂う。

「お待たせしました。ブレンドコーヒーとココア、当店自慢のクロワッサンでございます」

絶妙なタイミングでオーダーしたものが運ばれてきた。少し救われた気分だ。

「シャン、お前に朝食を共にする友達がいるとはな」

「い、いえ、仕事仲間です。いつもありがとう、フランクさん」

マスターのフランクはいつも少々余計なことを言う。救われたのも束の間だった。

「お前、友達いないのか」

「い、いえ!いますよ。たぶん」

調子が狂ってわけのわからないことを口走ってしまう。

「話を戻します。まずどのように調査しましょうか」

「まずはマップを作ろう」

リートがおもむろに木製のテーブルに指を滑らせる。なぞった跡に光が灯りまるで絵を描いているようだ。

「ヴィランの経路はまず港から、その近くにいた画家、その次に花屋、そこでいったんアジトである船に戻り、日が暮れた頃に食事をとりにレストランへ。そこでお前が取り逃すっと」

「ご丁寧に説明どうも」

事実ではあるが余計な一言に少しイラつく。リートさんとはあまり気が合わなそうだ。

「で、味とは船らしいと。その船は姿を消して今は行方知らず」

「ただの目眩しではなく、存在そのものが消えていました。その、石を投げてみたのですが物体に当たる様子もなく海に落ちていきましたので」

「なるほどな。変身するしポートも可能、物体も消せる。魔力はそれなりにありそうだ。弱点は掴めてるか?」

「いえ、まだ何も」

「…」

「…」

「お二人さん果実のシロップ煮も良ければ…あっ!テーブルに何を描いて…困りますよ!」

「悪りぃな。すぐしまう」

リートさんが「セーブ」と言うとテーブルに描いたマップがデータ化されたように浮き上がり、手の中に収納された。

「あぁ良かった。魔法が使える方たちにはいつもびっくりさせられますよ。果実のシロップ煮サービスしますけどいかがですか?」

「ありがとう、フランクさん。いただきます」

フランクさんはホッとした様子でスモモ、ナシ、ブドウ、サクランボが入ったシロップ煮を振舞ってくれた。これがとてつもなく甘いお菓子だが、コーヒーとも合うし、冷たい水と一緒に食べても美味しいから嫌いじゃない。

「リートさん甘いのは大丈夫ですか」

「ココア飲んでる奴に訊くことかよ」

「あはは…美味しいのでどうぞ」

うまくやっていけるだろうか。少々不安だがあの探偵団の者だ。信用しよう。

「船があった場所まで案内してくれ。何か痕跡が残ってるかもしれない」

「わかりました」

朝食を済ませてフランクさんに礼を言い、港へ向かう。


「ここです」

昨晩ヴィラン を逃した場所に着いた。悔しさがこみ上げる。

「おい、お前、探偵は何年やってる?」

「?えっと一年とちょっとです」

「なら仕方ないか。節穴野郎。まだここにいるぜ」

「?!」

「本当に女の子一人か?」

「確かに見たのは女の子で、その子が大人に変身してました。ここにいるって、どういうことですか?!」

「ヴィランや俺たちは人になるとは限らないだろ?」

「?!」

「その線も考えて動いたほうがよさそうだ。そして今はその女の子はお出かけしてるみたいだぞ」

「なんでそんなことがわかるんですか」

「見えてねぇのな。俺は痕跡が見える。さっきのマップもただ描いてたわけじゃねぇ」

手を開くとマップが立体的になって展開される。マス目模様のようなものに空間が覆われ、目の前の船の形をあらわにする。

「ほぅら。ここにある」

「そんな…じゃあ、なぜ石がすり抜けたんだ」

「ここにあるが、ここにないって感じだな。どっちの魔力だこれは。今はいずれにせよ触れない。痕跡は過去だ。女の子は街に向かった後がある」

「街って…後を追わないと」

「もう追ってる。石の街にいる」


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