001 脂肪とサヨナラバイバイ
それは、後に筋肉令嬢と呼ばれることになるジェシカ・ロンドブル伯爵令嬢が7歳の時の出来事だった。
当時のジェシカは、丸々とした体型だった。両親達は、子供特有の丸みを逸脱したジェシカの将来に不安を感じつつ、彼女のためにヘルシーな食生活を心がけていたが、一向に痩せる気配はなかった。
一方、3つ下のアンリエットは、ジェシカとは真逆のほっそりとした、というよりも痩せ過ぎな体型をしていた。
しかしながら、艷やかな銀の髪と神秘的な紫色の瞳が相まって、神秘的で儚く脆い美しさがあった。
当時のジェシカは、自分と比べてお人形のような妹に嫉妬の炎を燃やしていた。
そんなある日のことだった。
二人の魔法適性を見るため、魔法使いが伯爵家で雇われることになったのだ。
魔法を使えるような適性があれば、魔法の師事を受けるつもりだったのだ。
しかし、残念なことに二人には魔法の適性はなかった。
伯爵は、折角雇ったことだしと言って、ジェシカに魔法の一般教養を教えるように魔法使いに指示をした。
それから魔法使いは、一般的な魔法の知識をジェシカに教える家庭教師となった。
ジェシカは、魔法使いに勉強を見てもらう内に、魔法使いが新しい魔法の開発に精を出していることを知る。
それは思いつきだった。
「ねぇ、先生？先生の魔法で、この脂肪を誰かに譲るってことは可能ですか？」
ジェシカの何気ない言葉に、一瞬だけ目を丸くした魔法使いだったが、次の瞬間には楽しそうな表情をしてこう言ったのだ。
「なんて面白そうな題材なんだ！！う～ん。出来なくもないと思うけど、相手との相互契約が必要になるかな？」
「ふ～ん。じゃあ、相手が契約を受け入れたら出来るってこと？」
ジェシカがそう問うと、魔法使いは頷いたのだ。
それを見たジェシカは、妹を心配するふりをしてとても恐ろしいことを考えたのだ。
「ねぇ、先生？アンリエットを見てどう思いますか？細すぎだとは思いませんか？」
ジェシカがそう言うと、魔法使いはアンリエットを思い出しながら表情を顰めて言った。
「そうだねぇ～。食が細いと聞いたけど、あれは心配になる細さだなぁ」
魔法使いのその言葉を聞いたジェシカは、子供にしては仄暗い笑顔を一瞬浮かべた後に、妹を心配しする表情で言ったのだ。
「そうですよね。私、あの子が心配です。ねぇ、先生？あの子が同意してくれたら、私のこの脂肪をあの子に譲ることは出来ませんか？」
ジェシカの提案を聞いた魔法使いは、感動したように言ったのだ。
「素晴らしいね君は。妹を思って、自分の身を差し出すなんて。ああ、分かった。術式は考えておく。アンリエットお嬢様が契約に同意するなら、術を施行してもいいよ」
「先生、ありがとうございます。アンリエットに聞いてみますね」
魔法使いにはそう言ったが、ジェシカはアンリエットの身の心配なんて微塵もしていなかった。
細く儚い美しさを持つ妹に嫉妬したジェシカは、恐ろしいことに、妹に自分の太りやすさから来る脂肪を押し付けたかった一心で口からでまかせを並び立てたのだ。
そして、ジェシカは妹を心配する素振りで言ったのだ。
然も本当のことのように。
「アンリエット、よく聞いて。あなたは、普通の人よりも体の中のマナが少ないの。このままでは、すぐマナが枯渇して……。死んでしまうわ」
