閑話「トリケラトプスくん」紙芝居(+書籍化表紙帯付き)
書籍版の表紙、それに帯まで、正式に公開可になりました。
皆様へのお礼と、ニュース報告を兼ねて、没展開を公開いたします。
「みんなは化石って知ってるー?」
「かせき?」
「あ、知ってる知ってる! 貝とか魚とかが岩にはさまって骨だけ残るやつ!」
「大昔の生き物のほねがのこるんだよー!」
「そう、大昔に住んでいた地球の生き物。それが死んだあと、上に土や泥がたまり、長い時間をかけて、その骨や貝殻のあった場所に少しずつ石の成分がしみだして、骨の代わりに固まってできたのが化石。化石にはいろんな状態のものがあるけど、ほとんどの化石は、この石に代わっているものが多いんです。もしみんなが古い地層を掘り出して、石を割って貝殻や魚の骨が見つかったとしたら、そこがむかしむかしのおおむかし、海の底だったってことになります」
「へー」
「なんで海の底が陸地になってるの?」
「この地球は生きています。大陸は何百万年もかけて少しずつ動いています。だから海の底だった場所が盛り上がって陸地になったり、逆に海に沈んだり、ながーいながーい時間をかけて、この世界は少しずつ形が変わっているんです」
「ひゃあ……」
「この化石には、ときどき、とんでもなく大きな骨が見つかることがあります。人間の何倍も大きな化石、それは『恐竜』って言って、おおむかし、何千万年も前に生きていた巨大な怪獣たち、今日はそんな恐竜のお話でーす! はじまり、始まり―――!」
「わ――――! ぱちぱちぱちぱち!」
「今から六千五百万年前、恐竜のお母さんがたまごを生みました。新しい命の誕生です。それは大きな恐竜の群れの中で、一緒に暮らしていた恐竜たちの群生地の中、土を掘り返した巣穴に並べて置かれ、恐竜のお母さんは、ずっと巣穴を離れず、卵がかえるのを待っていました……」
「あたためたりしないの?」
「にわとりは自分の卵をあたためたりしてるよね」
「この時の地球はとても暖かくて、その必要はなかったみたい。でも、卵を産んだまま放っておくわけにはいかなくて、恐竜のお母さんはずーと自分の産んだ卵を見張っていました」
「なんで?」
「この世界には同じ恐竜の、卵どろぼうがいたからです。ずっと小さな体で、すばしこく、卵を盗んで食べる恐竜がたくさんいました。だからおかあさんは卵を見張らなくちゃいけなかったの。でも時々はお母さんだって食べ物を食べなきゃいけないから、巣を離れる時もある。そんなときに卵は犬ぐらいの大きさの小さい恐竜にこっそり盗まれてしまい、十個あった卵は半分になってしまいました……」
「うわあ……」
「そして、卵がかえる日がやってきました。直径20cmの殻を内側からコツコツと砕いて、出てきた恐竜の赤ちゃん。それが今日の主役、トリケラトプスくんです!」
「わ――――!」
「たまごたちはいっせいにかえります。そうして生まれたトリケラトプスくんの兄弟たちは、おかあさんが口の中で砕いて、胃の中で消化しかけた植物を吐き出したものを口移しで食べさせてもらい、ずんずんと大きくなりました」
「おっぱいじゃないんだ」
「うん、お母さんのおっぱいで育つのは哺乳類って言って、恐竜とは違う動物だから。恐竜は爬虫類。トカゲやカメやワニやヘビの祖先になります。植物を食べる動物の多くは、植物を分解して栄養にするのに、バクテリアなどの微生物の力を借りています。生まれたばかりの恐竜の赤ちゃんは、おなかにそのバクテリアがいませんので、こうしておかあさんが吐き出した未消化の植物を与えられて、その消化能力をわけてもらっていたかもしれません。そういう動物は今の地球にもたくさんいます」
「へー」
「もしかしたら未消化のうんちを食べさせられていた恐竜もいたかも」
「うえー……」
「ぎゃあああああ」
「……人間は、そういうこと、しないよね?」
「俺たち人間に生まれてよかったなあ……」
「こうして大きくなってきたトリケラトプスくんは、草や木の葉を食べながら、群れの中で兄弟たちと一緒に暮らしていました。この世界にはこうした草食の恐竜たちがいっぱいいる一方で、その草食獣を襲って食べる肉食竜がいますから、群れで親たちが子供を守っていたんです」
「肉食って、キツネとかオオカミとか?」
「キツネもオオカミもニワトリの天敵よね。この恐竜の世界は弱肉強食、弱いものはすぐに食べられてしまいます。大人の恐竜を襲う生き物は多くないけど、それでも小さいまだ子供の恐竜は自分より大きい肉食竜にもいつも狙われていました。中でもおそろしいのはヴェロキラプトル」
「ぺ……ぺろき?」
「大きさは大きな犬ぐらい、二本足で素早く走り、手や足には鋭い刃物のような爪があり、怖いのは知能が高く集団で狩りをすること。ヴェロキラプトルたちはお母さん恐竜たちがいっぱいいる群生地にも恐れず忍び込んで、一匹がお母さん恐竜を襲って気を引いている間に、まだ赤ちゃんのトリケラトプスくんたちの兄弟や仲間をくわえて、走って逃げてしまいました……」
「ひどい!」
「ひどいけど、それが自然。トリケラトプスくんの兄弟はまた数を減らしてしまい、十個もあった卵の生き残りは三匹に……」
「うわあ……」
「今の世界の野生動物も同じ。肉食動物だって弱いものはエサが取れずに餓死してしまう。みんながよく知っているキツネだって、生まれてから独り立ちして大人になれるのは百匹中、たった七匹。生き残れるのは7%しかいないんです」
「たったそれだけ……」
「でもトリケラトプスくんが生き残るためには、もっと大きな敵とも闘わなければなりません。そのためにトリケラトプスくんは、毎日ご飯の草や木の葉をいっぱい食べて、仲間たちと走り回って体を鍛え、どんどん大きくなっていきます」
「大きな敵って……?」
「ぺろきの群れとか?」
「……そんなものより、ずっと大きくて、恐ろしい生き物……。そんな生き物が、この世界にはいました。それがこの世界に君臨する暴君竜、魔王ティラノサウルスです!」
「ぎゃああああああ!」
「全長12メートル、体重6トン! 大きな二本足でどすどす歩き、その巨大な頭は強力な筋肉でおおわれ、顎でかみつく力は自分の体重に匹敵する! これに襲われたら、どんな恐竜もやられてしまいます! だからトリケラトプスくんは集団で生活し、その身を守っていたのです」
「うわあ……」
「こわい……」
「手がちっちゃい……」
「……でもなんかカッコいい」
「男の子ってなんでかみんなティラノサウルス大好きよね……。私はあんまり好きじゃないなあ」
「ねーちゃんは男心がわかってないよ……」
「いいよそんなのわかんなくても。そうして穏やかに草を食べてのんびり生活していたトリケラトプスくんたちの群れが、とうとうティラノサウルスに見つかってしまいました!」
「うわああああ!」
「にげろおおおお――――!」
「夜、草原で眠るトリケラトプスくんの群れに、足音を忍ばせてやってくるティラノサウルス、気が付いたときはもうすぐそこにティラノが迫ってきていて、トリケラトプスくんの兄弟がかじられてしまいました!」
「きゃ――――!」
「弱点である首筋を噛まれて、悲鳴を上げてあばれるトリケラトプスくんの兄弟。でもトリケラトプスくんはなすすべもなく、そこから逃げるしかありませんでした」
「うう……」
「ティラノサウルスは食べるためにトリケラトプスくんたちを襲います。一匹食べれば、ほかのトリケラトプスたちまでは襲いません。トリケラトプスくんたちは、兄弟の一人を犠牲にして、なんとか無事に逃げることができました。ほかの兄弟たちが食べられることがあっても、自分は逃げられるかもしれない。だから、昔、草食の恐竜たちはこうして、群れを作って生活していたと考えられます。群れで化石になっているところを発見された例がありました。これは今の動物たちでも、群れを作って生きる動物に共通した生存戦略ですね」
「……でもくやしいなあ」
「食べられるだけなんて、ひどくない?」
「……そう、トリケラトプスくんだって、食べられるだけじゃない! そして、トリケラトプスくんは、成長するにしたがって、ティラノサウルスに食べられないように、その姿を変えていきました。弱点である首筋を守るように盾を伸ばし、鼻先と、そして頭の上には鋭い、強力な二本の角を生やしたのです! その角の長さはなんと1メートル!」
「うわーかっこいい!」
「すごーい!」
「体も大きくなって、その全長は9メートル、体重だって5トンを超えました! もうティラノサウルスにだって負けません!」
「ひゃ――――」
「これはトリケラトプスくん一人でできるようになったわけじゃないの。何万年も、何百万年もかけて、トリケラトプスくんが生まれては成長し、食べられては逃げだし、そうしてこんなふうに強力な武器になるものを備えた子孫が生き残ることで、獲得した進化なの」
「しんか?」
「そう、進化。この世界に生き物を作ったのは神様だけど、そのすべての生き物が神様が作ったそのままの姿で今でも残っているわけじゃありません。恐竜たちだって、生き残ろうとして、必死に自分を変えようとしていたのです。こうして、競争して、戦って、勝ち残って、生き残った者だけが、その有利な姿を少しずつより強いものにして、子孫に残すことができたんです」
「きびし―……」
「やがてトリケラトプスくんたちは、こんなりっぱな盾、強力な角を備えて、大きな群れを作って暮らすようになりました。いつティラノサウルスが襲ってきても大丈夫なように。そして、そんなトリケラトプスくんの群れに、また魔王ティラノサウルスが襲ってきました!」
「うわあ」
「でも、今度はトリケラトプスくんたちは逃げませんでした! 自分たちの仲間や子供を守って、円陣を組み、その大きな角と盾を振り回してティラノサウルスをにらみつけ、そばに寄ってきたティラノサウルスにその角を突き立てたのです!」
「うお――――!」
「やったぜ――――!」
「痛い目にあわされたティラノサウルスは、今度はあきらめて、すごすごと引き返すしかできませんでした。ついにトリケラトプスくんは、その進化の力と、仲間たちの協力で、この世界の魔王、ティラノサウルスを追い払うことができたんです!」
「わ――――! ぱちぱちぱちぱち」
「こうしてティラノサウルスにも負けない力を得たトリケラトプスくんでしたが、もっと巨大な敵が、彼らを襲うことになります……」
「敵って?」
「もっと大きな恐竜がいるの?」
「トリケラトプスくんの最大の敵、それは宇宙。今から六千五百万年前、遠い遠い宇宙から、軌道を外れた小惑星が地球に接近しつつありました。その直径は10kmを超え、地球の引力に引かれ、地球に落ちてきたのです!」
「わああああ!」
「ものすごい音を立てて大気を切り裂き、地球の大気圏をものともせずに突入してきたその隕石は、ユカタン半島、今のメキシコ湾に燃えながら落下しました。それを見上げたトリケラトプスくんは、何が起こったかまったくわかりませんでした」
「こ、こわい……」
「ひゃああああ……」
「落ちた隕石は、大爆発を起こしました。地面が揺れ、爆風でなにもかもが吹き飛び、巨大な津波は地球を何周もして地上のあらゆるものを洗い流し、爆炎を巻き上げ、森も、林も、ジャングルも、みんな燃え上がってしまいました。巻き上げられた土砂と火災の煙は何年も地球を覆いつくし、太陽の光を遮り、そして、冬の時代がやってきました……。地上のなにもかもが凍り付き、地球は氷河期になってしまったんです」
「……」
「植物はすべて枯れ、食べられるものがなくなってしまったトリケラトプスくんは飢えて死んでしまいました。もちろん、トリケラトプスくんたちを食べていたティラノサウルスもエサがなくなり、この時恐竜たちはみんな絶滅してしまって、すべて化石になっちゃったんです」
「……ひどい」
「今でも世界中に残るドラゴンや竜の伝説、それは、昔の人が、地層が崩れたところからたまたまこんなトリケラトプスくんや、ティラノサウルスの大きな骨の化石を見つけて、そんな大きな怪物がいるって考えたからじゃないかな……。そんな巨大な恐竜たちは、とっくに絶滅してしまって、いなくなってしまっているのに……」
「……竜もドラゴンもいないんだ……」
「でも、この氷河期を生き残った動物たちもいました。それが私たちの祖先、哺乳類。卵をあたためなくても、おなかの中で赤ちゃんを育てることができた、ちいさなちいさな哺乳類は、その後もわずかな食糧だけで生き延び、進化して、やがて人間になることができました。もしこの隕石が落ちていなかったら、まだこの世界は恐竜だらけで、人間が一人もいない世界だったかもしれません」
「……」
「巨大な体を持った最強のティラノサウルスも、それと闘うために進化して強くなったトリケラトプスくんも、自然と宇宙にはかなわなかったんです。でも、そうして恐竜が滅び、新しい時代が始まり、人類が生まれることができました。この地球は、ずーっとそうやって、進化と絶滅を繰り返し、今の姿になったんです。それはものすごい偶然で、奇跡のような幸運に恵まれて、今の私たちはこの地球に生きています。みんなもそのことを忘れずに、数十億年の年月をずっとつないできた自分たちの命を、今生きることができる幸せをかみしめて、これからも命を大切にしてくださいね!」
「……」
「………」
「…………」
「トリケラトプスくんの物語はこれで終わりです。みんな、最後まで聞いてくれてありがとう――――!」
「ありがとうじゃねーよセレアねーちゃん!」
「微妙過ぎるよその話!」
「夢も希望もないですよね――――!」
「いい話ふうにしてんじゃねーよ」
「救いがないって!」
「もうちょっとこう、なんとかハッピーエンドにできなかった?」
「子供にする話かよ!」
「ええええええええ――――!?」
―ボツになった閑話集 その1 END―
※ヴェロキラプトルはコヨーテ大の大きさの比較的小型の肉食獣。実はトリケラトプスと生息時代も生息地もかぶらない。映画「ジュラシックパーク」に登場する人間大のヴェロキラプトルは現在では「ディノニクス」という別種であると考えられている。