広告探偵
「皆さん、よくお集まりくださいました。それでは早速今回の事件の謎解きといきたいところなのですが、その前に……」
コートの内ポケットからおもむろに自身のスマホを取り出した探偵は、関係者を放ってしばらく操作をした後、それを机に置きました。すると何ともこの場に相応しくない陽気なメロディーが流れだします。
更に、気付けば彼の右手には今どき漫画やアニメですら見かけないような古典的アイテムの虫眼鏡が握られています。
「……古今東西、事件のあるところに探偵あり。誰でも人生一度は、世界に名を轟かせる名探偵に憧れるものですよね。あらゆる難問を鮮やかに解決し、拍手喝采を浴びたいと思うのはごく自然なこと。そこで、本日ご紹介する商品は……」
「おい、ちょっと待て! 一体何のつもりだ? 誰が犯人かを説明してくれるんじゃないのか?」
立て板に水のような探偵の弁舌に、しばし聞き入っていた関係者達でしたが、ふと正気に返った男は彼の奇行の理由を問い質します。
「中断は困るんですけど……しょうがないですね……これは、推理前のCMですよ」
肩をすくめ溜息をついて探偵は投げかけられた問いに返答しましたが、明らかに一切説明になっていないため男の眉間の皺がより一層深くなるだけでした。仕方なく話を続ける探偵。
「探偵という職業は、非常に不安定なものです。我々が必要とされる事件なんて、そう頻繁に起きるものではないということは皆さんも容易に想像できると思います。普段はせいぜい浮気調査が関の山、野良猫探しで食いつなぐ同僚も山ほどいます。そこで私は企業のスポンサーを募り、推理の合間に広告を入れることにしたのです」
ドヤ顔で胸を張る探偵に対し、男は苦虫を噛み潰したような顔になりました。
「……それで、俺達は今から宣伝まみれの推理を聞かされるって訳か?」
「ええ、その通りです。奇々怪々な事件の謎解きほど、人間が自然と興味をそそられるものはないでしょう? いくら微塵も興味を持てない広告が入ったとしても、途中で席を立つ関係者なんていないはずです。何より、そんな勝手なことをすれば犯人扱いされてしまうかもしれませんし」
無茶苦茶ながらどこか説得力がある探偵の理論に言い返せず口をつぐむ男。満足気な笑みを浮かべて、探偵は虫眼鏡についてのアピールを再開しました。さらに肝心の推理が始まっても、ここぞというタイミングでBGMと共に何度もCMが挟まれます。
最初こそ全員うんざりしていましたが、しだいにちょうどいい休憩時間として席を外すものや、興味を惹かれた商品があったのかしきりにメモを取るものも現れました。とはいえ、1時間の謎解き及びコマーシャルが全て終わるころには、その場にいる人間は全員くたびれ果てていました。勿論探偵本人も同様に。
「……まさか……あいつが、老眼を恥ずかしがって隠していたなんて思わなかった」
「しかも、泥酔状態でコーラと醤油を間違えて一気飲みしたことが死因だなんて……」
「パニックになって窓から瓶を海に投げ捨てたものの、薄れゆく意識の中、どうにかして死の理由を俺達に伝えようとしていたんだな」
「S・Sが犯人のイニシャルじゃなくてSoy Sauceの略だったとはね」
解き明かされた真相に全員が驚いている中、最初に探偵に食って掛かった男が口を開きました。
「……あんたをふざけた奴だと疑ってすまなかった。おかげで俺達の友人の無念も晴れたよ。あいつもきっとあの世で感謝してるだろう。ありがとな」
「いえいえ、とんでもない。私は為すべきことを為したまでですよ」
二人は握手を交わし、そのまま全員解散しました。しばらくして部屋に一人残った探偵のスマホの着信音が突然けたたましく鳴り響きます。
「……お世話になっております……ええ、全てこちらの手筈通りに済みました……警察も自殺との結論で捜査を打ち切るようです……いえいえ、とんでもない……私は為すべきことを為したまでです……スポンサー様あっての探偵ですから……今後ともよろしくお願いします……それでは……」
通話を終えた探偵は、誰にともなく語り始めます。
「電話にカメラ、ネットにアプリ、スマホとして備えるべき機能はもちろん、謎解きから最後のどんでん返しまで、キーアイテムとして活躍するポテンシャルがこのシンプルなデザインに集約されているんだ。あなたを物語の主人公へと変身させられる。そう、yPhoneならね」