80.卒業式、出陣
全ての学園行事が終了しました。ついに卒業式です。
「いよいよ今日ですね……」
「うん……」
セレアと二人、並んで学園に向かって歩くのも、今日が最後です。
毎日毎日、二人乗りの馬車をシュバルツに御者をさせ、セレアの住むコレット家王都別邸に迎えに行き、そこから二人で歩いて登校していました。感慨深いです。
「よお!」
登校路の途中にある学生寮前で、ジャックとシルファさんが待っていました。
「おはよ」
「おはようございます」
シルファさんとも挨拶します。
「さ、行くか!」
いつものように、ジャックが声かけてくれますね。
「お前らと友達付き合いも、今日が最後かあ。明日からは、もう殿下だもんな」
「そうなっちゃうよねえ。でも、だからこそ、僕には学園の毎日が、一日、一日、貴重だったよ」
おかしな会話ですけど、事実ですからしょうがないです。
「ま、固いこと抜きで頼むわ」
「そうそう、プライベートの時は、今まで通りでいいんだからさ。シルファさんもそれでお願いするよ」
「はい!」
明日にはジャックとシルファさんも自分の領地に帰ります。領主である親と共に領地経営に就くことが決まっています。
「で、ジャックとシルファさん、結婚式はいつごろやるの?」
「夏までにはやりたいな。ま、親父の都合もあるだろうけど」
照れるわけでもなくごまかそうとすることもなく、あたりまえみたいにジャックが返事します。シルファさんはたちまち真っ赤になりますが。
「うわあ! ぜひ、式には呼んでくださいね!」
セレアは大喜びです。
「あ、あの、全然決まっていませんからね? そんな話まだ誰もしてないですからね?」
シルファさん、大慌てですねえ。
「王子そんなに簡単に呼べるほど偉くねえよ俺は……」
「お忍びで行くからさ」
「それも大問題だっつーの」
「夏休みの避暑には毎年呼んでくれたじゃない」
「もう子供じゃねえんだよ俺たちは……」
みんなで楽しく遊んだ子供時代が思い出されます。
ずいぶん長い付き合いになりましたね……。
こんな話ができるのも、今日が最後かなあって感じで、名残惜しいですね。
制服の上にローブを羽織り、ハットをかぶって入場し、学園長の話のあと、一人一人、卒業証書を授与されます。
「シン・ミッドランド」
「はい」
僕の番になり、立ち上がって進み、壇に立ちます。
「卒業おめでとう。それと、今年度卒業生の首席である証としてフローラ賞を与え、ここに表彰する」
会場がうわーって、盛り上がります。
三年間、ほとんどずーっとトップでしたもんね僕。卒業証書と、盾をもらいます。
「シン、スピーチ!」
「王子様――――! スピーチ!」
「スピーチ! スピーチ!」
口笛が鳴って、声が上がり、会場から拍手されます。
学園長を見ると、頷いて、手を講堂に向けてくれます。ここでスピーチかあ。
「みなさんありがとうございます。卒業生の皆さんは、僕が学園に来て、初めてこの講壇に立ったとき、なんて言ったか覚えているでしょうか」
拍手が鳴りやんで、会場が静かになります。
「『この門をくぐる者は全ての身分を捨てよ』。この学園の門にも書かれた、国王陛下のお言葉です。口で言うのは易しい、でも実行するには多くの困難がありました」
会場を見回します。一緒に苦労してきた学園の仲間たちの顔があります。
「学園に在籍している、ただ三年間の間だけです。長い人生の中で、たったの三年間。毎日があっという間に過ぎ、もう三年が経ってしまいました。たったそれだけの間だけ、身分を忘れ、全ての学生の皆さんと対等に友になること。最初は、自分で言っていて、とても実現できることとは思っていませんでしたね」
ちょっとくすくす、笑い声なんかが起きてます。
「でも、皆さんはそれを受け入れてくれました。僕を助けてくれた人、僕を友と認めてくれた人、僕に文句を言う人に、ケンカを売ってくる奴まで」
会場、笑いに包まれます。
「いろんな人が僕と距離をあけずに、歩み寄ってきてくれました。僕が生涯、手に入れることができないんじゃないかと思っていた、友人。身分に関係ない、本当の友達。僕がこの学園で、本当に楽しい学生生活を送ることができたのは、みんなのおかげです。僕と友達になってくれた、この学園の卒業生全員に、お礼を申し上げたい。僕と友達になってくれて、ありがとう!」
会場、ものすごい拍手と歓声に包まれました。
いやあ、嬉しいねえ!
講壇、駆け下りて、手を振って、席に座ります。次の卒業生の卒業証書授受に、みんなと一緒に拍手します。
講堂の外に出て、みんな、アレやるためにうずうずして待ってました。
「シーン! 掛け声、やってくれよ!」
クラスの男子から声、かけられます。
「よーし! じゃ、みんな、いくよ!」
「おお――――!」って、卒業生のみんなから返事来ます。
「さん、にっ、いち、飛べ!!」
「わ――――!」
卒業生全員がいっせいに投げ上げた帽子が、青空に舞います。
みんなで肩をたたき合い、抱き合い、握手し、互いの卒業を祝います。
自分の婚約者や、恋人とキスしてるカップルも。
僕が投げた帽子が女生徒の間で取り合いになってますよ。破れちゃうって!
セレアももみくちゃにされそうになって逃げ回ってます。あっはっは。
校舎を見上げます。三年間、短かったけど、僕の青春がたしかにここにあったんだと今なら思えます。ちゃんと卒業できて、本当に良かった。
積もる話も無いわけじゃないですが、それは卒業パーティーでやればいいです。伝統的に、卒業パーティーは学園の父兄会が主催。今年は王族がいましたので、一段と豪華なものになるでしょう。学園のフロアをほとんど全部使い切ってやることになります。生徒会の仕事じゃないんですよね。手を出さないことになってますから。
僕とセレアも、タキシードに、ドレスに着替えて出席です。卒業生は全員で、在校生は任意参加となります。午後六時から。
一度コレット邸に戻り、着替えました。
セレアは、濃い紺のドレスに白い飾りのシンプルなドレス。
いつもの通りですね。華美な装いが嫌いなんですセレアは。でもそこに素の美しさがあると僕は思います。スカートの裾が少しだけ、今の流行よりは高くて、足首まで見えるのがセレア流ってところでしょうか。ダンスステップに自信が無いとこれはできませんよ?
「綺麗だよ、セレア。僕の自慢の奥さん」
「ありがとうございます。シン様も素敵です。私の自慢の旦那様!」
「さ、いこうか……」
「はい」
セレアの手を取って、コレット邸正門に向かいます。メイドさんや使用人さんたちが並んで拍手して見送ってくれますね。そのまま、今日は王宮から寄こさせた王室の馬車に乗り込みます。
「やあ、シュバルツ、三年間ご苦労様。今日が最後だね」
「はい、三年間、何事もなくてほんとヒマでしたよまったく」
学生生活三年間、僕の護衛を陰で務めてくれたシュバルツが馬車の扉を開けてくれます。今日も御者をしてくれて、学園のパーティー会場まで送ってくれます。セレアの手を取って、先に馬車に乗ってもらいます。
「えーと、セレアが会場に入るとすぐに断罪イベントが始まるんだっけ?」
「……ゲームだったら、ですけど」
「もうゲームと全然違う展開だよ。なんにも心配ないよ」
「そうですね……。ゲームだったら、どのルートでも、シン様はパーティーのエスコートで私を迎えに来てはくれません。今こうして、私と一緒にパーティーに行ってくれるってだけで、私、安心できます」
でも、震えているんですよね、セレアの手。
その手をそっと握ります。
だいじょうぶ、だいじょうぶ。絶対に大丈夫だから。僕が守るから。
セレアの肩を抱いて、馬車に揺られます。
学園前、卒業生の馬車で混雑していました。みんなスクール乗合馬車に慣れちゃってたから、ひさびさの馬車列に混乱しています。僕らの順番はだいぶ後になっちゃいそう。
「降りようか!」
「そうですね!」
なにもみんなが集まっている中、断罪されに最後に入場することもないんです。さっさと馬車を降り、セレアの手を取って歩道に立たせます。
僕らが二人、歩道を並んで歩いてるのを見て馬車のみんながびっくりです。
慌てて馬車から降りて、僕たちと一緒に歩きだす卒業生も多数。
「シン、こんな時でも歩きかい!」
「シン君、卒業パーティーに歩道を歩いてって……前代未聞だよソレ」
「王子なんだからさあ、卒業のときぐらい、らしくしてくれよ!」
「ゴメンゴメン、なんか歩くほうが早そうだと思ったら我慢できなくてさ」
僕がそう言うと、周りのみんなも笑います。
「実は俺もさ!」「私も――――!」
僕と歩道を一緒に歩くなんて経験も、今日が最後ですか。これもいい思い出になるのかもしれません。
今日だけいる門の衛兵、ぞろぞろと歩いてくる生徒の一団にビックリしてましたね!
「ちょっとちょっと、馬車で来てもらわないと、身元の確認ができませんて!」
衛兵慌てます。そういや馬車の紋章で見分けているんでしたっけ。
「みんな僕のクラスメイトさ。間違いないよ」
「あ、殿下! って殿下まで!?」
ま、そういうことで、遠慮なく校門をくぐります。
正門の扉が開かれていて、そのままホールまでみんなと一緒に入場します。
自然に拍手が起きますね。僕も、セレアの手を取って、入場です!
「ほうら、何にも起きない!」
「はい!」
セレアと二人、会場に頭を下げ、セレアはスカートをつまんで足を引いて淑女らしく、挨拶し、片手を広げて次の入場者に道を譲って会場に下がります。
続いて入場してきたクラスメイトも、拍手の中、頭を下げてエスコートして来たパートナーとともに紳士淑女の礼を取り、次の入場者に道を開け……。
そして、卒業パーティーが始まりました!
次回「81.断罪は突然に」