78.美女と悪魔
楽しみにしていた演劇部の舞台。今年は、「美女と悪魔」です。
「美女」の役を引き受けちゃうって、なかなか度胸いると思いますねえ。これをやるのがヒロインさんことピンク頭なんですけど。
前も思ったけど、ヒロインさんがヒロインをやるというのも何が何だかわからないや。
これは去年、シェイクスピオのグローブ座に演劇部が渡した「オペラ座の貴公子」の版権と交換で上演権をもらった台本なのだそうです。書き直した「歌劇座の怪人」が好評で儲かったのに気を良くしたシェイクスピオが、演劇部にプレゼントしてくれたそうで、上演前に演劇部部長がそのお礼を口上で披露していました。
なんとか婦人とかが書いた童話が原作の脚本だそうで。
森の中に建つお城に住む王子様が、一晩の宿を請う老婆を追い返そうとして、老婆の怒りを買い、魔法で姿を悪魔に変えられてしまうってところからスタートです。老婆は実は人の良心を試す意地悪な魔法使いと言うことでした。
「……なんで王子様なの? 王様どこいったの? 王様いないなら自分が王様でいいんじゃないの?」
「それは言わない約束ですよシン様……」
「領民は? 国民どこにいったの? 税収はどうしてるの? どうやってやりくりしてるのこのお城?」
「それも言ったらダメですって……」
愛を知らずに育ったワガママな王子が、心を入れ替えて人を愛し、愛されれば、魔法は解ける。人の美しさは見た目ではなく心にあるというのがテーマです。
だったらヒロイン、「美女」じゃなくてもいいじゃない……。
王子から身を変えた悪魔役は、去年、あのオペラ座の仮面の怪人を演じたモルト男爵の三男坊。去年に引き続き、いい演技で熱演します。
才能あるよ。怪物の役をやらせると光るタイプですね。当たり役と言ってもいいでしょう。
そんな森に迷い込んだヒロインさんが、城に捕らわれの身となり、悪魔に監禁、投獄されてしまいます。理由は不明。なんの罪状なの?
自分の女になれと露骨に申し込む悪魔王子ですが、村娘役のピンク頭に拒絶されてしまいます。腹を立てた悪魔は苦悩しますが、どうにも彼女の気を引くことができません。醜い姿の自分など誰が愛してくれようか。切ないですねえ。
男は顔、顔、顔! イケメンでなければ人にあらずか。せちがらい……。
で、城を逃げ出したヒロインさんが野盗に襲われそうになったところで悪魔王子がそれを助け、二人は次第に心開き惹かれ合い……。
「よかったですね、モルトさん。今度はちゃんと主役やれて。今度こそ、きっと高い評価をしてもらえますよ」
セレアも喜んでます。去年はひどい役でしたもんねモルト君。ヒロインも主役もいいとこ全部ピカールにさらわれる悪役でさ、残念な役だったもんね。
しかーし! そこへ、勇者(部長)一行が現れまして、悪魔退治に乗り込んできます。
ヒロインさん、王子は見た目悪魔なんだけど、本当は優しい人なのと一生懸命かばいますが、聞き入れない勇者たちは悪魔を倒そうとします。
ヒロインさんもなかなかの熱演です。うん、魅力的です。人気出るでしょうこれは。なんだかんだ言って三年間、演劇部に打ち込んできた彼女の集大成、代表作と言っていい演劇になりました。
考えてみればヒロインさん、別になにか悪いことしたわけでも、楽してなにか得ようとしたわけでもないんです。彼女なりに学園生活を充実させ、一生懸命やっていたわけです。それが全部、攻略対象にモテモテになるためってところが最低と言えば最低ですが、そこは色眼鏡を通さず、きちんと見てあげるべきだったのかもしれません。見直しました。
劇が終わったら、僕も花でも届けてあげましょうか。
自分の命と引き換えに魔法を放ち、勇者一行を倒した悪魔王子ですが、そのために倒れて絶命してしまいます。悪魔を抱きしめて泣くヒロインさん。
「……あなたを愛してるわ。私の悪魔……」
するとどうでしょう! 悪魔にかけられていた魔法が解けて、イリュージョンのごとくその姿が変わり!
「ぼくだよ! リンス!」
最後、元の、王子の姿に戻った、ピカール・バルジャン登場!
なんじゃあそりゃああああああ!!
僕も、セレアも口あんぐりです! 超展開過ぎるわ!
いやいやいやいやまてまてまてまて!!
今までのモルト男爵の三男坊の名演技、どこいった!!
最後のチョイ役で、おいしいとこ全部もっていきやがったピカール!!
……会場大ブーイングです。そりゃそうなるでしょ。バカですか?
最後、ヒロインさんとピカール、二人のイチャイチャダンスシーンですが、もう会場のブーイング、ヤジが止まりませんて。
席を立って出ていく客多数。ピカールとヒロインさんのファンの女性客、男性客はこのシーン、嫉妬にまみれ歯噛みしながら見ています。
うわあ……最悪だよ。どうすんのコレ。
劇が終わってのカーテンコール。一回だけでした。もう拍手もまばらになっちゃって、この劇は大失敗ってことになりそうです。演劇部員の演技一つ一つは素晴らしいものがあったと思うだけに残念ですなあ。
醜い悪魔の姿から、魔法が解けて美しい王子に変わる。そのシーンが、たかが学生演劇の舞台ではどうしても再現できなかったための苦肉の策ってことになるのでしょうか。それにしても演出がひどすぎると思います。もうちょっとやりようがあったのでは?
セレアがいそいそと、今年も化け物役のモルト男爵三男坊に花束を持っていきました。今年はちゃんと手渡しで渡してましたね。だって他に誰も恐ろしい悪魔メイクの彼に花束を渡すような人はいませんでしたから。王子役のピカールや勇者役の演劇部長に女子生徒、ヒロインさんのファンクラブの男どもが群がってて、悪魔に花束持っていく人なんて他にいない感じですもん。
悪魔、セレアからの花束を受け取って、嬉しそうでしたね……。
それが、三年間の演劇部生活で、最後の最後まで主役を奪われ続けた、彼にとっての救いになればいいんですが。
引き続き、例によって舞台のBGMを担当していた音楽部の演奏発表会があり、その後、ミス学園と、ミスター学園の発表です。
今年のミス学園はヒロインさん。ミスター学園はピカールでした。
どうでもいいので流します。
今年はベストカップル賞はなしです。僕が実行委員に言ってやめさせました。
今年も僕らになっちゃったらどうすんの? 実行委員長も「そりゃそうですね」って納得していましたよ。
去年のあのヒロインさんのおいてきぼり、ぼっち事件。またアレを今年もやるのは気の毒だとさすがに実行委員長も思ったようです。
二人、デモンストレーションで舞台の上でダンスしてます。
二人とも女性ファン、男性ファンが多いので会場微妙な雰囲気になってますなあ……。はてさて、攻略対象の男ども、特に脳筋担当はこれをどう見るか。後でフォローできるんでしょうかヒロインさん。
もしかしてヒロインさんの攻略対象はピカールでもう決まりなのかなあ。確かヒロインさんへの好感度が一番高いキャラがミスターになるんでしたっけ。でも去年のことを考えたら、そのゲームの強制力、もう消えているような気がするなあ。
ピカールも、もう彼女とのヒーローレース、降りたようなこと言ってたと思うけど、よりを戻したんでしょうか。
ま、ピカールだったら、たとえヒロインさんと結ばれても、卒業パーティーでセレアを断罪したりはまちがってもやらんでしょ。僕ら友達だもんね。
僕もピカールにのしつけて差し上げたかったミスター学園を、今年は回避できてよかったです。
あとでめちゃめちゃドヤ顔で、「今年は僕の勝ちだったようだね! 残念だったな、シンくん!」とかピカールに言われました。どうでもいいよ。
僕があれだけ毎日セレアとイチャイチャしてたら、そりゃあ僕に投票しようなんて女子いなくなるでしょ。それぐらいわかろうよ。
教室に戻ると、みんな全部売り切れて、過去最高の売り上げだったようです執事メイド喫茶。今年が最後だもんね。僕たち三年生だから、文化祭名物が一つ減ることになります。残念です。
「売り上げは最高だけど原価もかかったから、儲かったとは言えませんけどね」
うん、そういうことを学ぶ場でもあるからねパトリシア。いい経験になればと思います。学生のやることだから、利益度外視でもいいさ。
さあ、今年も正面ホールで、学園祭打ち上げパーティーです。
毎年恒例になった執事、メイド服姿で、僕らも準備に参加です。生徒会主催ですからこのパーティーは。
ダンスタイム、一曲セレアと踊った後は、今年はモルト男爵三男坊のほうから、古式ゆかしく、正式にセレアにダンスを申し込んでいました。なんとあの悪魔のメイクのままでです! 思い切ったことやるなあ。それとも、素顔のままじゃ、勇気が出なかったのかもしれません。
セレア、笑顔で対応しております。まわりもびっくりですね。
セレアは怖い顔、平気ですからね。僕と同じでシュリーガンとの付き合い長いですから。怖い顔が平気になるコツでも、ベルさんに教えてもらったのかなあ。
嬉しそうにダンスを受けて、悪魔と一緒に踊るセレア、素敵でしたね……。やっぱり僕の奥さんは最高です!
僕は生徒会役員の会計ちゃんことミーティス嬢や、学園祭実行委員で苦労してくれた女生徒たちと踊ります。頑張ってくれたみんなにお礼を込めて。
正面外ではキャンプファイヤーが燃やされています。赤々と燃え上がる炎に、みんな見とれていますね。これも今年から導入した新しい試みです。
なんとなくみんなで輪になって、炎を取り囲んで座りました。学生生活最後の学園祭に感傷的になってしまったかもしれませんね……。
ふっと、疲れた僕が一人になったときに、ヒロインさんがそばに来ました。
村娘の衣装のまんまです。
「会長、お疲れ様です」
「ああ、ありがとう。リョンパさん」
「どんどん名前が雑になってるような気がします」
「そう?」
「……負けましたよ殿下には」
そう言って僕の隣に座ります。
何が負けたんでしょうねえ。まあ知らん顔しておきます。
「私は恋をすることが許されないんです……」
「それはおかしいですね。誰が誰を好きになろうとそれは完全に自由です。好きになるだけならね」
「誰と恋をするにしても、身分が違いすぎるんですよね……」
「僕は身分違いの恋をしたことがありませんので、お役に立てませんね」
その点は正直に答えられますよ。ウソじゃないですし。
「申し訳ありませんが僕は恋愛相談には全然向いてない人間だと思いますよ。僕には恋愛経験というやつが全くないですから」
「そんなこと言って……。セレア様といつもラブラブじゃないですか」
「だからです。僕は片思いしたことが無い。振られたこともないし、失恋経験もありません。恋を告白したことも、告白されたことも今はちょっと記憶にありませんし、女性と二人で愛をはぐくんだなんて経験がないんです。親が決めた結婚相手とそのまんま結婚しちゃおうって僕なんかに恋愛相談なんかしても、まともな答えができるとは思えませんね。他をお当たり下さい」
僕とセレア、出会ってすぐ結婚しちゃったもんね。恋愛なんてしてるヒマも無かったよ。
告白とかじゃなくて、求婚の方法とか、夫婦愛の育て方についてでしたら、何時間でも相談に乗りますよ?
「ほんと、朴念仁なんだから!」
「良く言われます」
「そんなんじゃモテませんよ?」
「僕はモテたいと思ったことが一度もありません」
「くっ、強いな――!」
ヒロインさん、苦笑いして立ち上がりました。
「……いつもいじめに遭っているところを助けてくれてありがとうございました。そのことは一度ちゃんとお礼を言っておかないといけないと思いまして」
「どういたしまして」
自業自得、確信犯。犯行声明に近いですね。ヒロインさんにとって、僕ぐらい邪魔な存在も無いでしょう。正面切って挑戦されたような気がします。
「一度、ちゃんと私とダンスを踊ってくださいね」
「この学園にはまだ僕とダンスを踊ったことのない女子が百人以上いますけど」
「全員と踊る気ですか!」
「うん。全ての招待客に平等に。それが王子」
「はー……。かなわないなあ」
ヒロインさん、呆れますね。
「それじゃ、また!」
そう言い残して、ヒロインさん、ホールに戻っていきました。
僕もそろそろホールに戻るとするかな。
後片付けも手伝わないといけないし、セレアも送ってあげなくちゃ。
次回「79.三学期」