●ボツになった展開集、その2(+書籍版イラスト)
お待たせしました。書籍化、すでに一迅社様より各書店、通販ネットで予約受付中です。ご支持いただいたなろう読者の皆様にお礼を込めて「ボツになった展開集、第二弾」を公開です!
「セレア・コレット公爵令嬢! 君に聞きたいことがある!」
突然、学生がひしめく食堂で呼び止められたセレアは振り向いた。そこにはフローラ学園の生徒なら知らぬ者がない生徒会メンバーが並んでいた……。
生徒会長であり、この国の第一王子、シン・ミッドランド。副会長を務める侯爵長男であるフリード・ブラック。書記のハーティス・ケプラー伯爵三男。それに会計を務める男爵令嬢のリンス・ブローバー嬢だ。
なぜか一緒にいる演劇部部長のピカール・バルジャン伯爵長男と、剣術部部長の近衛騎士隊長子息、パウエル・ハーガンまでこちらを睨みつけている。
セレアは、いつか見たゲームの断罪場面みたいだなと思った。そう、セレアは転生者だったのだ。しかしおかしい。このイベントは卒業式後の、卒業パーティーで起こるはずだ。なにもこんな三年生になったばかりの昼休みの食堂で起こるようなイベントではない。
その証拠に、ゲームだったらこの断罪イベントに加わるはずの旧友、子爵子息、ジャックシュリート・ワイルズは我関せずと言った感じで、テーブル席で婚約者のシルファにあーんしてもらっている。あいかわらず目障りなバカップルである。
「聞きたいこととは何でしょう?」
もうすぐ自分が注文する順番なのに、セレアは早く話を終わらせてしまいたかった。
「君が学園内で、数々のいじめを行っているというウワサの真相をはっきりさせたい」
何を言っているのかこの王子はと思う。セレアにはそんなこと、思い当たる節はまったくなかった。
「私、そんな覚えありませんわ?」
「ウソをつくな! リンスの背中にコレを貼り付けたのは君だろう!?」
そうしてシンが取り出した、一度くしゃくしゃに丸めてから広げたような紙には『私は元平民です』と書かれてあった。
「誤解ですシン様。それは私じゃありません!」
「本当かい?」
「それは私の字じゃないでしょう? シン様ならそれがわかるはずです」
「えっそうなの?」
改めてシンが紙を見る。
「うーん、よく見ると確かに君の字じゃないね」
「でしょう?」
「でも君のサインが入ってるよ?」
セレアはあきれた。
「そんな嫌がらせをするのにわざわざ自分の名前をサインする人がいますかっ!」
「そりゃそうですよシン君……。それはさすがに偽造でしょ」
インテリ担当の書記、ハーティス・ケプラーがシンとセレアの間でおろおろする。
「じゃあこっちは?」
シンがもう一枚の紙を広げてセレアに見せる。そこには「私を蹴って」と書いてあった。
「それは私が書きました」
「君かあああああああ――――!」
シンが絶叫した。
「僕、このせいで朝から昼休みまでずーっと会う人会う人全員に尻を蹴られたんですけど――――っ!」
「王子たる者がそんないたずらに気が付かないで、背中に張り付けられたままにしておくなど油断が過ぎますわ。ご自身の不徳でしょう」
「なんで王子の僕をみんなためらいなく蹴ることができるの……」
「私のサインが入っていますもの。婚約者の許可が出ているとみんな思います」
「……俺もそう思った」とフリード。
「……ぼくもそう思ったね」とピカール。
「……俺はこれもいい機会かと思って」とパウエル。
「……私もいいのかなーって思いながら」とリンス嬢。
「……僕はやってませんよ」とさすがにこれはハーティスが否定する。
「僕なんでそんなに人望無いの……」
会長のシンがガックリである。
「逆ですよシン様。それだけシン様がみなさんに慕われているということですから、誇っていいことです」
「尻を蹴られて誇りに思う人なんていないでしょ……」
傷心のシンがそれとは別に、今度は教科書を一冊取り出した。
「じゃあ、この歴史の教科書をビリビリに破いたのは!?」
「私です」
ふんぞりかえってえっへんとするセレアにシンが絶叫した。
「なんで僕の教科書にそんなことすんの――――!」
「シン様が教科書を忘れた時、リンスさんに教科書をお借りしましたよね」
「うん借りた。だってその日歴史の授業があるのリンスさんのクラスだけだったから」
シンは頷きながらも、その意図が読めずに戸惑った。
「その時シン様、パラパラマンガめくって授業中笑ってたし、それだけならともかく、その日からずーっと、自分の教科書にもマネして授業そっちのけで描いてたじゃないですか! 私はシン様に真面目に授業を受けてもらいたかっただけです」
「なんてひどい。十手術双角奥義『刀折り』がもうちょっとで完成するところだったのに……」
シンは心から落胆した。
「あんな棒人間が枝振り回しているだけの絵で何が伝承できるんですか」
「僕の画力についての批評はやめて。僕歴史の勉強できなくなっちゃったよ」
「『この国の歴史なんて嫌と言うほどもう頭に入ってるよ』って自慢してたのは誰ですか。だからって授業を不真面目に受けていいわけじゃありません!」
「だからって……。いろいろヒドイ……」
シンの落胆ぶりは生徒会メンバーも気の毒に思うほどだった。
「じゃあついでに聞くけど、ダンスの練習着を破ったのは?」
「それも私です」
「君か――――っ!!」
シン王子、これは激怒である。
「僕ダンスの練習中、お尻が破れてるのに誰も教えてくれなくて、女生徒みんなにパンツ見られちゃったよ! なんでそんなことすんの――――!」
これも腰に手を当て、ふんぞり返ってセレアが答える。
「例え王子であろうとも、間違いあれば諫言することができる者が周りにいるかどうか、未来の国王としてシン様はそれを見極める目を養わなければなりません。そのためです!」
「あのねえ、ダンス教室で女生徒が『王子様ズボン破れてますよ』って、指摘できると思う?」
「できないな」とフリード。
「いやそれはちょっと‥‥‥」とハーティス。
「ぼくならちゅうちょなく指摘したね」と言うピカールはつくづく空気が読めない。
「なにそれ私も見たかったんですけど」と、リンスは論点がズレている。
「縦じまの柄パンでした」
ドヤ顔のセレアにシンが「言わんでいい――――!」とツッコむ。
「リンスさんのお菓子に毒を盛ったのは!?」
「毒じゃありません。ワサビです」
「なんでそんなことすんの――――! 生徒会一同口が腫れたよ!」
「王子たる者、毒見無しで外食するべからず! 買い食いつまみ食いは禁止です! それをシン様が守らないからです!」
「セレア様、やることがいちいちヒドイ。しかもみみっちい……。私への風評被害どうしてくれるんですか」
これにはさすがにリンスがあきれた。
「……もしかして二階から僕に水をかけたのも君か!」
「誤解ですわシン様、あれは掃除を終わってバケツの水を捨てただけです。あんなところリンスさんと一緒に歩いてるシン様が悪いんですよ。たまたまです」
「ひどい……」
「セレアさん……」
「セレアくん……」
「セレア嬢……」
「セレアさんてば……」
「あんたなあ……」
これにはハーティスもピカールもフリードもリンスもパウエルもあきれてしまった。
「……ねえセレア、なんで僕をいじめるの? そんなに僕の事嫌いなの?」
もう涙目のシンが言う。
「いじめてなんかいませんわ。大好きです。私の愛する旦那様」
「だったらなんでこんなことすんの?」
再びえっへんとセレアがふんぞり返る。
「夫が浮気したら妻がおしおきするのは当然ですから!」
シンが崩れ落ちてガックリと床に手を突く。
「僕、浮気なんてしてないよ?」
「いつもリンスさんとイチャイチャしてたじゃないですかっ!」
「してない! してないって! あれは生徒会の仕事で一緒にいただけ! 僕はリンスさんのことなんかなんとも思ってないってば!」
これにはリンスがガックリである。シンに続いて床に手を突いて崩れ落ちた。
「僕が愛しているのはセレア、君だけだよ! 僕は浮気なんてしないよ!」
「本当ですか?」
「誓う! 誓って言うから! 僕は自分の妻に後ろ暗いことなんて何にもないって!」
「だったらもっとちゃんとしてください! 王子として誤解されたり、威厳をおとしめたりしないように!」
「その誤解も威厳が無くなるのも、全部君のせいのような……」
そんなぎゃーぎゃー言い合う二人を見てリンスが不思議そうな顔をする。
「ねえ、お二人、妻と夫って、まだ婚約者でしょうに……」
それを聞いてハーティスが笑い出す。
「リンスさん、知りませんでした? 二人、もう結婚してるんですよ」
「えええええええ――――!?」
これにはリンス嬢も驚愕である。ピカールも面白そうに頷く。
「十歳の時に、二人で教会で結婚式を挙げたんだってさ」
信じられないというように、リンスが目を見開く。
「……そういうことだ。この二人がやってるのはただの夫婦喧嘩。犬が食うようなことじゃない。真面目にかかわってるとこっちがバカを見る。だから最初からほうっておけって言ったんだ……」
フリードが時間を無駄にしたとばかりに、食堂の列に並んだ。
「結婚……。十歳で結婚……」
初耳だったのか、なぜか羨ましそうなパウエルであった。
「またやってるよ……。どうにかならんかねアレ」
スパゲティを平らげて、テーブル席でジャックが肩をすくめた。
「ケンカするほど仲がいいとも言いますわ」とシルファは気にもしない。
「じゃあケンカしたことも無い俺らは仲が悪いと」
ガタッ!
「いってえ!」
テーブルの下で足を蹴られて、ジャックが痛そうに顔をしかめた。
―僕は婚約破棄なんてしませんからね ボツになった展開集その2 END―