9.生きるべきか、死ぬべきか
九時になって、教会の鐘が鳴ります。そろそろミサが始まる時間です。
「急がなきゃ!」
セレアの手を引っ張って、教会まで走ります。
「弟――――! 離れちゃダメっすよ!」
もう列ができてましたね。みんなと一緒に並びます。
シュリーガンとベルさんは僕らからちょっと離れて後ろにいます。
ニコニコと怖い顔で話しかけるシュリーガンにベルさんが真顔で対応しております。お前がデート気分かよ! 仕事忘れんなよ!
「ダブルデートですね」
セレアが謎の言葉を言います。
「なにそれ」
「カップルが二組、一緒にデートして街で遊ぶんです。ゲームのイベントにもありました。ライバルキャラや攻略キャラの前でイチャイチャしなきゃいけないから、かならず誰かの好感度が下がるので、胃が痛いイベントでしたけど」
設定が細かいなあそのゲーム……。
教会を見上げます。百人ぐらいが入れるでしょうか。小さいです。
「私たちの領地にある教会もこれぐらいの大きさですよ」
「こっちは市内の教会だからね。僕らが結婚式をあげるのは城の敷地内にある大聖堂になるかな」
「なんだか大げさで怖いですねそれ……。私は結婚式挙げるならこんな普通の教会であげたいな。領内で結婚式があると、家族や友達が集まって、お祝いしてました。あんなふうにやるほうが幸せそうに見えて、うらやましかったです」
「そうだね……。それもいいな」
入り口でみんなを出迎えていた神父様が僕らの顔を見てびっくりします。
僕は口の前に指を一本立てて、しっとジェスチャーします。
わかった、というふうに目配せして、神父様が他の信者のみなさんと同じように礼をして、通してくれました。
シスターがオルガンを弾いて、みんなで讃美歌を歌います。
そして、聖書の一文から女神ラナテス様の教えを説いてくれます。
お話が上手な神父様で、難しい言葉を使わずに、平民向けに易しい説法になりました。
シュリーガン、寝るのやめようよ。
セレアに銀貨を一枚渡し、二人でお布施を払ってから教会を出ました。
「すてきな教会でしたね」
「女の子ってどうしてみんな教会好きなのかなあ。僕は神父様にアレをしたらダメだコレをしたらダメだって、文句ばっかり言われてるみたいであんまり好きじゃなくて。別に神様信じてないわけじゃないし、おっしゃることはもっともだと思うけど」
「だってステンドグラスもキラキラしててきれいですし、神秘的ですし」
女神教会なせいですかね。なんか造りが女の子っぽいんだよなあ教会って。男の僕から見たら違和感ありますね。なんていうかこう、「お花畑」で……。
「さーてこれでお役目は終わったわけで、次はどこにいきますかね?」
お前すごいなシュリーガン。ずっと寝てたくせによくそんなこと言えるな。
「お芝居が観たいかな。どう? セレア」
「はい、賛成です!」
そういうことはさっぱりなシュリーガンがベルさんを見ますね。
「今なんかやってますかねベルさん」
「グローブ座で『ハムレッツ』やっていますね。人気ですよ」
「じゃ、それいきますかい!」
最悪です。
ドロドロです。なんですかこのお話。
暗殺された父王のかたきを王子ハムレッツが「討とうか討たないか」を悩みまくるってお話です。王様を殺した暗殺犯はハムレッツの叔父で、王様の亡霊が我が子ハムレッツにかたきを討てって化けて出て言うんですけど、ハムレッツの母、つまり父王の妻が新王となった叔父と再婚してしまってるんで、仇が討てなくなるんですよね。
最悪中の最悪なのが、王子が、気がふれたふりをして恋人のオフィーリスに「尼寺へ行け!」と一方的に別れを突き付けるシーンですね。あとで王子に自分の父をも殺され、オフィーリスは気がふれて、川に落ちて溺死してしまいます。
結局王子も、オフィーリスの兄と決闘する羽目になり、最後は父王の暗殺犯である王の叔父も、王妃である母も、ハムレッツも、全員死んでしまいます。どういう話ですか。
バッドエンドもいいとこです。救いが一つもありません。なんでこんなお芝居が人気なんですか。
劇中の「生きるべきか、死ぬべきか」ってセリフ、市内では流行語にもなってるみたいです。こんな劇、上演禁止にすべきかもしれません。王家としてはそれをやったらダメなんでしょうけど……。器が小さい王として、市民にバカにされてしまいますから。
まずいです、これ。
セレアがやってたゲームのバッドエンドと似ています。
婚約者の王子に断罪され追放され、最後は死んでしまう悪役令嬢そのまんまです。恋人であるオフィーリスには何一つ非がないところがなおさらひどいです。
なんでこの劇選んだベルさん。
「で、最後どうなったんス?」
「みんな死んだよ……」
また寝てたのかシュリーガン、お前なにしに来てんだよ。
セレア、真っ青です。ひとっことも口をきいてくれません。
「申し訳ありませんでしたお嬢様。もうすこしマシな劇かと思ってました……」
ベルさんが謝りますけど、仕方がないかもしれません。レストランで食事しても、雑貨店で買い物しても、心ここにあらずって感じです。
これはなんとか、ばんかいしないといけませんね。
「ここに入るよシュリーガン!」
「へ?」
宝石店です。僕がセレアの手を引っ張って入り、続いて、ベルさんと、シュリーガンが入店します。
シュリーガンが入ると、店内の空気がさっと凍りましたね。まるで宝石強盗犯が入ってきたみたいな緊張感がただよいます。顔が怖いといろいろ不便ですねえ。
きらきらした宝飾品がたくさん並ぶお店の中で、ショーケースの中を見て回ります。僕はその中から、一つのコーナーに向かいます。
いいですね、これにしましょうか。
「このペアリング見せてください」
店員さんが笑いますね。
「坊ちゃん、これ、結婚指輪ですよ? 彼女にプレゼントするにゃあちょっと早くないですかね」
まだ十歳の僕たちを見て大げさに眉毛をへの字にしますね。
「いいんです。僕たち婚約してますから」
「ませてますなあ近頃の子供は……貴族や王子様じゃああるまいし。そんな客はこんな安っぽい店、来やしませんがね。いえ、お客様となれば話は別です。そちらの方はこの子らの保護者で?」
「はい、まあ」
「そうです」
シュリーガンとベルさんが返事します。
「ちと気が早すぎやしませんかね。こっちは商売ですから、もちろん買っていただければありがたいですが、この子らみたいなちっちゃいサイズのはありませんよ」
「かまいません」
僕がそう言うと、それでも店員さんが、金のペアリングを出してくれます。
大きいほうを僕がはめてみますが、ぶかぶかです。
「セレア、左手出して」
おずおずと差し出されたセレアの指に、ちいさいほうのリングをはめてみますが、やっぱりぶかぶかです。
「これ、チェーン通してペンダントにして下さい」
「いいけど、金貨二枚ですよ」
「どうぞ」
僕はポケットから金貨を出して、カウンターに乗せます。
「……いやびっくり。よく貯金したねえ坊ちゃん! そういうことならお兄さん、ちゃんと仕事するよ。待ってな」
そう言って、適当な銀のチェーンにリングを通してくれました。
「受け取って」
リングを通したネックレスを、セレアの首にかけてあげます。
僕も、リングを自分で首に付けます。
セレア、ぽろぽろ涙を流して、僕に抱き着いてくれました。
店にいた店員さん、お客さんたちまでもが、歓声を上げて拍手してます。なんかはずかしいです。
次回「10.シャル・ウィ・ダンス」




