プロローグ
アルファポリス様にて先行配信させて頂いております。
「どうしてこんな事に...」
そう呟いた声は誰の返事も返えって来ないまま、何回か木霊した後に消えた。
雨水が天井から落ちてくる音と隙間風が時折吹く音しか辺りには聞こえない。部屋は全面石で出来ており、魔力を抑える鎖で繋がれ日に日にアクアリーナは衰弱の一途を辿っていく。古くから悪事した妖精を罰する為に作られた要塞に入れられた私は涙で揺らいだ視界の中これまでの事を思い出してたーー。
妖精王達の定期会議が行われている時事件は起きた。
突然集会が行われたのだ。何が始まるのかと皆が騒ぎ出していると妖精の中でも魔力が多く、将来有望な者達が台に上がり皆の注目を集める。
「皆の者!よく聞いたまえ。妖精の中に罪を犯した者がいる!」
そう大きな声で宣言すると辺りはざわめきに包まれた。私は騒ぎを聞きつけ何が起きるのかと眉を顰めて聴衆の中に混じっていた。
「水の妖精王の娘、アクアリーナはあろう事か愛し子に手を出した!居るんだろう、出てこい!」
大人しく台に出ると三人は興奮した様子で私を皆の前で捲し立てる。
「姉上、いやあの悪者は禁忌の罪を犯した。水の妖精王の娘でありながらとんだ失態許される物ではない」
そう言って傍に居た可愛らしい薄茶色の髪を持った少女を愛おしそうに見つめる。
少女は三人に守られる様に囲まれ目を涙でうるうるとさせて庇護欲を煽る。
しかし、同性すれば可愛らしい顔をしているのに露出度の高い服を着てクネクネ動いている様にしか見えない。ウナギか何かなのかな?もう少し似合いそうな服があるのに。
どうして露出度の高い服ばかり好むのかしら?
「私、怖かったんですぅ。アクリアーナ様に虐められてぇ」
弟の様に可愛がっていた子も仲が良かった友人も全て一人の人間の少女に酔心し、彼らは甘ったるい人間の少女の声を聞いて愛おしいそうに見つめたかと思うと、自分が一番彼女を愛しているだとか言い合いを始めた。
少女はうっとりと自分を取り合っている彼らを見つめ、チラッと私を見る途端、ニヤリと笑う。
愛し子とは人間界に生まれ妖精の加護を一心に受ける人間の事を指す。心が清らかな者だけが愛し子の筈なのにこの少女から清らかさは一切感じない。
「もう怖くてぇ、アクリアーナ様が居たら私安心して皆さんと一緒に過ごせませぇん」
「そ、それは大変だ!」
私が居て何をすると言うの?そもそも私は何もやっていないのに。涙が出そうになるのをぐっと堪える。泣いても事が余計に面倒になるだけ。
「失礼ですが私は何もやっておりませんし、悪党と呼ばれる筋合いは無いです。愛し子だからと言って自分の思い通りにはなりません」
「またアクリアーナ様が虐めますぅ。怖い」
そう言って手で顔を覆い泣き声を上げる。絶対嘘泣きだわと思ってじっと見ると涙なんて一粒も出ていない。
「おぉ、可哀想に!アクリアーナ!取り消せ!」
「「そうだ!」」
自称愛し子が笑いを隠し切れずに手の間から見えてる。演技が上手いのか下手なのか。そして周りはそれに気が付かないの?
「いやです」
思わずそう言うと、三人は怒り狂いとんでもない事を言う。悪魔の塔に監禁すると。
悪魔の塔はここ千年は使用されて居ない。余程の極悪人でないと使用命令が出なく入った者は皆死ぬと言うのだ。
これには流石に野次馬だった妖精達が抗議した。
「私の味方じゃないの?」
一度愛し子が皆に話すと嘘の様に頭を垂れて従ったのだ。
その日から何日経つだろう?羽根は日に日にボロボロになり、毎日外から非難や怒声が浴びせられる。
家族はどうしているだろうか?私が非難される事は良いけれど家族にはどうか...どうか...。そんな祈りを今日も真っ暗な檻の中でするのだった。
そう考えていると誰かの足音がした。
「いい気味ですねぇ。気分どおですかぁ?」
現れたのは、あの人間の少女だった。
「貴方のせいで最悪です。ご心配ありがとうございます」
そう言うと反論された事に苛立ったのか友人達に媚びていた声が嘘の様に低い声を出す。
「そうやって余裕ぶれるのも今の内よ。可愛くて美しいのはあたしだけで良いの」
そう言うと何かを唱える。辺りは一面黒い霧に覆われた。霧を吸ってはいけないと思ったのも束の間、限界が訪れ吸ってしまう。
「ゴホッゴホッ」
途端に肺が押しつぶされ、喉に血の味がする。息が出来ずにヒューヒューと音を立て、床に手を着いて必死に息を吸う。
吸ってもただ苦しいだけで、もがく度に手足に繋がれた鎖がジャラジャラと音を立てる。
霧が消えたかと思うと、少女がとんでもない事を言った。
「命を助けて欲しいならぁ、あたしと契約してお前の魔力を全て頂戴?そしたら見逃してあげますよぉ?」
昔行われていた禁忌の術。妖精と契約し、妖精と主人が同意すれば妖精は魔力すべてを契約主に与える事が出来る。
遥昔にその術は禁止され、行った者は死を持って償わなければならない。人間も妖精も。
そして妖精側の負担が極端に重く、儀式の後に死んでしまう者も居たのだ。彼等は死を恐れない程に主人に従っていた。
だがこの子にそれ程の価値は見い出せない。
「何が...目的?」
咳込みながら必死に声を出す。すると少女は馬鹿にする様に言った。
「どうせ死ぬから言うけどぉ、あたし妖精姫になりたいのぉ。そしたら皆からもーっと愛されるでしょお?」
私が黙っているとより一層苛立った様な声を出す。
「嫌なのぉ?まあ無理矢理させるから良いんだけど」
恐ろしくて背筋が凍った。何としてもこの女の手に堕ちてはならない。ここから逃げなくては。
私は必死に残った魔力を掻き集めながら女に言った。
「この鎖が邪魔で魔力が無いの。外してくれる?」
女は私が逃げるだろうと言ったけれど逃げたい一心で必死に説得する。
「せめて足だけでも外してくれないかしら?魔力が少ないの嫌でしょう?多い方が沢山愛されるわ」
そう言うと男の妖精に囲まれる姿を想像したのか、顔を赤くし興奮した様子で易々と私の部屋の鉄格子の鍵を開けて鎖を外した。