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81.断罪は突然に


 会場の紳士、淑女とご歓談しつつ、会場をチェックします。

 ……ハーティス君は、文芸部のみんなと一緒にいますね。カッコいいスーツ着てます。初めて会った時はちっちゃくてかわいいハーティス君でしたが、今は少しだけ背も伸びて、髪も短くし、ずいぶんと男らしくなりました。

 クール担当、意外にもクラスの連中と笑いながら話しています。

 クールぶるのはやめましたか。元々悪い奴ではないんです。普通に話せば、普通に付き合える奴なんですね。

 逆に目立ってるのが女の子に囲まれてもみくちゃにされているピカールです。あいかわらずだなあ。断るってことを少しは覚えたほうがいいよ。

 ジャックはシルファさんといっしょに、故郷で近隣の領の生徒たちと話し込んでいますね。卒業後の事の相談でしょうか。彼らは卒業してからが本番ですから、今のうちに打ち合わせておかないといけないことがたくさんあります。学園で、身分関係なしで付き合えるようになったメリットの一つでしょうか、何をやるにも風通しがいいと、どんな共同事業もはかどるというものです。


 ヒロインさんと、脳筋担当がいないんですよね……。

 ピンク頭と、背の高いパウエルは目立つし、いればわかるはずなんですけど。

「リンスさんと、パウエルさんがいませんね……」

 セレアも気が付いたようで、そっと僕にささやきます。

「うん、なにかあるかもしれない」



「兄上!」

 びっくりしました。弟のレン。第二王子が、いきなり僕に声をかけます。

 ずんずんこっちに向かって歩いてきます。

 レン、僕よりちょっと背が高くなって、そりゃあもういい男になりましたよ。ガタイもいいですしね、一年生の女子の間ではもう大人気なんです。僕より素敵な王子様って感じでね。

 そのレンが、憤怒の形相でこっち向かってくるんですから、なにごとかと思います。驚くことに、そのレンに、パウエルが付き従っています。こちらも鬼の形相です。


「リンス嬢が、階段から突き落とされてケガをした!」

 会場がざわっとします。


「……リンスって?」

 条件反射ででちゃいました。しまった。これはさすがにまずかったかな?

「とぼけるな! 三年生の、あの、ピンクブロンドの、『学園の姫』、リンス・ブローバー嬢だ! 兄上が知らないわけがないだろ!」

 会場ざわざわと僕らを中心に少し離れて円ができましたよ。セレアが僕の腕を抱きしめて震えます。

『学園の姫』ってなんだよ……。いつの間にそんな通り名ついてんの?


「突き落とされた……? って、どこから?」

「演劇部の部室前の階段からだ!」

「なんでそんなところにいたの?」

「パーティーに出席するためにそこで着替えを」

「そう、ケガの具合は? 大怪我したのかい?」


「いや、足首を……って、そんなことはどうでもいい!」

 後ろでパウエルが怒鳴ります。そして、会場の目を集めたレンが言います。 

「兄上とセレア嬢によるリンス嬢への数々のイジメ、もう許さんぞ!」


 えええええええええ――――!

 なんでそんなことになるの? どういう展開?

「(か……隠しキャラ……)」

 ごめん、ちょっと何言ってんのかわかんないセレア。

 会場騒然です。みんなざわざわと僕らを取り囲んで、驚愕の顔です。

「兄上は入学時から、リンス嬢に数々の嫌がらせを続けてきた。そこのセレア嬢と共に図ってな! そのことはもう明白だ!」

「僕がなにしたって?」

「聞いているぞ。リンスの背中に悪口を貼り付けた。教科書を破き、水をかけ、彼女の名前も憶えないふりをして、常にリンス嬢を孤立させ、エスカレートする彼女への嫌がらせを放置した!」

 全く覚えがありませんね。

「水をかけたのは一回や二回ではない! 机に汚い落書きをしたこともある。クリスマスパーティーのドレスや、ダンスの練習着を破ったこともあるだろう! 彼女を無視し、さらし者にしたことも数知れず、そのような卑劣な行いの数々、それが王たる者にふさわしい行いか! それを増長させて手を貸したセレア嬢も同罪だ! 俺は兄上に王太子たる資格なしと認め、王位継承権の放棄を要求する!」


 第二王子が第一王子に廃嫡を要求するとはねえ……凄い展開だな。

 後ろでパウエルがレンと一緒にドヤ顔です。

 あー、そういうことか。僕に王子でいられると、君、近衛隊に入ることもできませんもんね。第二王子を立てる一派になって、僕を追い出そうってことですか。それでレンに協力をと。はい、了解です。


「えーと、他に言うことは?」

「な、なに?」

「レン、この際だから言いたいことは全部言っちゃって。かまわないよ」

「だから、この場で、継承権を放棄すると宣言してもらおう」

 なるほどね。君に僕の王位継承権を剥奪する権限なんてあるわけ無いですけど、僕が自分で放棄すると宣言する分にはアリでしょうね。

「断る」

「なにを……認めないのか?」

「そんなの認めるわけがないでしょう。さっきのイジメの話だけど、なにか証拠があるの?」

「数々の証言を得ている」

「誰から?」

「一年の女子からだ!」

「一年の女子はここ一年ぐらいのことしか知らないと思うけど?」

「兄上たちがずっとリンスをいじめていたことは有名だ」

「僕、初耳なんだけど、それって、証拠が無くて、証言だけなんだよね」

「……そうだ。信用に値する確実な証言だ」

 証言だけかい。


「その、いじめられていた当事者のリンス嬢もそう言ったの?」

「彼女は言わない。言えるわけがない。王子にいじめられているなんて、彼女の口から直接言えるわけがないだろう!」

「なのに君はどうしてそう思うの?」

「彼女の涙を見ればわかる!」

 超能力者かお前は。


「どうして僕がリンス嬢をいじめなくちゃいけないの? 理由は?」

「学園で王子の権威を高めるためだ」

 すごい説きました。そんな理由よく考え出したなおい!


「……なんで僕がそんなことをしなきゃいけないの?」

「兄上は学園でバカにされている。誰も殿下と呼ぶものも無く、敬称をつけて呼ばれることもない。学園で王族たる者の権威を落としている! だから学園でいじめを受けている者を助けて見せるふりをして、自らの権威を上げようとした。違うか!」


 ものすごい誤解ですね。

「それは僕が自ら望んだことだよ。みんなには王子とか、殿下とか呼ぶのはやめて、学園にいる間ぐらいはシンって呼んで、普通に友達付き合いしてくれって僕からお願いしていたんだけど、知らなかった?」

「そんな話、リンス嬢からも聞いていないぞ!」

「一番たくさんそう言い聞かせたのがリンスさんなんですけど……」

 これは会場から少し笑いがもれました。

「リンス嬢がいじめられていた時に、いつも現場にいたのが兄上とセレア嬢だ。まるでそれが起こるのを知っていたみたいに現場にいて、恩着せがましくみんなの前で助けるふりをした。そんなことを三年間ずーっとやっていただろう! 覚えがないとは言わせないぞ!」


「ちょっとまった」

 ピカール、出てきました。今日は回らないみたいです。

「ぼくはそんな話、信じないね」

「不敬だぞ貴様。これは王族の問題だ。学生ごときが口を出すな!」

「ちっちっち、レンくん、ここは学園だよ? 『この門をくぐる者は全ての身分を捨てよ』。入学する時、読まなかったのかい? もしかしてきみ、裏口入学?」

「誰だ、名乗れ」

「ピエール・バルジャン伯爵が一子、ピカールと申します。以後、お見知りおきを」

 そう言って優雅に礼をします。さすがだよピカール。

「覚えておくぞ、後で不敬罪で罰してやる」

「御存分に。さて、リンスくんがいじめられた時、シンくんがその場にいたのは当然ですよ。なにしろぼくがそのたびに、シンくんに相談をしに呼びに行っていたのですからね」

「なに……?」

「彼女が教科書を破られたとき、教科書を貸してくれとシンくんに頼みに行ったのはぼくです。彼女が水をかけられた時に、着替えを用意できないか、シンくんに相談にいったのもぼくです。彼女の机が落書きで汚されたときも、シン君に見てもらったのはぼくです」

「なんだと……?」

「だから、彼女がいじめられていた時に、常にシンくんがいたのは、ぼくがシンくんに善処のお願いをしたからなんですよ。シンくんがその場にいたのは当たり前なのです」

「お前もいじめに加担していたのか!」


 ピカール、舞台みたいに、大げさに嘆いて、首を横に振りますね。

「ぼくが? とんでもない。ぼくは全てのレディの味方です。そんな天使たちをいじめるなんてぼくにはできない。断固否定させていただきますよ。それはこの場にいるレディなら誰もが疑うわけがない」

「そうよ――――!」

「ピカール様がそんなことをするわけがないわ!」

「言いがかりはやめてよ――――!」

 ピカールのファンの子たちが声援を上げます。それ、僕の時にもやってほしかった……。


 レンがピカールを睨みますね。

「……伯爵風情が許可なく王子に物申すとは大罪を覚悟せよ」

「御存分にと申し上げました」

「リンスは男爵の令嬢だ。しかも平民の生まれだ。そのことをいいことに貴様らで標的にしたんだろう!」

 それ、お前が一番失礼だろ……。


「そんなこと、私は信じません!」

 シルファさんがゆっさゆっさと迫力満点の胸を張って出てきましたよ。いやいやいやいや、君まで巻き込むわけにはいかないよ! 手で制しましたが、止まりませんね。まず淑女の礼を取ってから、顔を上げてレンを睨みます。


「ブラーゼス男爵が一女、シルファです。シン様が身分で差別するなど」

「誰が発言を許した!」

「あり得ません! 私は男爵が一女ですが、十二歳の頃よりセレアさんともシン君とも、御友人としてそれはもう親しくしていただきました。シン君やセレアさんが私の身分に触れたことなど一度もございません! それは言わせていただきます!」

 会場、うわあ――――! ぱちぱちぱちって大拍手です。


「男爵子女風情がその証言、誰が信じると思う? 出過ぎた口は閉じよ! お前も後の処罰を覚悟せよ」

「御存分に」


 ジャックも前に出てきて、シルファさんをかばいますね。

「お前なあ、男爵の娘のリンスの言うことは信じて、同じ男爵の娘のシルファの言うことは信じないって、そりゃ無しだろ。おんなじに扱えよ!」

「おま……。お前って、それが王子たる者に対する口の利き方か!」

「あ、悪い、ワイルズ子爵が一子、ジャックシュリート・ワイルズだ、覚えとけ」

「貴様……」


 そうして出て来たジャックが、いきなり、僕の頭をスパーンと平手で叩きます。

「いてっ! なにすんのジャック! 時と場所を考えてよ!」

 この様子に僕のクラスのみんなが爆笑しますね。

「ほらな、子爵の俺がぶん殴ったって、シンは別に怒らねえよ。友達だからな」

「いや今のは痛かったって」

「シンが王子として尊敬を集めるためにそんな小芝居して、あんな女イジメてたなんて俺は信じないね。コイツが王子として威張ってるとこなんか俺は学園じゃ見たことねえよ。シンぐらいになるとな、威張らなくたって周りが勝手に尊敬してくれんだよ。お前みたいに王子でございって威張る必要なんかねえんだ。わかったか?」

 ジャックの啖呵に会場から一斉に拍手が起こります。

「貴様も爵位を剥奪してやる」

「御存分に、()()()()()()()の王子様」


 武闘会に出てた、あの頭巾被ったニンジャボーイってお前かい!

 そんなにヒロインさんのキス欲しかったんかいレン!

 いまさらながら、ジャックがレンに礼を取ります。もう遅いよ……。


「僕も信じません」

 ハーティス君出てきました。君もかい……。

「ヨフネス・ケプラー伯爵が三男、ハーティス・ケプラーです。僕はシン君やセレアさんが、孤児院の運営に力を尽くしていたのを知っています。週末になって休みには、慰問のために孤児院を訪問しては、手作りの紙芝居を披露したり、遊んであげていたりしていましたよ。僕たち文芸部員も協力しました。孤児にですよ? この国で最も身分の低い、平民にさえ蔑まれる孤児たちにさえ、シンにーちゃん、セレアねーちゃんと慕われているのです。断言しますよ。この国の貴族で、一番身分差別をしないのがこのシン君とセレアさんです。男爵令嬢を差別していじめて喜ぶなど、あり得ない。僕は信じません」


 レンが悔しそうに震えますね。

「そんなのは偽善だ! いいかっこしているだけだ! お前も不敬罪を覚悟せよ!」

「さっきから不敬罪不敬罪って、君は不敬罪の条文を読んだことがあるんですか?」

「なに……?」

「不敬罪の条文には、『王侯貴族に対して虚偽の流布を行った者を罰する』とあります。どんなに都合が悪いことであろうとも、虚偽でなく、真実であればその発言は罪にはならないのです。不敬罪の裁判が最後に行われたのはもう二十五年も前の話で、その時は被告の告発が真実であったと認められ無罪になっています。不敬罪は事実上、貴族の横暴、不正から市民を守り、その告発を保護するための法でもあるんですよ。好き勝手に人を罰せると思っているなら大間違いです」

「王子の俺が不敬だと言っているのだぞ!」


「なによりこの学園では不敬罪は適用されない。身分差がないからです。それは国王陛下自らが門に示していらっしゃいます。『この門をくぐる者はすべての身分を捨てよ』。不敬罪を連発することは尊敬されていないということを自ら認めるようなもので、むしろ貴族にとって恥なのですよ。やりたかったら御存分に」

 さすがハーティス君。法にも精通してますね。僕をいさめるような優秀なスタッフになってくれると思います。国政に欲しいですね。

 でも、天文学者になりたいんだったっけ。惜しいなあ……。

 ハーティス君も紳士らしく、優雅に礼をして、にこやかに笑ってその場を下がります。


 ……みんな、ありがとう。



次回「82.婚約破棄宣言」

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[一言] なん…だと……!? ここにきて、まさかのダークホースッ…!?
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