●ボツになった展開集 その4 ※2巻発売御礼!
お待たせしました! 「僕は婚約破棄なんてしませんからね 2」、本作の二巻が10月2日に発売します。いよいよ学園編へ突入です。
宣伝を兼ねまして「ボツになった展開集」を、短期集中連載いたします!
「……もしかして君がその主人公なの?」
初めてのお茶会で倒れてしまったセレア。そのお見舞いという名目で再びコレット家、王都別邸を訪ねた十歳のラステール王国第一王子、シン・ミッドランドは、自分の婚約者となる公爵令嬢、セレア・コレットから驚きの告白を受けていた。
この世界がゲームのシナリオ通りになるという、衝撃の未来を!
「違うんです」
「違う?」
「私は、主人公じゃないんです」
「ないの?」
ベッドの上に座ったご令嬢は、絶望の未来を淡々と説明し始めた。
「私はその断罪され、婚約破棄を言い渡され、追放される王子様の婚約者なんです。悪役なんです私。『悪役令嬢』ってやつなんです」
「悪役令嬢ってなに――――!」
会って二回目になる黒髪の少女の言うことが、シンにはすぐには理解ができなかった。
「王子様とヒロインの障害となる……、ライバルですね。恋は障害があるほうが燃えますから、演出なんです」
「僕燃えちゃうんだ……」
「そりゃあもう」
「ひどいな僕……」
シンにしてみれば信じがたい事実であった。
「でもそんなふうに君を断罪なんてして、婚約破棄したら、国でも大問題になっちゃうよ」
それぐらいはシンにだってわかる。国王とコレット公爵の間で政治的に取り決めが行われた婚約を、シン一人でどうこうしていい話じゃないに決まっている。
「もちろん大問題になりますよ。私を婚約破棄して断罪することによって、私の父が反ミッドランド派に鞍替えすることで派閥バランスが崩れ、国を二分する対立が起きます。反政府の革命組織が私が投獄されている監獄を襲って国は内乱状態になりますよ」
「ひどい……。僕どうなるの?」
「断罪後の戦争イベントで負ければシン様はヒロインともども、革命軍に絞首刑にされてバッドエンド、勝てば私と父を斬首刑にしてヒロインとのハッピーエンドになります。ハッピーエンドをつかむための二人に与えられる試練ですね」
「……それ全然ハッピーな気がしません。なんとか戦争回避できないの?」
シンは頭を抱えてうめく。
「ヒロインさんが別のキャラを攻略した場合はそうはなりませんが……」
「たとえば?」
「クール担当さんのキャラがいるんですけど、そちらとヒロインさんが結ばれた場合は、その人が私を断罪しますね」
「僕がやらなくてもだれかがやるんだ……」
回避不可、ゲームの強制力は非情である。
「そのハッピーエンドがまたひどくて」
「どうひどいの?」
「断罪後、クール担当さんが魔王覚醒してヒロインさんを魔界に連れ去ってしまいます。ヒロインをいじめていた私やそれを放っておいたシン様に復讐するために、魔王は魔界の魔物たちを引き連れ、この国を滅ぼしてしまいます……」
「そこは普通にハッピーエンドになってほしい……って、魔王そこまでやる必要あるのかなあ」
「『ざまあ』が大流行していた時に作られたゲームですから」
「ざまあってなに?」
「仕返しっていうか……。そんなことになるぐらいなら私、修道院に行くのも平民に落とされるのも我慢しますけど」
いやそれはいくらなんでも令嬢が気の毒だとさすがにシンは思う。
「それ回避しようよ。ほかにキャラいないの?」
「ほかには、おバカ担当の方がいるんですけど……」
「うん、バカだったらほっといてもなんとかなりそう」
「その人、バカのふりをしていただけで本当は違うんです」
「違うんだ!」
「実は天界の天使様で、人間のおろかさを見きわめるために地上に降りてきていたんですね。元々のおバカキャラのせいで断罪には失敗するっていう強制イベントになって、人間に絶望した天使様はその場で正体を現し、ヒロインを天界に連れ帰って、七日間炎を降らせて人類を滅ぼしてしまいます……」
「大迷惑だよその天使……」
「おバカですから……」
もうちょっとマシなキャラはいないのかとシンは思う。そんなことで世界を滅ぼされてはたまらない。
「もっと別な展開ない?」
「剣一筋の脳筋担当さんがヒロインさんと結ばれた場合は、最後、断罪され斬首にされそうになった私がこの世界のすべてを呪ったことにより、ドラゴンの姿に変わってしまいます」
「……君ドラゴンになっちゃうんだ。斬新だね」
「はい、ラスボスになった私は毎日遊星爆弾を降らせ続け、王都は壊滅。世界は荒廃し、責任を感じた脳筋さんは勇者となって聖女の力に目覚めたヒロインとともにドラゴンを倒す旅に出て、私を倒しに来るんです」
「……それも試練? 倒せなかったら?」
「人類は滅亡します。倒せたらヒロインさんと結ばれてハッピーエンド」
「それのどこがハッピーエンドなんですか。国無くなってるよね? そんな子供っぽい話じゃなくて、もっと別のルートとかないの?」
シンはいくらなんでも荒唐無稽すぎて、さすがにそれはないと思った。
「大人のキャラだったら先生とヒロインさんが結ばれるエンドもありますね」
「うん、大人で教師だったら常識的な終わり方しそう」
「ハッピーエンドだったらいいんですけど、その人のルートで万一バッドエンドになったら大変ですよ?」
「どう大変なの?」
「その先生、もともと細菌学者で、学校の先生をやるかたわら、密かに病原菌の研究を続けていたんですけど、ヒロインと結ばれなかったことに絶望して研究をやめ、実験器具を捨てたせいで、ウイルスをまき散らしてしまうんです」
「び、病気が蔓延しちゃうってこと?」
「それどころか、王国の国民がみんなゾンビ化して、国が滅びます……」
「うわあ……」
一介の学園教師がなに研究してんのと、それは絶対に食い止めたいなとシンは思う。
「……その、君が一番マシだと思うやつ教えてよ」
「とっても頭がいい秀才君がいるんですけど」
「うん」
「その人と結ばれた場合は、普通にハッピーエンドですね。バッドエンドでもただ、結ばれなかったってだけで終わりますし」
「うん、それだったらいいかも。僕それがいいな」
「王子様にはさっぱりよくありませんよ?」
また不吉なことをこのご令嬢は……とシンはセレアの顔を見上げた。
「その人、王国でどんどん頭角を現して、権力を握るようになり、やがて力をつけて無血革命を指揮し、共和国を作り上げてラステール共和国初代大統領になります。ヒロインは大統領夫人になるんです」
「ちょ、ちょ、ちょっとまってまってまって。王国じゃなくなるの? 僕どうなるの?」
「シン様は何者かによって暗殺され、王政は廃止されます。貴族は爵位に関係なく、全員没落です。もちろん私も」
「……」
「……」
二人で複雑な顔を見合わせる。
「国民がそれでいいっていうなら、僕はそれを受け入れなきゃいけないかなあ……」
「ゲームだからいいですけど、現実には難しいでしょうね」
「国民の教育レベルが今の数倍にならないと成立しないね……」
民主主義が成立するには、最低、国民に義務教育を施して、国民自身が国の未来を自分で選べることができるようにならなければ無理なのだ。国民の教育水準が低いばかりに、革命政府が後に独裁政権になっただけの歴史など世界にいくらでもあり、理想論の通りにはならない。本当の民主主義国家というのは実現しても数世紀先の話になるだろうとシンは思う。
「バッドエンドでもハッピーエンドでも、無難なやつない?」
「ありますよ」
「それっ! それどんな?!」
「ツンデレくんがいるんですけど、そのツンデレくんとヒロインさんが結ばれたら、ツンデレくんが自分の婚約者と婚約解消して、貴族籍も抜けて、ヒロインさんと二人でフライドチキンのお店始めるってエンディングがあって、私はそれなりに幸せそうだなって思いました」
「へーへーへー……。いいなあそれ。それに誘導できないかな」
「いいんでしょうか……。そのルートになると、あとでコンビニ始めて、国内の流通のほとんどを把握して、地元の商店を次々に廃業に追い込み、商店街はなくなってしまいますよ」
「コンビニって何?」
「大人気になる商店の営業方式の一つです。なんでも売ってますけど、人気の特定の商品しか置きませんし、24時間営業してお弁当も売ったりするから、国民の労働時間の長時間化、富の集中と非正規雇用化も進み貧富の差も拡大しますし、晩婚化による少子化の原因にもなり、国民の生活スタイルも激変すると思います」
「うわあ……。あの、関係ないかもしれないけど、その攻略対象と婚約解消された婚約者さんはどうなるの?」
「シン様はそのツンデレくんと友人でしたから、婚約解消された婚約者の子を慰めているうちに愛が芽生えて、その子は王子様と結婚します。ダブルハッピーエンドで、わりと人気があったエンディングです」
「えっ? その場合君はどうなるの?」
「王子様との婚約は自然解消。私はその後嫁の貰い手もなく、一生独身です」
「……気の毒すぎる」
「……私それでもいいですけど」
二人、しばし無言。
そこでシンはひらめいた。
「そのヒロインさんを最初から排除しちゃったら?」
「無理だと思います。主人公ですし」
「主人公が途中退場ってある?」
「ありますよ」
「どんな!」
それこそ唯一の希望かもしれない! シンは身を乗り出した。
「ヒロインさんがあれこれやりすぎて、無理のし過ぎでストレスがたまり、過労死エンドってのがあります」
「うわあそれもひどいな。それどうなるの?」
「女神ラナテス様が出てきて、『残念! 無理は禁物です。パラメーターはバランスですよ! ヒロインには適度に休息をとらせましょう!』ってメッセージと一緒に、『最初から』ってメニューが出ます」
「さ、最初から?」
「最初からです」
「どうなるの?」
「要するにリセットですね。学園入学から再スタートです」
「全部なかったことになっちゃうの?」
「なっちゃいます」
「……」
「……」
それも無理なのかとシンはうつむいた。回避不可か……。
「……ヒロインの選択によっては、最悪の事態も」
「それどんな!」
これ以上まだなにかあるのかとシンは驚く。
「逆ハーレムエンドです」
「……逆ハーレム?」
「ヒロインがすべてのキャラの好感度をMAXにして逆ハーレムエンドに成功したら、みんな仲良し、ヒロインをイチャイチャ取り合ってなあなあのエンディングになるんですけど……」
「……それのどこがダメなの?」
「もし私の断罪に失敗し、私とシン様の婚約が続行だと、復讐に狂ったクール担当さんは魔王覚醒して魔族とともに王国を襲い、おバカ担当さんは天使になって七日間火を降らせ、先生はゾンビウイルスをまき散らし、脳筋さんはドラゴンになった私に斬りかかり、秀才君は国家を転覆させ政権を執り、ツンデレくんはコンビニでこの国の商店街を壊滅させます」
「コンビニくんだけ妙にしょぼい」
「ツンデレくんです」
「ごめんコンビニもツンデレもよく意味が分からない……」
トントン、ドアがノックされ、セレア付きメイドのベルが入ってきてお茶の準備を始めた。
その間、二人、無言……。
「誰かに言いましたか?」
シンがセレアに問いかけると、セレアが首を横に振る。
「婚約をお断りする以上、シン様には話さなければならないことと思って話しました」
がちゃん。食器の音がした。メイドのベルの手が滑ったようだ。
あの表情が全然変わらなかったベルの顔が、何を話したんだこのお嬢様という驚きの顔になっている。
「わかりました」
シンは大きく頷いた。
「国王陛下には僕のほうからうまく言っておきます。残念ですがこのお話はなかったことにいたしましょう。僕の婚約者候補は他にもいます。今回はご縁に恵まれませんでしたが、これからもセレアさんのご多幸をお祈りしますよ」
そう言って、シンは部屋を去る前に、ベッドの横に跪いて、セレアの手を取ってキスをした。
―●ボツになった展開集、その4 END-
学園編では書籍書き下ろしの、「ヒロインの憂鬱」が23ページの大増量です。本作のヒロイン役、リンスのエピソードです。二人のイチャイチャっぷりにぐぬぬなヒロインさんにご期待ください。
後ろにいるのは……おバカ担当と脳筋担当ですな!
一部応援書店さんではまた書下ろしのショートストーリーがおまけされます。またまたサラン姉さまのお話です。
10月2日に全国書店で並びます。書棚は「一迅社ノベルス」様です。イラストは引き続きNardack様です。ぜひよろしくお願いします!
ゼロサムオンライン様ではすでにコミカライズが公開されています。
十歳の二人の出会いをぜひ見てあげてください。作画はオオトリ様です!
次回、「ボツになった展開集 その5 前編」