82.婚約破棄宣言
「私も信じませんな」
……びっくりしました。教育大臣出てきました。あなた来賓でしょう?
「私は殿下が幼少の頃より……、わずか十歳かそこらですぞ? そんな時から、孤児院を訪れては孤児たちの面倒を見る殿下、セレア様を見ております。驚愕しましたぞ。赤子を抱いてあやし、ミルクを飲ませ、幼児には匙で粥を食べさせてやる。風呂にさえ一緒に入り、子供たちの体を洗ってやる。一国の王子が、その王子の婚約者たる公爵令嬢がです。それを見て殿下が差別意識を持って男爵令嬢をいじめたなどと、信じるわけにはいきませんな」
いつ見たんです。セレアのお風呂覗いたりしてませんよね大臣? 更迭しちゃいますよ?
「私も信じませんな」
学園長、出てきました。
「学園でシン殿下が気に入らない者がいるのなら、私に言えばよいのです。すぐに退学させますぞ。わざわざいじめたりイヤガラセをして学園から追い出す必要なんてまったくありませんな。あー、レン君」
「な……なんだ?」
学園長、手にメモと万年筆を持って、レンに迫ります。
「その、シン殿下にいじめられていたと言う御令嬢はどなたですかな?」
「うっ……」
「どなたですかな? 名をどうぞ」
「な……」
「レン殿下に虚偽の申告をして誤解を与え、王家たる者を侮辱し、今まさにシン殿下の王位継承権を剥奪することに加担した、その不届き者の女生徒の名前を教えていただけませんかな? 直ちに卒業証書を取り消して差し上げましょう。はて、リン……、なんといいましたかな?」
「学園長、それはさすがに……」
まずいことになりそうなんで、僕がそれは止めます。
「最初からの話だと、彼女、自分でそう言ったわけじゃないみたいです。レンが勝手に勘違いしているようですし、この場は穏便に」
「そうですかな。ではそのように。あー、君は?」
学園長、メモと万年筆を持って今度はパウエル君に向きます。
「あ、いや、俺は……」
「君はなんというのですかな?」
「俺は、その、関係なくて」
ジャックがゲラゲラ笑いますね。
「今更それは無いだろう! 近衛騎士隊長が長男、パウエル・ハーガン!」
「おまっ!」
「パウエル・ハーガン君ですな。武闘会で真剣を振り回し退学処分になりそうになったところを、殿下にお許しをもらってかろうじて停学で済んだにもかかわらず、殿下に逆恨みですかな? 今まさに自分の都合のために殿下が王位に就くことを公然と妨害工作しているパウエル君。追って沙汰しますぞ。では」
全部知ってるじゃないですか学園長! さっきのとぼけっぷりはなんなんです?
学園長、さらさらとメモしてます。
「学園長」
「なんですかな殿下」
「それは勘弁してあげてください……」
「そうですか。ではそのように」
みんなにくすくす笑われて、学園長が下がります。
「こ……この、バカ息子があああああああ!!!!」
うわあ近衛騎士隊長乱入してきました!
物凄い形相で走ってきていきなりパウエルの顎にパンチします!
「ぐへぇえ!」
パウエル、吹っ飛びました!
「なにをやっておるお前は!」
上にのしかかって、パウエルの顔をガンガン殴りつけております!
「た、隊長! 隊長! おやめください!」
衛兵が集まってきて隊長を止めます!
「……隊長! やりすぎです! 卒業パーティーですよ?! 乱暴はやめてください!」
僕が止めると、暴れるのをやめましたね隊長。
「殿下! こ、この度は! 不肖の息子が重ね重ね失礼を!」
僕に頭を床に擦り付けて土下座します。
「それはいいです。とにかくこの場はおさめてください」
「処罰は後でどのようにでも御存分に!」
「それもいいですから、もう帰ってください!」
「はい! めでたいパーティーの場、お騒がせして申し訳ありません!」
まるで死体のようになったパウエルの襟首を引きずって会場から出ていきます。
あの……。血の跡が床に……。うわあ……。
メイドさんが来てモップで拭きながらその後を追いかけます。なんなんです。
唯一の味方がいなくなって、レン、真っ青です。
「シン殿下を廃嫡など、とんでもない。そんなことをしたらこの国においてどれだけの損失になるか計り知れません。私も断固認めませんね」
厚生大臣です。なんでここにいるの? たかが学生の卒業式に?
「シン殿下はその先見性において何者にも代えがたい人物です。この国の医学の発展に大きく貢献してくれています。セレア様と共に御前会議で、これまで何度も、アルコール消毒の有効性、血清治療、あの天然痘の予防接種に新薬のペニシリンまで、その有効性を見出し、国策で支援するよう提言してくれたのです。十一歳の時からずっとですぞ!? 天然痘の予防接種に至っては、そこのセレア様と共に、臨床試験にまで参加していただいて、その安全性を自らの体で保障してくださいました。全てそれ、等しく全国民のためにですぞ。まこと王たる者にふさわしい資質の持ち主と感謝しております」
「私も信じませんね。なんでしたら徹底的に調査しましょう。レン殿下、そのように申し上げた一年生女子、名前を教えていただけませんかな。全員拘束して吐かせますぞ?」
法務大臣、吐かせるって……吐かせるってそれはちょっと。
「いや法務大臣、それはやめてください。これ学園内の、たわいのないうわさにすぎませんから」
あわてて止めます。あなたが出てくるとほんとシャレになりませんて。
「や、やめろ! 貴様俺を疑うのか?」
レンも止めます。
「なぜです? レン殿下のおっしゃることはすべて伝聞です。疑う以前に全く証拠にもなりません。レン殿下の言う通りなのだとしたら、それを調査し真偽を問うのになにも不都合ございませんでしょう? 事は王位継承権に関わる一大事、法務大臣として徹底調査させて虚偽の証言をしたものは厳罰にいたしますが?」
「必要ない!」
「では一切の証拠なしということで、よろしいのでございますな?」
「う……」
「よろしいのですな?」
レン、表情が凍ります。
「レン様あぁぁああああああ!」
かっつん、かっつん、かっつん。
ドレス着て松葉杖を突きながら、ヒロインさん来ました!
まだ続くのこの茶番!
「リンス!」
「レン様、ああ、間に合ってよかったです!」
「足はもういいのかい、大丈夫だったかい!?」
「はい、なんとか。捻挫だけで済みました」
「手も足も、包帯を巻いているじゃないか!」
「これぐらい、大丈夫です! 卒業パーティーに出るためだったら!」
そう言って、よろめいて、レンの胸に飛び込みます。
それを抱きしめるレン。そういうことですか。
会場の一同から「あーあーあー……」ってため息漏れます。
「私を、私を突き飛ばした犯人、わかりました?」
そう言って涙ながらにレンを見上げます。
「リンス……いや、それは……」
「少なくともこの会場にはいないだろう。みんな外から馬車や歩きでここにきているんだからな。そいつを突き落としてるヒマがあった奴なんているわけない。どうせ自分で勝手に転んだところをお前に見つかったんで、咄嗟に突き飛ばされたことにでもしたんだろ」
あ、忘れてた。君まだ出番なかったねクール担当。
「フリード・ブラックだ。親は侯爵だがまあそれは置いておけ。リンスをいじめていたやつだが、調べはついてる」
「なんだと?」
王子にタメ口の男の登場に、レンが目を剥きますね。
「お前のファンだよ、レン殿下。二年までいじめをやってたのはまあ学園の誰かだが、それはもういい。俺たちでリンスをかばった結果、いじめは無くなったからな。だが、三年になって、一年にお前が入学してきたと同時にいじめが再発した。なんでだと思う?」
「……何を言ってる」
「そのリンスがお前に近づいて、チョッカイ出して、いい仲になったから一年の女子どもが嫉妬してリンスにイヤガラセしてたんだよ。しかもそれを全部、シンやセレア嬢がやったなんてウワサを立ててな。ま、お前のファンがどうせならお前に王位を継いでもらいたいってヒイキもあったんだろうが」
「なんだと!?」
「お前、姉上のサラン殿下が大好きなシスコンだそうじゃないか。年上の女にめっぽうチョロいんだってな。一年女子、みんな頭に来てたぞ。ガキの時はセレア嬢のことも大好きだったそうじゃないか。大好きなセレアねーちゃん、シンに取られて泣きべそか? だからだろ」
「な……な……」
レン、真っ赤になります。お前そういう趣味してたの?
いきなり性癖をばらされて二の句が継げないようです。なるほどねえ。
ヒロインさん、僕がまったくよろめかない。他の攻略対象ともイベントをことごとく阻止されて、攻略対象の好感度も上げられない。そこで、僕の弟のレンに目をつけて、年上の魅力でこっそり攻略して、僕を廃嫡させてレンを王太子にし、ゆくゆくは王妃になろうって寸法ですか。そりゃあひどいや。
「なんでそんなことがわかる!」
「ミレーヌ!」
フリード君が声をあげると、会場に来てた女子がずんずんと怖い顔で歩み寄ってきます。そして、いきなり、レンの顔をパーンと勢いよく平手打ちしました!
ひえええええええ!
今、レンの顔をひっぱたいた一年女子、レンの婚約者のミレーヌ・ビストリウス公爵令嬢です!
「最初から全部見てましたわレン様」
「ミ、ミレーヌ……」
「以前からわたくしをずーっとないがしろにしてきたこと、我慢を重ねておりましたが、今度という今度はもう我慢がなりません! こんなくだらないことでわたくしが敬愛するシン殿下を廃嫡なさろうなどと恥をさらすのもいい加減になさいませ!」
「……えっと、どういうこと? フリード君」
「お前の弟のこのクソ王子の婚約者のミレーヌはな、俺の妹なんだよ!」
「えええええええ!」
そんなのぜんっぜん知らなかったよ!
「知らないのも無理はないがな。ガキの頃、三男坊だった俺はビストリウス公爵家から、男子のいなかったブラック侯爵家に養子に入ったんだ。だから血のつながった俺の妹なんだよミレーヌは」
「そうだったんだ……」
ただクールってだけじゃなくて、いつも偉そうだったのは本当だったら公爵家だったからなんですね。多少ひねくれて育ったのもそのせいだったのかもしれませんねえ。
「事情はミレーヌから全部聞いた。よーく事情を知ってたよミレーヌは。当たり前だよなこのクソ王子の婚約者なんだから。今日だってコイツがミレーヌのエスコートを断ってリンスを連れて行くって言い渡したから、俺がミレーヌを連れて来た。それがミレーヌにとってどれほど屈辱かお前だってわかるだろう」
もうフリード君がレンとヒロインさんを見る目がゴミでも見るようですわ。三年生になって急にフリード君がヒロインさんに冷めたのも、そのせいでしたか。ヒロインさんをいじめているのは誰かを調べれば、どうしたってそこに行きつきますもんね。
「ミレーヌはな、年上好きでシスコンなコイツがさんざん浮気して遊んで回ってても我慢してたよ。いつか婚約破棄してやるって言ってな」
「あー、わかった! フリード君、ずーっと僕の事嫌ってたよね。そのせいか!」
「当たり前だ! ミレーヌがこのバカ王子と結婚したら、俺とお前は義兄弟、親戚ってことになるんだからな。面白いわけないだろう!」
「……その場合、どっちが兄になるの?」
「慣例だとお前が俺の兄になる」
「そりゃあ面白くないわ……」
衝撃の事実です。
「ま……、まさかリンスをいじめていたのはミレーヌ、お前か!」
「そんなことするわけありませんわ。私はもう殿下をお慕いする心などカケラも持ち合わせておりませんし、せいぜい不義を働いて婚約解消の口実にできればよいと思っておりました。私がリンス嬢に嫉妬したり、殿下との仲をお邪魔するなどあり得ませんわ」
「……そういうことだ、レン殿下。お前はとっくに見放されているんだよ。さあ言ってやれミレーヌ」
ミレーヌ嬢が一歩下がります。兄譲りの実にクールな、まさにゴミを見る目です。
「殿下、今までの不誠実、度重なる私への不義、それを理由にここに婚約破棄を申し上げさせていただきますわ。どうぞお受け下さいますよう」
うわあ、弟のレンに、公爵令嬢ミレーヌさんからの婚約破棄宣言です。
収拾つくんですかこれ。
「……認めよう」
ざっと場が開きます。
全員、頭を垂れて、跪いて礼を取ります。
国王陛下がこんな場所にねえ……。役者がそろいすぎでしょうに。
「父上……」
レン、もう真っ青です。ヒロインさんも大物の登場に、ガクガクしてますね。
「ミレーヌ嬢。不肖の息子が苦労をかけた。国王としてではなく、一人の親として詫びを申す。申し訳なかった」
「もったいないです国王陛下」
ミレーヌ嬢が最上位の礼を取ります。
「余の子、レンとの婚約破棄の件、確かに承った。後にビストリウス公爵家にも謝罪をしよう。公爵殿にそう申し伝えてくれ」
「ち、父上! それは誤解です!」
「不義の証拠の女を抱きしめながらなにを言っておる。お前には失望したぞ」
「あ……」
レンが抱きしめていた手を放すと、ヒロインさん、その場に崩れ落ちました。
「さて、シン」
「はい」
「この不祥事、どう裁く? 学園内のことゆえ、お前に任すが」
全員の目が僕に向きます。
「好きにしてよろしいのですね?」
「そうだ」
ニヤニヤと、例によって僕を試す目ですね、国王陛下。
「そういうことでしたら……」
次回「83.ゲーム・オーバー」