不思議なぬいぐるみ
男の子は、病気でした。
お医者様からは、「もう、助からない」と言われていました。
男の子の横では、お父さんと、お母さんが、涙を流していました。
お父さんと、お母さんは、男の子が、好きな、犬のぬいぐるみを作ることにしました。
慣れない作業で、お父さんも、お母さんの指も、傷だらけになっていました。
一生懸命に作っているのは、天国で、男の子が寂しい思いをしないため。棺の中に、納めるためでした。
ぬいぐるみには、お父さん、お母さんの血と涙が染み込んでいました。
完成したぬいぐるみは、苦しそうに息をしている男の子の横に、そっと置かれました。
ぬいぐるみは、お父さん、お母さんのような温かい目で、男の子を見守っていました。
数日後。
「奇跡だ!」
お医者様は、驚いて、声を上げました。
「病気が良くなっている。これなら、治るかもしれない」
お父さん、お母さんは、幸せな涙を流しました。
しばらくして、男の子の病気は治り、退院しました。
1年後。
ぬいぐるみを抱えて、病院を訪れた男の子は、明るい女の子と出会いました。
病院の庭で、元気に駆け回っている女の子。
でも、女の子も、また、病気でした。
もう、1年も生きられない重い病気でした。
男の子は、女の子に聞きました。
「病気なのに、どうして、元気でいられるの? 僕は、病院では、ずっと、しょんぼりしていたんだよ」
女の子は答えました。
「だって、しょんぼりしていると、お父さん、お母さんが悲しそうな顔をするのが、嫌だから」
男の子は言いました。
「元気になったら、僕と結婚しよう。約束してくれたら、ぬいぐるみをあげる」
女の子は答えました。
「ぬいぐるみ。可愛いから、ちょうだい」
女の子は、男の子から、ぬいぐるみを受け取り、病室に駆けていきました。
病室で、女の子は、ぬいぐるみに、顔をうずめて、泣いていました。
人前では、明るくしていても、一人の時は、寂しく、怖かったのです。
女の子の涙は、ぬいぐるみに染み込んでいきました。
数日後。
「奇跡だ!」
お医者様は、驚いて、声を上げました。
「病気が良くなっている。これなら、治るかもしれない」
お医者様は、女の子のそばに置かれた、ぬいぐるみに気づきました。
「このぬいぐるみは、どうしたの?」
女の子は答えました。
「男の子からもらったの」
お医者様は、1年前の奇跡を思い出しました。
「やっぱり、あの子の、ぬいぐるみだったのか。彼は、このぬいぐるみのおかげで元気になったんだよ。君も、きっと、元気になるよ」
しばらくして、女の子の病気は治り、退院しました。
奇跡のぬいぐるみ。
病院内では、しばらく、噂になっていました。
数年後、女の子は、少女になっていました。
病院での検診の日は、必ず、ぬいぐるみを抱えてくる少女でした。
病院に向かう途中、少女は、交通事故を目撃しました。
小さな女の子が車の前の飛び出したとき、かばうように飛び出した少年が女の子を抱きかかえました。
女の子は、かすり傷程度で、無事でした。
少年は、頭から血を流して、倒れていました。少年は動きません。
少女は、ぬいぐるみを、少年の頭の下に置き、救急車の到着を待っていました。
少女は、医者をめざしていました。今度は、自分が人を助けたいと思ったのです。
「奇跡だ!」
お医者様は、驚いて、声を上げました。
「これだけの傷を負いながら、命があるなんて」
お医者様は、少年のそばに置かれた、血に汚れたぬいぐるみに気づきました。
男の子の病気を治し、女の子を病気を治したぬいぐるみは、今度は、怪我を治しました。
奇跡のぬいぐるみ。
その噂は、人々の輪に広がっていきました。
少年が退院する頃、中年の男性が、ぬいぐるみを譲って欲しいと頼んできました。
ぬいぐるみは、血に汚れ、姿は、みすぼらしくなっていましたが、不思議と、目には力が感じられました。
少年の治療費に困っていた両親は、男性に、ぬいぐるみを譲ることにしました。
男性も、また、不治の病でした。
ぬいぐるみを買うために、全財産を使い果たしました。
「奇跡だ!」
お医者様は、驚いて、声を上げました。
「この病気から回復するなんて」
男性のそばに置かれた ぬいぐるみは、人々から、神様のように思われるようになりました。
男性が退院した後、男性には、ぬいぐるみを譲って欲しいという人が、次々と訪ねてきました。
ある人は、大金を持ってきました。
ある人は、大切な人の話を、熱心に語りました。
でも。。。
でも。。。
男性は、誰にも、ぬいぐるみを譲ることはありませんでした。
人々は言いました。
「困っている人に譲ったら良いのに」
人々の冷たい言葉に、男性は涙しました。
元気になった男性は、誰よりも、一生懸命働きました。
寝る間を惜しんで働きました。
大金持ちになりました。
男性は、老衰で亡くなりました。
病気や傷を治してくれるぬいぐるみを持っていても、永遠に生きることはできませんでした。
男性は、遺言を残していました。
「ぬいぐるみは、オークションで売るように。売却益は、私の財産と合わせて、病院の建設に使って欲しい」と書かれていました。
男性は、知っていました。
ぬいぐるみには、もう、病気や傷を治してくれる力がないことを感じていました。
だから、そのことは誰にも言わず、誰にも譲らなかったのでした。
ぬいぐるみの、オークションは、世界の話題になりました。
ぬいぐるみに、もう、力がないことを知っているのは、亡くなった男性だけでした。
大金を積み、誰もが欲しがりました。
ぬいぐるみを手にしたのは、初老の夫婦でした。
夫婦は言いました。
「私たちが幼い頃に持っていたぬいぐるみです。でも、ぬいぐるみは、亡くなった男性が建設する病院に置いてください」