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優しさ

作者: 日野あべし

私には日向さんという優しい先輩がいる。

私だけに優しい訳ではなくて、誰にでも分け隔てなく優しくしてくれる。

この前なんか重い荷物を持って階段を登ろうとしているおばあさんの荷物を持ってあげるなんて、今どき漫画にも出てこないようなことをする程優しい。

唯一欠点があるとすれば私の苦手な喫煙者だということぐらい。

だけどその欠点が気にならないくらい私は正直日向さんのことが気になっている。男性として、という意味で。


「あの…、今晩二人で飲みに行きませんか?」

「うーん、少し残業で七時以降になるけど、それでも良ければ行くよ。」

「ありがとうございます!そうしたら8時に駅の改札前で…。」

「了解。よろしくね。」

「はい!」


私は思い切って声をかけた。もしかしたら断られるかもと考えなくはなかったが、本心を言えば日向さんならOKしてくれるとどこかで思っていた。


日向さんは優しいから。


その優しさに甘えるようで罪悪感があったが、それでも私はそれほど日向さんにどうしようもない想いを抱いていた。私は自分勝手だ。


待ち合わせ場所で待っていると日向さんは時間より5分程遅れてきた。

「ごめんごめん、待たせちゃったよね。思いのほか資料作りが長引いちゃってさ。」

「いえ、全然大丈夫です!」

「お詫びに今晩は俺が出すよ。」

「いや!それはさすがに!」

「いいっていいって。最近贅沢してないから二人分の食事ぐらいの余裕はあるよ。」

美味しいお店を知ってるんだ、と言って日向さんが先導してくれる。

こんな頼もしくて優しい日向さんに惹かれないはずもないなぁ、なんて思いながら私は日向さんについていった。


お店は少し薄暗いけど、インテリアも素敵で、薄暗いのが逆にその雰囲気を引き立てるような素敵なレストランだった。

案内されたのは窓際の席で夜景がよく見える。席に着くとウェイターさんが今日のおすすめの料理やお酒を紹介してくれて、日向さんも私もそのおすすめの料理を頼むことにした。

日向さんとの食事は楽しかった。

日向さんは聞き上手で私の悩みや愚痴を真摯に聞いてくれた。

それから今流行っている映画や本の話をした。そうしている内に二人ともほろ酔い気分になっていき、私は気になっていることをなんの考えもなしに聞いた。


「日向さんはどうしてそんなに優しいんですか?」

「優しい?俺が?」

「はい、日向さんは優しいです。この前も困った田中先輩のフォローを嫌な顔一つしないでしてくれてましたし、ミスした子へ声かけもしてくれてたじゃないですか。」

「確かに言われてみるとそう見えるかもしれないね。」

はははと日向さんは笑った。

「はい。だから…日向さんは私にとって憧れなんです。」

「そっか…。」

日向さんは目線を窓に映る夜景に移した。

少し沈黙が続いた。

私は何かまずいことでも言ったのだろうか。想いをぶつけすぎて、心の距離が離れてしまったのだろうか。

優しい日向さんだからこそ、その少しの沈黙が怖かった。

「吉木さん、俺はね…。」

「…はい。」

「俺は…俺の優しさは本当の優しさじゃないんだ。」

「え?」

日向さんは困ったような顔でまたはははと笑った。

「本当の優しさじゃないってどういうことですか?」

日向さんはお酒を一口飲むと話しだしてくれた。

「俺は小さい時から人に手を差し伸べなさい、優しくしなさいとずっと言われて育ってきたんだ。」

「それは素晴らしいことじゃないですか。」

「と思うでしょ?でもそれは俺の好む好まざるなんて無関係でそうあるように育てられてきたんだよ。」

「それは…。」

「だから俺はどんなに嫌いなやつにも極力優しく接してきたし、自分が損をするとわかっていても優しく接してきたんだ。そこに俺の心はなくて、まるでそうする機械のように優しくしてきたんだ。」

私は何も言えなくなってしまった。

私は日向さんの優しい理由なんて考えてもみなかった。ただ優しい人なんだ、そう思っていた。

憧れていた、でも理解はしていなかった。

「だから俺の優しさは本当の優しさじゃない。心のこもった優しさではないんだよね。」

日向さんはまたお酒を一口飲むとふぅと小さなため息をついた。

「ごめんね。こんな話されても困っちゃうよね。今日はこのぐらいにしておこうか。」

日向さんがウェイターさんを呼んでお会計をしてくれている。

私達は店を出るまで無言でレストランを出て、駅まで歩いた。


「今日はありがとね。最後変な話しちゃったけど、楽しかったよ。」

そういって日向さんが駅の改札に向かおうとした。

私は日向さんの腕を掴んで引き留めた。

「どうしたの?」

日向さんは少し驚いている様だった。

「…日向さんの言うように、もしかしたらそれは本当の優しさじゃないかもしれません。」

私は日向さんの目をまっすぐ見つめた。

「それでも…!皆日向さんの優しさに感謝しています!それはまがい物じゃなくて本当の気持ちです!」

私は涙が出そうになるのを必死に堪えた。

「だから、日向さんの優しさは本物じゃなくても!私はありがとうって、感謝しています!」

日向さんは不意を突かれたような表情をしていた。

「…そっか。」

日向さんは少し顔をそらした。

「吉木さん。」

「…はい。」

「…ありがとう。」

また私の顔を見てくれた日向さんの目に少し光るものが見えた気がした。

そうして私達は別れた。

日向さんはずっとまがい物と思っている優しさにうしろめたさや辛さを抱えていたのだろう。

でも、その優しさに救われた人がいるのであれば、それはまごうことなき優しさなのではないだろうか。

そんなことを考えながら私は帰路についた。

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