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レッドピラミッド  作者: 論田リスト
Take the red pill.
1/1

レイノーサの亡霊

 広大な砂漠の広がるメキシコ合衆国の北西部。岩とサボテンだけの光景が永延と続く中、灼熱の太陽が大地を焼き尽くす。カラカラに乾いた砂は無慈悲に陽光を跳ね返し、地上はフライパンの上のように凄まじい熱気を放っていた。この地に棲息するガラガラヘビや蠍でさえも、岩陰に隠れて暑さを凌ぎ、日が沈むのを待ち続けていた。


 しかし生命を拒絶する過酷なソノラ砂漠にも、時折命を賭けた挑戦者たちが現れる。ボロボロのスニーカーを履き、最低限の食料と水をリュックサックに入れ、ひたすら北へと進む集団。資本主義の広がる楽園、そして新しい人生の舞台となる夢の国、アメリカ合衆国へと向かう不法入国者たちだった。


 国境越えの経験がある案内人の元、ルートを辿りながら歩き続ける彼等には休む暇など許されなかった。少しでも距離を取り続け、少しでも前に進み続けなければならない。アメリカ側では国境警備隊(ボーダー・ガード)のヘリが巡回し、昼間の間は見つかるリスクも高かったが、それでも彼等には選択肢は残されていないのだ。


 〈コヨーテ〉と呼ばれる専門の業者を通さずに不法入国を行う彼等にとって、何よりも恐ろしい存在が脳裏に過っていた。業者を通さなかったのは、端に金が用意できなかった事も大きいが、それ以上に彼等と関わりを持ちたくないからだ。


 表面上、不法入国をするに辺り、通常は一人当たり2万メキシコペソを業者に払うのが通例だが、その業者とは麻薬組織に属する密売人(ナルコ)の事であり、彼等と関われば必然的に麻薬ビジネスとの縁が出来てしまう。


 2万ペソという大金は、低収入の不法移民たちが簡単に払える額ではない。そこで密売人(ナルコ)は、代金の代わりに不法移民たちにコカインを運ばせる契約を迫る。だが勿論それだけで終わりではなかった。実際はアメリカに着いてからも組織の道具として都合良く扱われ、断れば残虐な方法で親族諸共殺される。


 法を犯している手前、アメリカ人(グリンゴ)の警察には助けは求められない。一度でも彼等と取引すれば、見えない鎖に縛られ、暗い穴に転がり落ちていく。不法移民の一人である青年―――フアン・バスケスは、頻りに後ろを振り返り、恐怖に顔を引き攣らせる。


 監視の目を光らせる〈バグ〉の存在を恐れていた。


 広大なメキシコ合衆国の国境、その半分を支配する巨大な犯罪組織。〈バグ〉とは組織にとっての目だった。もしも彼等に見つかったならば、この行為は組織に対する宣戦布告と見なされ、不法入国者たちは壮絶な末路を辿ることになる。


 国民が貧しさに喘ぐことはこの国では珍しくなかったが、近年になってから不法入国者の数はケタ違いに増えていた。アメリカ合衆国政府が頭を悩ませる“麻薬戦争”は、毎年のように変わらず続いていたが、問題が起きていたのはメキシコ側の勢力変化である。


 タマウリパス州レイノーサを拠点にする新興勢力の誕生。かつてはガルフ・カルテルと呼ばれていた老舗の組織を壊滅寸前まで追いつめ、今もなお西側の最大勢力〈シナロア・カルテル〉と争いながら、凄まじい勢いで領土を拡大する組織が存在した。


 カルテル・デ・ラ・ディノポネラ

〈Cártel de la Dinoponella〉


 ペルー・エクアドル・コロンビアに跨るアンデス山脈に生息する巨大な蟻〈ディノポネラ〉。あまりにも強すぎるため単独で狩りを行うこの種は、自身よりも体の大きな種―――パラポネラと戦ったとしても一方的に虐殺するほどの凶暴さと殺傷能力があった。更に腹部についた針には強い毒性があり、人間はおろかジャガーでさえも撃退するほどの強さを併せ持つ。


 その名前を象徴(シンボロ)に冠するカルテルは、生粋のメキシコ人ではなく、南米からやってきた男によって結成され、僅か六年の間にメキシコ北東部の大部分を支配した。当時、最初に狙われたのはガルフ・カルテルの構成員たちで、二十九名もの死体がマタモロス郊外の路上に停車したマイクロバスの中で発見された。


 何人かの遺体には、口に蓋をした試験管が咥えさせられ、その中には生きたディノポネラが入れられていた。これを皮切りに、マタモロスの路上には毎日のようにバラバラにされた死体が遺棄され、町中が恐怖に包まれたのである。だが恐怖は始まりに過ぎなかった。


 ガルフ・カルテルの幹部が数人殺され、ボスは国境を越えて逃亡したが、その潜伏先であるエル・パソでは恐ろしい事件が起きていたのだ。メキシコから大型トラックで運ばれたアボカドの仕分け中、低賃金で働くヒスパニックの労働者は()()()()()()を見つけ、取材したリポーターに対して、自身の目を疑ったと発言した。


 カットゥス・デ・ラ・ムエルテ。“死のサボテン”とは人間の歯が大量に刺されたアボカドのことだった。そのほぼ同時刻、エル・パソ中心部にある高級アパートメントの一室では、米国の麻薬取締局(DEA)の捜査により、歯を全て抜かれたメキシコ人の凄惨な遺体が発見された。


 事実上、ガルフ・カルテルは壊滅し、今では分裂した組織が空中分解しつつあった。ディノポネラの戦闘力は極めて高く、その独特な組織体制から伝達される実利主義は、アメリカの巨大IT企業に准えられるほど効率的に働いており、メキシコ合衆国当局、そしてアメリカの麻薬取締局(DEA)中央情報局(CIA)にも認知され、彼等の持つ捜査資料には、新興のカルテルの幹部についてこう書かれていた。


 〈最重要指名手配犯〉


レオナルド・ホアキン・マルス・ガルシア【通称・(ラ・オルミガ)


ギレルモ・サラテ・カスティージョ【通称・歯医者(エル・デンティスタ)


フリオ・エスパダス・バリオス【通称・シチュー(エル・ギーソ)

例え百万人を殺したとしても、俺には生きる権利がある。


『蟻の王』より

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