79.三学期
学園祭が終了すると、あとは生徒参加型の学園行事はもうありません。有志が参加する学園武闘会ぐらいです。
こちらは体育委員会が主催ですから生徒会もヒマなもんです。実行委員と一緒に細かいルールの改定ぐらいでしょうか。学園外で行われている、市民学校の武闘会に準拠するようにしました。剣術部も他校との交流試合をやるようになりましたから、いつまでも貴族ルールでやってたら勝てるようになりませんて。
「お前今年は出場しないのかよ!」
「しないよ……。正体バレちゃったし、もう出られないよ僕」
ジャックに猛抗議されちゃいましたねえ。去年の武闘会はジャックを破って僕が優勝しましたから、今年剣術部のジャックが優勝したとしても、学園最強は僕のままです。そこがメチャメチャ不満なんですなあジャックは。
「お前とは一度ちゃんと決着をつけたいのにさ……」
「去年ついたでしょ」
「今年も別の扮装で出ろよ」
「扮装して出た時点で全員僕だって思うってば」
去年、顔を隠してニンジャの扮装して出ましたからねえ僕。
「クソ――――! 勝ち逃げじゃねーか!」
あっはっは! そりゃーしょうがないよジャックってば!
出場者名簿を実行委員から受け取りましたが、鞭を使ってたピカール、レイピアを使うクール担当フリードくんも出場ナシです。
去年かなり恥ずかしい負け方をしたってこともあるのでしょうが、なにより二人とも、優勝者に贈られるミス学園ことヒロインさんのキスに興味が無くなったようです。
降りたってのはホントだったんですね……。
逆に、生徒会室に怒鳴り込んできたのが脳筋担当、パウエルですね。
「俺が出場禁止ってのはどういうことだあああああああ!」
生徒会メンバーはインテリ系の集まりですから、一、二年生役員はもうビビリまくりです。
「……パウエル・ハーガン君。怒鳴るのはやめてください。ここ生徒会室ですよ? 武闘会の主催は生徒会ではありません。こちらに抗議するのは筋違いです」
「あんた俺が出られないように手を回したな!」
「なんでそう思うんです?」
「俺が出るとアンタが優勝できないからだ!」
去年僕に一撃で負けてるのになんでそう思うんでしょうねえ……。
「僕は今年は出場しませんよ?」
「なに?」
「去年、君が起こした不祥事で停学中の間、職員が学園内で聞き取り調査をしました。君、自分の対戦相手に負けるように脅していたそうですね」
「な……」
「そんな卑劣な真似をするような選手は出場停止にするに決まってるじゃないですか。去年だって決勝戦で真剣を振り回すなんてことをしでかしておいてなんで出場できると思うんです?」
「今年はそんなことはしない! 既に停学も解けたし、あんたも俺の謝罪を受け入れたじゃないか!」
「処罰は終了していますが資格剥奪は現在も続いているということです。この決定は学園長によるものです。抗議は学園長へお願いします」
「ぐっ……」
そういやコイツ猫に、三年連続で武闘会で優勝し、近衛隊に入ってピンク頭にプロポーズするのが夢だって話してましたね。残念ですねえ二年目で負けて三年目で出場停止とは。お気の毒です。
武闘会、始まりました!
一人、ヘンなのが出ています。ニンジャボーイだって!
僕が去年出場したのとそっくりなニンジャの格好して顔を隠して出場しています!
もう観客席全員が僕を見ますよ。えっ? あれ王子じゃないよねって感じ。
僕、客席でセレアと一緒に観戦しているんだから、僕じゃないよアレ。
僕より背が高くて、ニンジャだけど普通に長剣の木刀を使います。
意外と強くて、いい試合しつつ決勝戦まで残りましたが、ジャックに敗れてしまいました。うーん残念でしたねえ。
負けたので頭巾を取ることなく、すごすごと会場を去りましたので、誰だったかってのは結局不明です。どっかで見たことある奴な気がするんですが、誰だっけかなあ……。
ピカールもフリード君も客席にいましたので、攻略対象者ってわけじゃなさそうです。
ま、学園の生徒で腕に覚えがあれば、一度ぐらい出てみたいってのはありますか……。
優勝にはミス学園からのキスがあります。
優勝カップ持ってヒロインさん上がってきました。ジャック、そのミス学園さんの手を取って跪き、手の甲にキスをします。
あー、僕らが一年生の時に、学園の絶対女王、エレーナ・ストラーディス様にも優勝者がそうしていましたね。婚約者がいる身ではキスしてもらうってのは、やらないということですか。
ジャック、闘場の上で手を振って客席の声援に応えております。
三年目にしてついに優勝! おめでとうジャック!
ジャック、闘場にかけよったシルファさんを引っ張り上げて、抱きしめてキスしてぐるんぐるん回してましたよ。観客の冷やかしが凄かったです。やるなあジャック! ヒロインさん、立場無いですけどね。
「お前も出てねーし、あれで優勝したって、正直勝った気がしねえなあ……」
「ぼやかないぼやかない。あの黒尽くめの顔を隠した男、誰だったの」
「知らんて……。まあパウエルじゃないとは思うよ」
「あの太刀筋はなんとなく覚えがあるような無いような……」
「騎士の誰かじゃねーの? 王都騎士団の太刀筋だったらあんなもんだろ」
「そんなの学園の半分だし、わかるわけないよ」
学園の生徒は半分が貴族、半分は騎士の家系の子息ですもんね……。
まあ顔を隠して出るぐらいです。隠さなきゃならない事情があるんでしょ。追求しないことにしましょうかね。
二学期の期末試験、トップをハーティス君から取り返しました。
公務も、生徒会活動も一段落着いていましたし、このタイミングで負けたら勉強不足ってことになっちゃいますもんね。
「やられましたねえ! さすがはシン君です!」って、ハーティス君も悔しそうです。
驚きなのは三位にヒロインさんが入ってきたことです。
ここでまた勉強に力を入れてきましたか。これは抜かれるわけにはいきませんね。卒業まで意地になってでもトップを維持したいというものです。
今年のクリスマスも、孤児院でサンタをやって、そのあと王宮のクリスマスパーティーに出席します。
結局三年連続で学園のクリスマスパーティーをすっぽかしたことになりますか。ま、しょうがないです。僕とセレアの優先順位がそうなってるってだけですから。
今年の王宮のクリスマスパーティーで、国王陛下による『名誉功労章』の授与、スパルーツさんでした! 二年ぶり、二回目です。
ペニシリンの発見、製造法の確立とその治療実績に対してです。
「二回目だな、おめでとう」
国王陛下がスパルーツさんの胸に勲章をつけてあげます。がっちがちに緊張ですよスパルーツさん。
「前にやったのはどうした?」
「え?」
「こういうパーティーとかでは、普通、もらった勲章は付けてくるもんだが?」
国王主催のパーティーとかでは、授与された勲章は全部着けてくるのが普通です。っていうか勲章ってそのために付けるようなものですから。
「しっ、知りませんでした! 失礼しました!」
ボケボケですねえスパルーツさん。まあ、そういうところが学者さんらしいって言えばらしいです。
「名誉功労章を二回受けたのは君が初めてだ。次からは二個並べて胸に着けてパーティーに出るんだぞ」
ニヤッと笑った陛下に肩を叩かれ、手を取られて握手しました。
出席していたみんなが笑いながら拍手してくれてました。よかったですね……。
ジェーンさんも嬉しそうでした。まだお腹が大きくなったりはしていません。避妊術の研究、続行中ですか。早く子供作って幸せになってほしいです。
表彰が終わってから、セレアと今年最後のダンスを踊りました。
学生生活最後にふさわしい、華麗なダンスをお披露目できましたよ。会場の視線独り占めでした!
ムーンウォークをすると、会場「おおお――――!」ってどよめきます。
どういうステップなのか未だに謎で、マネできる人がいないんです。僕らだけの秘密兵器ですね。
「殿下も、来年はいよいよ卒業ですね!」
いつもお世話になっている御前会議の大臣たちとも挨拶します。
「山のように仕事が待っていますぞ? 覚悟していただきます」
「期待しておりますからな!」
「ひゃあああ!」
責任重大ですねえ。セレア、そんなふうに笑ってられないよ僕。
冬休みの間、新年も無事に迎えることができ、短い三学期が始まります。
これが終われば、僕たちはもう卒業です。あっと言うまでしたねえ……。
「結局三年間、一度も学園のクリスマスパーティーに出てくれないんですもんね。僕たち準備にあんなに忙しかったのに! シン君、会長なのに冷たいです」
新学期が始まってから、ハーティス君他、生徒会メンバーに文句言われます。
「ゴメンゴメン。王子って、どうしても王宮行事が優先しちゃうよ。生徒会長が王子って間だけだから、しょうがないと思ってよ」
「今年もトラブルがあって大変だったんですからね?」
ハーティス君が情けない顔になります。
学園主催のクリスマスパーティーでトラブルですか……。
「なにがあったの?」
「例のピンク頭さんが、ドレスにワインをかけられたのなんだので一年女子ともめてまして」
「一年生ともかい……」
「パウエル君が騒ぎ出して会場騒然となりましたよ」
ほんとどうしようもないなあの脳筋野郎。退学にしちゃおうかな。
「で、どうなったの?」
「レン君が出てきて、パウエル君をぶん殴ったんですよ」
「レンが?」
レンは僕の弟ですね。第二王子。一年生で今年入学してきました。
「パウエル君一発で昏倒して、運ばれていきました。一年の女子にキャーキャー言われて、一年女子の間で大人気ですよレン君」
「へえー……」
レンがねえ……。
「僕は暴力は嫌いですけど、あんなふうにいざってとき女性を守れるのは、やっぱりうらやましいと思います」
ハーティス君はそんなこと言いますけど、いったい何がどうなったらそういう展開になるわけ?
会計ちゃんこと一年女子のミーティス・プレイン嬢は、「パーティ会場であんな野蛮な騒ぎ、いいかげんにしてほしかったです!」ってぷんすかですよ。
「レンって一年生の間で人気あるの?」
「知りません!」
んー、なんで怒るの?
レン、評価が割れているのかもしれませんねえ。そういうのは穏便に済ませられるように、注意しておいたほうがいいのかもしれません。
「さ、最後の仕事! 生徒総会の準備するよ! 会計、まとめなくっちゃ!」
僕の代ですから、もちろん明朗会計です。大して苦労もなくまとめることができ、三学期の終わりに、生徒総会を無事に終了することができました。
後継の生徒会長には、二年で書記をやってくれていたカイン・エルプス君を指名しました。伯爵次男です。会場の拍手で無事に承認されました。
副会長は、会計ちゃんこと、一年会計のミーティス・プレイン嬢が務めます。伯爵令嬢です。
カイン君とミーティスちゃん、意外と仲いいんですよ。
これはもしかしたらもしかするかもしれませんね。めでたいです!
フローラ学園では、伝統的に生徒会長というのは名誉職で、一番爵位の高い方がやっていらっしゃいました。絶対女王、エレーナ・ストラーディス公爵令嬢が優雅に生徒会室でお茶を楽しんでいて、顧問教師に仕事を丸投げしていたのはそのせいです。王族である僕に生徒会長を譲ったのも、それもあったのでしょう。
その悪しき伝統を、僕の代で名誉職から、爵位に関係なく実務職に転換させたことになります。
貴族社会ではいつまでも老害が幅を利かせて伝統というものはなかなか崩すことができません。でも、学園では三年経ったら、人が全部入れ替わりますから、「伝統だから」なんてことにこだわる必要は無いんですよね。
新しい世代による新しい生徒会、実現できたと思います。
父上が提唱した、『この門をくぐる者はすべての身分を捨てよ』という教義。姉上のサラン殿下が目指した、「貴族の鼻持ちならない選民意識とか、特権階級の横暴とか許しちゃダメ」っていう学園、約束通り、実現させることができたと思います。
大変でしたし、抵抗も多く苦労もしましたけど、僕もこれで胸を張って卒業することができますね!
姉上との、最後の約束が残っています。
「シン、セレアちゃんを守るのよ。どんなことがあっても悲しませないで。約束して」
……悪役令嬢が断罪され、追放される卒業式が、もう目前に迫っています。
何があっても大丈夫。そのための準備はしてきました。
さあ、来るなら来い!
次回「80.卒業式、出陣」