青春、それは君を見た煙
地球滅亡から■■■日。
オレは何とか地球が滅ぶ前に脱出できて、難民船に乗り宇宙を彷徨う地球人として生きている。次に寄る星は久しぶりにオレが過ごせそうな星だ。
地球と同じような重力と空気。気温は寒冷地みたいな感じらしい。地表は雪に覆われているばかりで、だいたい地下で過ごしていると説明が書いてある。他にも注意事項が書いてあった。治安が悪い地域があるみたいだ。
近寄らなきゃ問題ないだろ。オレは少しの間だけ船を降りる申請をした。
『まもなく、惑星ウルブに到着します。降りる方はポッドへご搭乗ください』
船内放送が聞こえてオレは自室から出た。廊下を歩いている人は意外に多い。治安は悪いが過ごしやすい星なのかもしれない。
「あ、地球の旦那。アンタもウルブへ降りるのかい?」
猫が二足歩行で服を着ている姿の宇宙人。どこかの星の貴族階級と自称している。しかも名前が寿限無くらい長い。普段は猫の兄貴と呼んでいる。
船内の自室が近く、住める環境も近いからよく話している。
「久しぶりに過ごせそうな星だからな」
「アンタ、毛皮もないのに寒い星で暮らせるのか?」
「地球の猫っていうのは寒さに弱いんだよ、そっちこそ大丈夫か?」
そんな話をしながら、惑星へ降りるためのポッドへやってきた。今までで一番ポッドが混んでいるかもしれない。修学旅行で東京へ行った時に乗った満員電車を思い出す。
「旦那、肩を貸してくれ」
オレが承諾する前に猫の兄貴は肩に乗ってきた。まあ、コイツの身長だと踏みつぶされそうだったから。
『まもなく惑星ウルブへ出発します。カウントダウン開始、三、二、一』
惑星へ降りる時のジェットコースターみたいな浮遊感は、何回味わっても慣れなかった。突き上げられるような振動の後にポッドのドアが開いた。凍えそうな風が吹き込んでくる。
『惑星ウルブでのお試し期間は三日。それまでにポッドで難民船へお戻りください。移住を決めた方も手続きのため、一度お戻りください』
機械的な声を聞きながらポッドから出る。久しぶりに踏んだ雪の感触を楽しみながら、地下の居住区の入口へ向かった。
「さ、寒い……吾輩は絶対にここで暮らせない」
まだ肩の上に乗ったままの猫の兄貴がボヤいている。諦めが早すぎる。
鼻から思いきり息を吸い、体の芯まで凍りそうな感覚。海が近いのか潮の匂いもした。ああ、とても懐かしい。オレの生まれた小さな港町を思い出した。
高校の頃の同級生は両手の指で数えられるほどだ。誰か一人でも生きていてほしい。一番仲が良かった奴は卒業式の前に行方不明になってしまったんだよな。
「早く入りましょうぜ、旦那」
猫の兄貴に急かされ、地下へ降りるエスカレーターに乗った。
「いい加減降りてくれ猫の兄貴」
「動いてる足場に降りれる訳ないですよ」
結局エスカレーターから降りたところで、猫の兄貴はやっとオレの肩から降りる。
「地下はちょうどいい気温だぜ。ここなら過ごせる」
この居住区は下へ行くほど暖かくなっており、下の方に金持ちが住んでいるようだ。地上に近い方が治安の悪い場所となっている。
移住希望者は第二区画へと看板に書いてあった。
「さて、第二区画を覗いてみますか。旦那」
オレは猫の兄貴の後に続いた。第二区画へ足を踏み入れると、数多の視線がオレに突き刺さってきた。地球人というのが珍しいのか、それとも二足歩行の猫と一緒にいる地球人が珍しいのか。めちゃくちゃ視線を浴びている。
惑星ウルブという星に住んでいるのは雪男みたいな白い毛に覆われた人型だ。オレの見た目のせいで浮いているらしい。
「男の見た目が毛むくじゃらなら、女の見た目も期待できない。やっぱり女子はスベスベの肌がいい」
お前は見た目が猫だろうが。お前も毛むくじゃらだ。
「お前、同族の女も毛むくじゃらだろ」
「だから、宇宙へ飛び出したのさ」
親に貴族の血を絶やさないために結婚しろって言われてな。そう猫の兄貴が続けた。
「そうか。観光して船に戻ろうぜ」
「第一区画を見に行こうか、旦那。実はこの星にちょっと面白い物が流行ってるみたいで」
ヘラヘラとした顔をして猫の兄貴はエスカレータを昇っていった。オレも彼の後に続く。
第一区画は吐く息が白かった。何故か寒色ばかりのネオン看板しかない。町が青い色をしている。路上で寝ているのか死んでいるのか分からないものが多かった。
白い毛に覆われた人は少なくて、難民船で見たように色々な人がいる。
「こっちを見に来てよかったですぜ、ここに移住しても余所者はこっちに入れられるのかもしれない」
猫の兄貴の言う通りだ。中流階級が暮らす区画に移民がいないなら、こういうことになるのかもしれない。
「オレもここで暮らせない」
「ちょっと大人の遊びでもして船に戻りましょうぜ」
まあ、惑星に降りて何もせずに船に戻るのも嫌だ。船内の仕事で貰った宇宙共通の通貨があるから、嗜好品とか買い込んで帰るのもいいだろ。
怪しい看板がある店で猫の兄貴は立ち止まる。
「ここは何の店なんだ……怪しい薬?」
「そんな物じゃないですぜ。地球でいうタバコみたいなやつですよ」
猫の兄貴が店に入っていったのでオレも入った。
「いらっしゃいませって観光客か! ぜひ思い出を売ってくれないか。他の星のモノは人気なんだよ」
オレの顔を見るなり、店員がそんなことを言った。
「しかも、最近滅亡した地球人と吾輩は惑星オ――」
「え、マジ、お兄さんって地球人!」
猫の兄貴の言葉を遮って、店員が叫んだ。
「あのシーマちゃんと一緒じゃん。さあ、こっちに来てくれ」
店員はオレの腕を掴んで店の奥へ引っ張りこむ。
「え、あれ、吾輩は?」
そんな声が後ろの方から聞こえてきた。
「そっちのお客さんはカタログでも見てて」
歯医者みたいな椅子とコードが繋がったヘルメットみたいなものがある部屋に通された。あれ、結構危ない店じゃね。
「説明から始めますね。これはタバコみたいに紙に葉っぱを巻いてあるんですけど」
店員が言うには記憶を記録しておける葉っぱに火をつけて吸うことで他人の記憶を楽しむものらしい。
しかも抽出されるのがだいたい高校生くらいの記憶で、青春を味わえるというのだ。
「地球人の青春は希少価値が高いから、宇宙共通通貨でだいたいこれくらいで買うよ」
そう言って見せられたタブレットの画面には六ケタの数字が並んでいた。
「マジか……オレの記憶がなくなったりはしない?」
「しない。そこは保証する」
オレはコードの繋がったヘルメットを被り、椅子に座った。急に眠くなり、目の前が暗くなる。
「はい、お疲れさまでした!」
店員の声で目が覚めた。少し頭がボンヤリする。自分が何者で何をしているのかは、しっかりと覚えていた。時計を見ると気を失っていたのは十分ほどだった。
「出来上がるまで少々お待ちください」
オレが店に戻ると、猫の兄貴は電話帳の如く厚い本を読んでいた。
「どうでした、旦那。吾輩のこと分かりますかね」
「えーと……アニャデウス・ニャールヤング・キン――」
猫の兄貴が飛び掛かってきて殴られた。
「吾輩のことを猫の兄貴と呼べって言ったのに忘れてしまったですか!」
「冗談だって」
そんなことをしていると店の奥から店員が出てきた。彼の手には青い葉っぱを白い紙で巻いたタバコみたいなのがあった。
「吸ってみましょう。小さい毛むくじゃらさんも一緒に」
オレはタバコを吸うのが初めてだった。口に咥えて息を吸いながら火をつける。煙を一度吸い込んで吐き出す。
すると、目の前の景色が変わっていく。
懐かしい青くてキレイな海と小さな町並みが見えてきた。これは坂の上にある高校からの景色だ。
『ねえ、今年も一緒に荒馬跳ねてくれるよね』
高校の卒業式を前に行方不明になったあの人だ。するといきなり店員が叫んだ、
「うわーっ! こ、この女の子はシーマちゃんだ」
いきなり現実に引き戻される。目の前には青い煙が漂っているだけの怪しい店の中だ。
「これ見てよ、これ」
店員がスマホみたいな端末で動画を見せられた。そこにはシーマちゃんという名前でアイドルをしている行方不明になった女の子がいた。
名前は嶋中アコで歌と踊りが好きな女の子だ。そして変な流れ星が流れた次の日に彼女がいなくなっていた。
「え、マジ、お兄さんってシーマちゃんと知り合いなの!」
とりあえず、知り合いの地球人が一人は生きててよかった。
「そうみたいです……彼女が行方不明になった後は分からなかったんで」
「シーマちゃんは地球から誘拐されたのを助けてもらってから、宇宙アイドルとしてデビューしたんですよ」
あれは宇宙人に誘拐されていたのか。宇宙を旅していれば、いつか会えるかもしれない。とりあえず船の自室のタブレットで動画を見よう。
このやり取りをしている横で猫の兄貴は一本分を吸い終わったらしい。
「なんだ、これ。アイドルと一緒に踊った青春ってなんだ。貴族の吾輩の青春とかクソみたいに見えるぜ」
猫の兄貴が吸殻を手に持ったまま動かなくなった。
「もう一本を吸う前に荒馬って単語はなんですか?」
煙なんて吸わなくても思い出せる。高校まで過ごした町に伝わる伝統の祭りだ。
「男女がペアになって踊る豊作を願う祭りだ。女が持った紅白の縄で男が演じる農耕馬を彩映るように踊る」
「え、男女一組で踊るのか。シーマちゃんのファンは最高じゃん」
店員がメモをとりながら狂喜乱舞している。ちゃんとメモ取れてるのか謎だ。たぶん大丈夫だろう。
「先に宇宙共通通貨渡しておくよ」
実物がある通貨じゃなくてデータ上だから、急に残高が増えたという実感しかない。
その後、オレと店員は青春の煙を吸い込んだ。
さっきの続きが始まる。場面は高校の前から変わって、コンビニの近くにある公園になっていた。オレンジ色の夕焼けと夜が混じった空の下、縄跳びの両端を持っているオレと彼女がいる。
『久しぶりだから踊れるかな』
夏服に衣替えしたばかりの少し肌寒い時期。
『大丈夫だって、オレも去年の文化祭ぶりだ。別に明日の練習で踊れなくてもいいだろ』
『ほら、私はたずな取りのプロの孫だから。他の子に教えてって頼まれるから。下手だったらあれじゃん』
そう言って、彼女はスマホにスピーカーを繋いで祭囃子を流し始める。八月の祭りで踊る時でもなければ、十月に文化祭で踊った時でもなかった。
誰も見ていない二人きりの公園で踊ったことがオレの一番の青春だったのか。
彼女が行方不明になってから必死に忘れようとしていたから、今まで思い出さなかったのかもしれない。
絶望した人に幸せな時の記憶を見せ続けて、自分の中に閉じ込める妖星というヤツにあったことがある。その時に思い出さなくて本当に良かった。
絶対に戻ってこれなかったと思う。
「吾輩が欲しいものは買ったから船に戻ろうぜ」
猫の兄貴は青春が見れるタバコが入った紙袋を持っているようだ。
「オレは自分のやつを一箱貰っておく」
「自分の吸って楽しいんですか? 旦那」
「思い出として持っておくだけだ」
地下から出ると、ちょうど荷物を運ぶポッドが地上に着いたところだった。
「いいところに来たな。荷物を積み込むの手伝ってくれよ、地球人」
オレが難民船のスタッフの手伝いをしている。その間、猫の兄貴が荷物を積んだコンテナの陰に隠れて青春が見れるタバコに火をつけているのを見つけてしまった。
彼が持っているタバコのパッケージはオレの青春の記憶だった。
ドルオタだったのかよ、あの自称貴族猫。
あ、目が合っちゃったよ。
「あ、いや、ほら、違うぞ。貰ったヤツだからな、決してドルオタじゃない。地球人の肌はスベスベでいいなと思ってたとかじゃないですぜ」
必死すぎるぞ。
「あ、次に着陸する星は美人が多い場所らしいですぜ、旦那。一緒に見て回りましょう」
この猫とは長い付き合いになりそうだ。
(終)
ここまで読んでいただきありがとうございました。
この作品はSSの会メンバーの作品になります。
作者:四条半昇賀