閑話「セレアの誕生日プレゼント」
いつも作品を見てくれてありがとうございます。
2020年9月18日より、「ゼロサムオンライン」様で、「僕は婚約破棄なんてしませんからね」のコミカライズがスタートします! ぜひ見に行って下さい! 感想も送ってあげて下さいね!
宣伝を兼ねて閑話やボツ展開などを少しずつ公開させていただきます。
来年からの学園入学を前にして、まだ冬のラステールでシン王太子の誕生日が近づいており、「プレゼントは何がいいだろう」と今年も婚約者のセレアは頭を悩ませていた。
シンからセレアへのプレゼントはちょっと変わっている。セレアが前世知識にあるものを図解して説明すると、シンがそれを職人などに頼んで形にしてくれるのだ。
それはブレスレットと懐中時計を小型化して組み合わせた「腕時計」であったり、ピンを折り曲げて刺さらないようカバーを付けた「安全ピン」やヘアピン、髪留めであったり、夏休みの避暑地用に色付きガラスを眼鏡にした「サングラス」だったりする。
去年はアルコールを燃料にした「アルコールライター」を実用化して作ってくれた。
最初に提案したのは「マッチ」だったが、何を原料にしたらいいか全くわからなかったので、それより丸くした鉄ヤスリに発火石を組み合わせて、芯に着火する方式の携帯ライターのほうが先になってしまった。これはシンは何個も同じものを作ってくれて、セレアの父や兄、厨房のコックなどにも配って大変喜ばれた。
シンはセレアの話を喜んでよく聞いてくれ、多少技術的に難しくても高価でも、職人たちとよく話し合って実用化してくれるのである。
そしてセレアの誕生日には、コレット家別邸で行われる誕生日パーティーにやってきて、「ハッピーバースデー!」と大声で嬉しそうに持ってきてくれるのが恒例だった。
まあたまに十二歳の誕生日プレゼントが「十手」だったりしたのはご愛敬か。
それでもセレアは喜んで振り回してみたりしたものだ。
これらの物は商品化され、市場で人気になっているものもある。
そんなシンに対してセレアが贈るのは、刺繍のハンカチだったり、編み物のマフラーだったり、手袋だったり、毛皮の帽子だったりと手芸品ばっかりだった。シンの誕生日が冬なので、どうしてもそんなものになってしまう。
多少ヘンでも、うまくできなくても、シンは喜んで使ってくれて、城下でのデートではそれを身に着けてくる。一番喜んでくれたのはアライグマの毛皮で作った帽子で、後ろにしましましっぽがブラブラしているのを冬の間中、嬉しそうにかぶってくれた。
「……もうちょっとマシなものを贈りたい」
プレゼントしてほしいものを相手に聞くのはなんだか反則な気がする。でも考えてみればシンがセレアにくれるプレゼントはすべてセレアから聞いたものだし、セレアだってシンに聞いてもいいはずだ。
そんなわけでセレアは思い切ってシンに誕生日のプレゼントは何がいいかを聞いてみた。
「うーん、僕は今まで通りで十分嬉しいし、何も不満はないし。逆に僕がセレアにあげるプレゼントだって、セレアから商品のアイデアを聞くことがもう僕への何よりのプレゼントになってるからね」
あいかわらずシンの答えには欲が無い。
一国の王子である。欲しいものは何でも身の回りに既にあって当たり前。そんなシンへのプレゼントは難しいに決まっていた。
「そういうことじゃなくってですね、シン様の正直な気持ちが聞きたいんです」
セレアの思いは真剣だというのがシンにもわかったし、真面目に答えるべきだろうとシンも首をひねって考え込んだ。
「……君の姿絵が欲しいな」
「す、姿絵ですか?」
「うん。君に会えない日も、壁にかけてある絵を見れば寂しくないから」
セレアの顔が赤くなる。黒髪、黒目で、平凡と言っていい自分の顔を、絵にして飾りたいというシンの願いが恥ずかしく、嬉しくもあって、セレアは顔を覆ってしまう。
「コレット邸に絵描きさんを送るよ。だからモデルになってあげて」
それから、セレアのコレット邸に、毎日画家が通うことになったのであった。
最初に来たのはオーギュスト・ルノワーロである。美少女絵で有名な画家であり、画商が最初に推薦してきた画家であった。絵が完成し、ルノワーロは王宮にその絵を持ってきて、「いかがです!」とばっと布を取り払い、椅子に腰掛けたセレアの絵がシンにお披露目された。
「……ねえ、なんでこんなにデブ……グラマーにしちゃったの?」
「女性の美しさの魅力はなんといっても豊かな母性と豊満さでございますぞ!」
「セレアはこんなにデ……ぽちゃぽちゃしてないし、こんなにお尻も大きくないよ……」
「わかっておりませんな、殿下は!」
わかんなくていいよとシンはルノワーロに帰ってもらった。
「宮廷画家ならディエゴ・ベラスケンがおるではないですか」という画商に、「うーん……。王宮の国王陛下と王妃の肖像画を描いたのも彼だったけど、僕、彼の絵はあんまり好きじゃないんですよね……」とシンは気乗りしない。
「できましたぞ!」
「……ベラスケン、一応聞くけど、このセレアの後ろの鏡に映ってるおっさん誰?」
「わたくしですぞ!」
「持って帰って」
自分の部屋になんでおっさんの絵を飾らないといけないのか。なんでこういつもいつも作品に自分の肖像を小賢しく入れてくるのかこの画家は……とシンはがっかりした。
「写実的でうまいといえばサルバドール・ダレですが」
「一応頼んでみるかな……」
そして髭がピーンと立ったダレが描いてきたのは、荒涼とした砂漠の中で割れた卵から両手を広げたセレアが神に祈るという前衛極まる絵であった。
「卵こそ誕生を意味するすべての出発点であり、そこから生まれたセレア様こそ神の作りたもうた奇跡であり……」
「セレアは卵から生まれたわけじゃないよ。帰って」
「エドヴァルド・モンクが最近面白い絵を描くのですが」
「悪い予感しかしないんだけど」
そうしてモンクが持ってきた絵を見てシンは一言。
「……なんでセレア叫んでるの?」
赤い夕陽のバックになぜかセレアが身をよじって両頬に手を当て目をカッと見開いて叫んでいる。もうこれを見て誰がセレアだと思うのか。シンはモンクにも文句を言って帰ってもらった。
「今ヒマだというのでジョルジョ・デ・キリーコにも描かせてみました」
「どこにセレアいるの?」
「これだそうですが」
「セレアじゃないよね。人形だよね。木彫りのデッサン人形だよねこれ」
なんだかローマの遺跡の中に木彫りの木偶人形が椅子に座ってるだけという絵だった。
「話にならないよ」
「あと、マルク・シャガーレって男が『ぜひ見てほしい!』って持ってきた絵があるんですが」
「セレア飛んでるよね。セレア飛んじゃってるよね。セレア空飛べるの?」
それは青黒い夜空にセレアがびよーんって伸びて夜空を飛んでいるという絵だった。もうどこにセレアの原型があるのかもわからない。
「ジャン・フランソワ・ミローにも描かせたんですが……」
「なんでセレアが農作業してるの? セレア公爵令嬢なんですけど」
「ですよねえ……」
「落穂まで拾わせるとか、今はもうこんな事、農民に強要していたりはしないよ……。誤解を招くってば。こんな農民虐げている貴族いたら爵位を取り上げてるよ! 他にいないの?」
「あんまりお勧めしませんが、パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・チプリアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・ピソカにも声をかけたのですけど」
「名前ながっ!」
期待しないで待っていたシンのもとに送られてきたのは、なにか得体のしれないカクカクした化け物がハンカチを口にくわえて引っ張って泣いている女らしき絵であった。
「……これがセレア?」
「ピソカはそう主張しておりますが」
「婚約者の泣き顔なんて飾りたいと思う?」
「ですよねえ……」
「眼科行ったほうがいいよ。この人致命的に画家に向いてないよ。見たままに描けないなら画家でいるべきじゃないと思うな」
「殿下は手厳しいですな……」
「僕はね、好きな人の絵が欲しいの。愛する人の姿を眺めていたいの。部屋に飾りたいの。ねえなんでそんなこともわかってくれないの?」
「そういうことでしたら……」
「どういうことだと思ってたの?」
そうして画商が連れてきたのはフランシスコ・デ・ヤゴという男であった。
「わかっておりますぞ、殿下。すべてお任せください」
そう言ってニヤニヤ笑うヤゴにシンはかえって不安が渦巻いた。
そしてヤゴが持ってきたのは、ソファーに寝そべるセレアの姿であった。
頭の後ろに手を組んで、妙に薄着でなまめかしくも色っぽいセレアの姿にシンは驚いた。
「セレアこんなポーズ取ったの!?」
「お忙しくお疲れのご様子でしたので、ソファーで寝てしまったのをそのまま絵にしましたぞ」
「色っぽすぎるよ……。セレアこんなかっこを人に見せたりしないでしょ」
「そこは想像いたしました」
「想像しないでよ……」
「わかっておりますぞ、殿下。殿下ぐらいのお年頃の殿方が飾りたい絵など決まっておりますからな!」
そう言ってヤゴがもう一枚の絵を持ってきてかぶせていた布を取った。
そこには……。
そこには………。
セレアが、全く同じ構図、同じポーズで一糸まとわぬヌードでソファに寝そべっていた!
「コイツ逮捕して。投獄三日」
「な、な、なんですと! え、あ、なんで? う、うあああああ! はなせえええええ!」
衛兵に取り押さえられてヤゴは叫びながらサロンから引きずり出されていった。
シンがその絵を二枚ともキャンバスをびりびりにナイフで切り裂き、焼却処分にしたのは言うまでもない。シンの独断で罰を決めたが、まともに裁判にかけたら不敬罪極まる大罪であり、投獄どころでは済まないに決まっているから、これはもう見逃してやったようなものである。
「なに勝手に想像して描いてくれてんの……。セレアあんなにおっぱいも大きくないし、腰だってほっそりしてるし、全然違うってば。だいたいこんなの僕が部屋に飾ったら大スキャンダルになるって……」
「申し訳ありませんシン様……」
そう言って画商が頭を下げて平謝りした。
「それにしてもセレア様のことをよくご承知で」
「やかましいです」
そういえば隣国のハルファでは、最近「写真」という、ガラス感光板に映像をそのまま焼き付けるという技術ができたそうである。姉のサランからそんな手紙が届いていた。
「ハルファから写真技師に出張してもらおうか。そのほうが話が早いや……」
そうして姿絵をあきらめたシンは、隣国ハルファに輿入れした、サラン王太子妃に長い手紙を書くのであった……。
――――閑話5「セレアの誕生日プレゼント」 END――――