●ボツになった展開集、その1
いつも作品をご覧いただきありがとうございます。
おかげさまで一迅社様より書籍化されることが決まりまして準備中です。皆様が入れてくれたポイントのおかげです。書籍化されるまでまだ数か月ありますので、その間宣伝を兼ね、ご支持いただいた読者様へのサービスに「これは書籍に入れられそうにないわ」というやめときゃよかったボツ展開を公開! 第一弾!
「兄上、味方はもういない。セレア嬢のことはもうあきらめて継承権の放棄を宣言するんだな」
大臣たちは誰も味方になってくれない。友人たちもかかわりを恐れて何も言わない。投げつけられる王位継承権二位の弟のレンの言葉に、シンはまさかこんなことになるとはと驚かざるを得なかった。密かにシンを廃嫡すべく、動いていたビストリウス家の力がこんな卒業パーティーの場で明らかになるなんて、全く予測が付かなかった。
ビストリウス家の長女ミレーヌ嬢、レンの婚約者として取り入ったのはこのためだったのかと今なら思う。
「え? え? え? どういうこと?」
一番の当事者であるはずのリンスが、どういうことかわからずに戸惑っている。そのリンスをそっと押しのけ、ビストリウス公爵家からブラック侯爵家に養子に入っていたミレーヌの実の兄、フリード・ブラックがクールな表情を崩さず歩み寄ってシンにささやく。
「やりすぎたんだよお前は。優秀なところを得意げに見せすぎた。調子に乗りすぎだな……。そんなやつは潰されるとは思わなかったのか?」
その後ろには、やり手で知られるラロード・ビストリウス公爵がいる。生徒会長だったエレーナ・ストラーディス(旧姓)嬢の夫であり、フリードの実兄である。
「在学中、私のエレーナをいじめてくださったことは別に良いのです。殿下の本質が知れましたからな。問題は貴族を貴族と思わぬその傲岸不遜な振る舞いにあります。学園内では身分差別なしというのは、学生のうちに学べと言う単なる建前。そこは守らなければならない一線というものがあるのですよ殿下。貴族、王族の沽券をおとしめる一連の学園内でのふるまい、貴族として断じて許されるものではないのです。おわかりですか?」
それは違うとシンは思う。
「国王陛下の意図はそうではありません。学生のうちに多くの子息子女と身分の垣根を取り払い、真の友人を作れとのご意向が……」
「それが間違っているのです。学生のうちに多くの者の本質を見抜き、味方になる者、敵になる者、有能な者、無能な者を見極める場がこの学園というものです。殿下はそこを勘違いなさっていらっしゃる。試されていたのは殿下も同じです」
そういうことかと、シンはすべて悟った。
ここはセレアの言うゲームの世界。そのことにこだわりすぎたのだ……。
ゲーム通りのことが実際に起こる。そのため、ゲームイベントにばかりかまけて、それとは別に進行している現実を軽んじていた。自分の足元を固めることをおろそかにしていたのだ。公務の実績を上げるだけでは足りなかった。貴族たちの支持基盤を固めることも必要だったのだ。
ゲームシステムに反逆したシンたちへの、これが罰なのか。
「なるほどねえ、担ぎ上げる神輿は軽い方がいいと」
次期国王になるであろうレンのことである。軽いというのはもちろん頭の中身のことだ。
「その発言、レン殿下に対する不敬とみなしてよろしいですかな?」
大臣の一人が咎める。国民のため、学園のために働いてきたこと。それが全て、貴族や大臣たちには目障りでしか無かったのか。既得権益を壊し、身分制度を危うくする、そんな進歩的な考えが邪魔でしかたなかったのか。自分を廃嫡すべく、全て仕組まれていたのか。国政の主導権は既に大臣たちと、ビストリウス公爵家、エレーナ様のストラーディス公爵家一派に握られていたということか……。
「証拠はそろっている。これ以上とぼけることも、セレア嬢をかばうことも、もう兄上にはできない。兄上に言い寄るリンス嬢に王妃の座を脅かされ、嫉妬を募らせ、数々の嫌がらせをしたセレア嬢、そのセレア嬢をかばうためいつも後始末をしていた兄上。まぎれもなき共犯だ」
「レンのいうことはすべて伝聞だよ。証拠にはなり得ない」
「そうよ! 私は殿下やセレア様にいじめられてなどいません! それどころか殿下はいつも私を守って……」
前に進み出て叫ぶリンスをレンがにらみつける。
「誰が発言を許した! 衛兵、この不敬者を放り出せ!」
たちまち取り押さえられ、連行されていくリンス。
会場は凍ったように空気が冷たくなった。今まで学園内で、決して王子という権力を振るうことなく、誰にでも優しく公平だったシン。だがそれは人気は集められていても、王家の権威を高めるものでは決してなかった。王家はいつだって牙を隠している。逆らう者を排除すべくその権力を行使することをいとわない。その本性を、今更ながら、全員が思いだしていた。
「……いじめられていたという当事者のリンス嬢の証言も聞かず、放り出してしまうのかい。そんなに都合悪かったかいレン?」
「とっくにシナリオはできているのでね。さ、兄上。王位継承権の放棄をこの場で宣言してもらおう。当然セレア嬢との婚約も解消だ。コレット家だって兄上と心中する気などさらさらないだろうさ。巻き込みたくなかったら今のうちに……」
「私はシン様と離れることはありません。どんな運命だろうと共に受け入れる覚悟はできています。処罰なさるのでしたら、シン様と共に御存分にどうぞ」
セレアがシンの腕を抱いて離さない。
「残念ですよセレア。あなたを姉上と呼べなくなるのは」
レンがニヤリと笑う。その傍らには婚約者のミレーヌ・ビストリウス嬢がいる。
「殿下、こうなってしまってはセレア様との婚約はもう無理ですぞ。あきらめなされ」
「学園内で気に食わぬからとお二人で下級貴族をいじめていたなどと言う醜聞、今更取り繕うことなどできませぬ。コレット家ともども落ちぶれる覚悟はございますかな?」
「今ならまだ廃嫡程度で済みましょう。罪を認めて縁を切りなされ」
……なるほど。第二王子派にしてみれば、シンの後ろ盾になるセレアのコレット公爵家は目の上のタンコブ、今のうちに排除してしまおうということかとシンは思う。
ふうっとため息をついて、シンは上着の内ポケットから封筒を取り出した。
「みなさんは僕とセレアとの婚約をなかったことにできませんよ?」
「できますな。婚約はただの約束、国王陛下がお認めになるだけでよいのです。殿下の権限の及ぶところじゃございません」
法務大臣までニヤリとしている。
「無理ですね」
シンが封筒を破いて、中の書面を取り出した。
「何故なら、僕たちはもう結婚しているからです」
シンがみんなに見せたのは、教会発行の結婚証明書だった。
七年前、まだ十歳だった二人が、城下の市民教会で夜中にこっそり挙げた結婚式。そのときの女神ラナテス様への婚姻の誓いの証明書だった。
「け、結婚しているだと!」
これには、レンも、大臣たちも驚愕したようである。
「司教様!」
シンに呼ばれて、パーティーの来賓として呼ばれていた司教が歩み寄る。
「これが正式な書類だと確認して下さい」
来賓として出席していた司教が、懐からメガネを取り出して書面を見た。
「……市民教会ですが、正式な婚姻証明ですな。七年前の物です。間違いないですな」
会場がざわめく。大臣たちも驚いている。
「し……七年前? 七年前など、まだ二人とも十歳ではありませんか!」
「そのようで」
「そんなのは無効だ! 成人もしていない、王家たる者が市民教会で……」
司教が首を横に振る。
「いいえ、婚姻の誓いは女神様への誓いです。それは大聖堂であろうとも、市民教会であろうとも、その重さに差は全くない。王族であろうと、十歳であろうと、そこに差別は無いのです。これは教会発行の文書として完全に有効です。結婚の誓いは聖なる誓い。女神ラナテス様の名のもとに侵さらざるべき神聖なものです。何者ももうこれを否定できませんな」
司教の言葉に、会場が静まり返る。
「……さて、誰か説明してくれませんかね」
シンは会場を見回した。
「もう結婚している僕らが、いったい誰に嫉妬するというのです? なぜセレアが王太子妃の座を奪われることを恐れるのです? そんな必要、全くないのに」
「……」
レンは反論のしようがなく黙ってしまった。誰か助言をしてくれるものはいないか、周りを見回す。
「僕が王太子か、セレアが王太子妃か、そんなことはどうでもいい。欲しかったらそんな座はくれてやるよレン。僕を支持してくれる人はもういないようだからね。よくそこまで手を回したよ。感心する」
ラロード・ビストリウス公爵が目をそらす。この件の黒幕だろう。
「でもね、セレアがそんなみみっちい嫌がらせをしたとか、そんなことでコレット家を没落させようとか、そんなことは断じてさせない。さあ、理由をつけてごらん。ここにいる全員が納得できる理由を」
レンが恐ろしい顔をしてシンを睨みつけた。
「……今、王太子の座なんてくれてやるって言ったな?」
「言った」
「それは王位継承権の放棄とみなしていいか?」
「いいよ」
シンはちょっと肩をすくめて、セレアの手を握った。
「今回の件で誰にも処罰を行わない。もちろん今後一切コレット家にも手を出さない。その条件を飲んでくれるなら、お前の言う通りにするさ」
「……飲もう」
第二王子の返事にビストリウス公爵がちょっと苦い顔をした。この機会にぜひコレット家も潰したかったのだろうが、自分の妹の婚約者であるレンをすんなり王太子にできるのなら、飲んでもいい条件だったからか、それ以上口は出してこなかった。
「さ、いこうセレア。こんな俗物な人たち相手に苦労する必要はもう無いさ」
「……はい、ありがとうございますシン様」
さっさと会場を出ていく二人を、会場の全員が騒然として見送った。
もちろんこのことは大騒ぎになり、パーティーは中止された。
「ってお前ら、なんでここに!」
ジャックがびっくりする。学園を卒業し、追放されたシンとセレアに心を残しながらも、子爵の息子程度ではどうすることもできず、領地に戻り領地経営の真似事を始めたジャックの元にシンとセレアがやってきたのだ。それも平民の格好をして、荷物を背負って。
「北方の田舎貴族、ワイルズ子爵様のご子息に雇ってもらおうと思って」
こともなげにシンが言う。
「雇うって、王子をかよ……」
「もう王子じゃないし、ただの平民だし、それにジャック言ってたじゃない?」
「なにを?」
「お前、雇ってやるよ、いい役人になるだろうから俺の右腕になれって」
「……あー、言った! 言ったなあ! そんな小さい時の話、よく覚えてたなあ……」
ジャックはがりがりと頭を掻く。
「というわけで、シンドラーと、妻のセレアンヌです。採用試験があればぜひ受験したいのですが」
「そんなもんはねーよ。お前、俺が断れないのを百も承知で来やがって」
「断られたら他にいくけど?」
「待て待て待て! そっちの方が大損だわ! まったく……」
あまりにも突然のことで、ジャックは戸惑いを隠せない。
「雇う以上特別扱いはできないぞ? 部下としてコキ使うけどそれでもいいのか?」
「いくら考えてもそうしてくれる奴がジャック以外、いそうにないんで」
「わかった、わかったから、とりあえずオヤジに会ってくれ……」
ジャックの両親の子爵夫妻は、ジャック同様にシンとセレアを心配していたので、驚きながらも温かく歓迎してくれて、ジャックの側近となることを了解してくれた。
こうしてワイルズ子爵領の一角にこぢんまりとした居を構え、シンとセレアは新婚のジャックとシルファ夫妻と共に、子爵領をよりよく発展させるために尽力することになった。
国王陛下はシンの失脚を大いに残念がったが、それが知れた時にはもうシンは行方をくらませており、シンの真意を悟った国王はそれ以上の詮索はしなかった。
あのときシンの断罪に加わったフリード・ブラックは、ワイルズ領と近領であったにも関わらずワイルズ子爵の販売網に取り入ることができずに、なかなか発展できずにいるようである。後に即位することになるレン第二王子の覚えめでたかったにも関わらず、卒業後は手のひらを反すように冷遇されていた。機を見てためらいなく優位な方に着くクール担当というのも、逆に言えば信に足る存在ではなかったということか。
ことの成り行きの真実を知る近衛騎士隊長、ウリエル・ハーガンは義憤によりその職を辞し、無役となった。当然その子息であるパウエルは全てのコネを失い、貴族社会から離れることになり、レン王子からも都合よくやっかい払い扱いされたため、冒険者ギルドで商隊の護衛のような仕事をしている。
卒業パーティーの間、風邪で寝込んでいたハーティス・ケプラー伯爵三男は、シンたちの力になれなかったことを後で詫びたが、「かかわらなくてよかったよ」とシンは気にする様子もない。かねてからの念願通り、今では学院の天文学科で研究を続けている。
ヒロインさんことリンス・ブローバー嬢は、王家の御不興を買ったということで男爵家から縁を切られ、一度は見捨てた実家にも帰り難く、グローブ座で女優をしていてなかなか人気である。
ピカール・バルジャン伯爵長男はなぜか爵位を弟に譲り、自身は貴族籍を離れて自由の身となって、リンスを追いかけるようにグローブ座に入り、人気俳優になった。「真冬の夜の夢」の喜劇が当たり役となり、喜劇俳優としての名声を確固としている。絶世の美男子がコメディをやるのだからそのギャップ萌えに多くのお嬢様たちが夢中になった。素で演じているだけなのかもしれないが、なにが当たり役になるかわからないものである。リンス嬢との結婚も噂されており、意外と純愛な一面があったと言えるかもしれない。
王太子となり、後に国王になったレンの治世は官僚主義的で王の発言権は無いも同然だった。だが、それなりに可もなく不可もなく、幸いに特別腐敗することもなかったので、国力の低下も見られず凡庸ながら大国ハルファのバックアップもあり、その勢力を保った。
一方でジャックのワイルズ領は、その領民の豊かで安定した統治が王国の領地経営の手本とされ、代々語られることになるのはずっと未来の話である……。
「おい! コイツ何とかしてくれよ!」
牛乳を汲んで来たジャックが声をかけたので、シンがバーベキューを焼く手を止めて見ると、まだ幼い女の子が、同じぐらいの年の男の子を泣かせていた。
「あーあーあー……」
セレアが慌てて二人の間に入って止める。
「わたしはわたしよりよわい男の子のつまになんかなりませんからね!」
木の枝を持って仁王立ちにふんぞり返る女の子。
「くそ――――! 今にみてろ、ぜったいお前より強くなってやるんだからな!」
枝を叩き落され、這いつくばって泣き顔の男の子にジャックが声をかける。
「ジャクソン、もうあきらめろ、セレナはお前の手に負える女じゃねえよ……」
これに大変不本意という顔をしてシンがジャクソンを抱き上げる。
「あきらめないでよジャクソンくん。セレナだって成長すればちゃんとおしとやかな子になるからさ……」
そのシンにジャックが首を横に振りながら苦笑いする。
「いや無理だね。そうなる前にジャクソンのキ〇タマが踏みつぶされるわ」
「いくらなんでも領主の息子にそんなこと……しないようによく言っとくから」
セレアが女の子を抱き上げてめってする。
「ダメよセレナ。女の子が男の子をやっつけるなんてやっちゃいけないわ。女の子は男の子を立てて、ほめてあげて、頼りにしてあげないと、好きになってくれないのよ」
それを聞いて、ジャックとシンが振り返ってはっとする。
「……俺たち、騙されてんのか?」
「肉焼けたー?」
そんな二人に、大きなお腹をしたシルファがゆっくり歩いてきて、のんびりと声をかけるのだった……。
―僕は婚約破棄なんてしませんからね ボツになった展開集その1 END―
ご覧いただきありがとうございました。
IF展開というよりNG集ですなあ。こんなエンディングもよかったかというものから、ありえない台無し展開まで、今後も加えていこうと思います。どうぞよろしくお願いします。




