77.三年生の学園祭
二学期で一番大きなイベントは学園祭です。僕ら三年生はこれが最後ですから、学園のみんなに楽しんでもらえるように生徒会も頑張らないといけません。
準備が進んでいるか、放課後各部を見て回ります。
「あ、シン君、いらっしゃい」
文芸部、ここにはセレアはいませんでした。残念。でもみなさん歓迎してくれます。
文芸部部長のハーティス君ががんばってます。生徒会の副会長でもあるんですが、基本学園祭は文化委員と文化委員長がやってくれています。生徒会は活動内容のチェックを主にやってますので、僕がハーティス君の分まで一生懸命仕事することになります。
ま、学園祭は年に一度の文芸部の発表の場。それぐらいは協力しますよ。
「今年は小説を文集にして発行しようかと」
「本格的だねえ!」
「なんで印刷が大変なんです!」
みんなガリ版で大量に印刷をしています。すでに刷り上がった小冊子が積まれてます。
「見てもいい?」
「どうぞどうぞ」
一冊手に取ってみます。……推理小説ですね。
「あー! シン君、推理小説は最後のページを先に読んだらダメですよ!」
……なにこれ。
「登場人物三十人が全員犯人って、オチが壮大だねえ?」
「探偵も衛兵団も全員グルなんですからねえ……」
「よくそれを三十ページに納めたね……」
それはそれで、凄い才能かもしれません。
「誰が書いたの?」
「僕です!」
生徒会で書記をやってくれているカイン君が手を上げます。
「凄いアイデアだね。斬新だよ」
「僕がオチをどうするか悩んでたら、セレアさんが、『容疑者全員が犯人だったってのはどうですか』とか言うもんですから、そのアイデアいただきました」
なにしてくれてんのセレア。いいのそんな推理小説?
「これ一冊もらっていい? 帰ってからちゃんと読みたい」
「ありがとうございます! 光栄です!」
カイン君大喜び。学園祭で話題作になるといいですね。
「セレアも何か書いたのかな?」
「はい、これなんですけど、絵巻物なんですよ」
「へえ……。セレアがそんなもの書くなんてなんか意外」
「面白いんですよ。絵が描いてあって、セリフが書き込んであって、起承転結の四コマで一話なんです」
「へえ、絵で見る四行詩って感じだね」
「四コママンガっていうんだそうです」
パラパラとめくってみます。
ちょっ、王子ネタやめて! 王子ネタはやめてくださいセレア様!
「発禁んんんんんんん!!!!」
「そんな――――!!!!」
「焚書おおおぉぉおおおおおお!!」
「どれも微笑ましいエピソードじゃないですかあ!」
「微笑ましいかコレ! どれも僕がやらかしたことばっかりじゃないですかあ!」
「シン君がいつもやってる自虐王子ネタみたいなもんでしょうが!」
「それはね本人がここぞという時披露するからいいの! こんなふうにダイジェストにして出版されちゃったら僕もうこのネタ使えないじゃない!」
うあああああ。もうどうしてくれんのセレア……。僕泣きたいです。
あとでよーくお話ししてみる必要があるようですね。
「今年は見逃すけど、来年はもっと別なやつにして……」
「三年生に来年はありませんよ……セレアさんに言ってください……」
僕がゴールキーパーの練習で顔面にボールの直撃を受けて鼻血を出して涙目になってたとか、執事喫茶の練習をこっそり王宮で筆頭執事とやっていたとか、ノリノリでニンジャマンのキャラ作りを仕込んでたとかそれはいいです。でも、僕が雷が怖くて泣いてたとか、おねしょして「この大陸は僕が治めるんだ!」と開き直ったとか、サラン姉様に聞いたとしか思えないエピソードまで載ってるじゃないですか。
言えませんけどね。奥さんが一生懸命書いたんですから、僕が涙を飲むしか無いですねこの案件は……。
「シンくぅうぅうううううん!」
うわあこの甘ったるい呼びかけはアレだあああ! 相手しないとだめですかね? ヒロインさん、こっち向かって走ってきます。
「廊下は走らないで。淑女が走るなどみっともないことをしてはいけません」
「固いこと言わない! それよりなんですかこの、私のクラスの『フライドチキン店営業不許可』ってのは! 生徒会が営業妨害って何の権限で禁止するんです!!」
手に持った紙ヒラヒラさせて憤慨してます。あーあーあー、そのことかい。
「学園祭は生徒の自主運営がルールです。業者を入れて丸投げというのは許しません。それでは生徒がイベントの運営を学び、主体的に実行するという学園祭本来の教育目的にも反しています」
「なんでえ? ここ貴族学園じゃない。貴族ってのは命令する立場なんだから、なんでも自分でできるようになる必要はないでしょう?」
「君がそれ言うなんてだいぶこの学園に毒されてきたんじゃないですか? 自分で働いた経験のない貴族なんて、領民に無茶な命令をするような下の者の迷惑を考えない独善的な貴族になっちゃいますよ。そういうことを学ぶのも学園ってことです」
悔しそうに涙目になりますねヒロインさん。
「……私、一年生の時、シン君のクラス見て、うらやましくて。だから二年生の時、私たちのクラスもなにかやろうって提案したの。でも、クラスのみんなは誰も賛成してくれなくて、なんで貴族がそんなことしなきゃいけないんだって反対されて、やるんならおまえ一人でやれっていわれたの。だから仕方なく……」
二年生の時にやってたフライドチキン店はそれでですか。そりゃあお気の毒です。
「気持ちは分かります。でもそれは事前準備が足りないからです」
僕が御前会議や、大臣との折衝でいつもどれだけ資料を集め、材料を用意し、説得にかかっていると思ってるんですか。すんなり通ったことなんて五分の一もありませんよ。反対否決、やり直し、再提出なんてしょっちゅうでした。ちゃんちゃらおかしいですね。
「いいですか? 反対されるのはその企画に魅力や利益がないからです。相手が貴族だからというのは関係ないです。きっと楽しいものになる、やりがいのある素晴らしいものになるとクラスを説得できなかったのなら、それは君のひとりよがりなワガママです。クラス全員を説得する材料を用意する。できないならクラスの決定に従う。それを学ぶことも学園の教育目的なんです。独善的に無理を通そうとするのはダメです。人に、ましてや業者に丸投げなんて楽をしようとしてはいけません」
「私、演劇部だからそんなのやっているヒマがないし……」
「大変なことは実家の業者に任せて自分は楽しむだけにしよう。それ、君のクラスの人たちと何が違うんです? 君は毎年、僕が執事喫茶のウエイターとして一人一人のお客様にあーんしてやってるのを見ませんでした? 僕たちのクラスは学園祭を楽しむためにみんなで全力で努力しました。君は手間ひまを惜しんでいませんか? 実家の業者に丸投げするのは君の努力でしょうか? 君は実家のフライドチキン店の宣伝を学内でやりたいだけです。そんなことは禁止します」
「ぶうううううう!」
「僕だってね、今年は執事喫茶やめて別なものにしようって言ったらクラス全員に反対されましたよ。そこは君と同じです」
「王子様の命令を誰も聞かないんですか!?」
これにはピンク頭も驚いたようです。
違うのにしようって言ったら、「……女装メイド喫茶がいいですか?」ってパトリシアににらまれちゃいましたよ。
「当たり前です。ここじゃ僕、王子じゃないんですから。いいですね、何と言われようとダメなものはダメです。フライドチキン売りたかったら自分で揚げてください」
「……はあい」
「今年は券くれないんですか?」
「……どうぞ」
演劇部の優待券二枚、ゲットしました。
クラスに戻ってみますと、セレアもみんなと一緒になって、喫茶店の新メニュー検討してます。楽しそうですね。
言えませんねあの小冊子のことは……。セレアのガッカリ顔なんて見たくないですし……。
「今年は砂時計を導入します!」
執事・メイド喫茶プロデューサー、パトリシアが熱弁しています。
僕、二年生の時から生徒会長なので、学級委員長は去年からパティに譲ってます。
「毎年居座り客が多くて回転が悪すぎます。今年は各テーブルに三十分の砂時計を一つずつ置いて、時間制限を設けます!」
「うわあきびし――!」
執事、メイド役の僕とセレアが忙しくなっちゃうじゃないですか!
「シン君、セレアさん、今年は午前中フルにシフトについてください! 生徒会のほうでちゃんとスケジュール調整して!」
「……ジャックは?」
「去年のジャックのツンデレ執事も悪くなかったんですけど、ジャックが執事やってた間、やっぱり料理の質が下がっちゃいまして、ジャックの料理長は動かせないなーと思いまして」
「うん君が本気なのは分かった。でもそれはみんなでカバーし合って、クラスのメンバー全員が平等に学園祭を楽しめるよう配慮して」
「……はあい。でもシン君がいない間の執事はどうしましょう……」
「そこは考えてよ」
「シン君やジャックほどのイケメンはもうこのクラスには……」
「悪気なく失礼なこと言うのやめてパティ」
クラスの男子が気の毒ですって……。
さあ、学園祭が始まりましたよ! 最後の学園祭、思い切り楽しみたいですね!
「やあ! ぼくの友人にして永遠のライバルのシンくん! 来たよ!」
……なんで来るのピカール。
「なんで執事服着てるの……?」
「ぼくもきみの執事喫茶を手伝おうと思って」
きゃああああああ――――ってクラスの女子から歓声が上がります。
「……乱入してこないでよ。君、自分のクラスは?」
「ぼくのクラスは三年連続で、なんにもやらないのでね、それじゃつまらないだろ!」
「……それ君の責任だよ。クラス委員長だろ君。演劇部は?」
「今年のぼくの出番は、チョイ役だけなんでね、別にいいさ」
「あ、ありがとうございますピカール様! ピカール様が執事をしてくださるなら千客万来間違いなしですわ!」
パトリシアのテンションがマックスですよもう……。
「あのさ、この店の接客はさ……」
「わかってるよ。乙女の夢をかなえる執事喫茶、ぼくはお嬢様の下僕さ」
「なんでわかってるの……」
頭痛いです。
「きゃああああああ! ピカール様あああ!」
「お帰りなさいませお嬢様、さ、お席へご案内いたします」
演劇部凄いな! 接客、完璧だよピカール!
女性客をちやほやすることにかけては天才だよ! ほら噂を聞いて教室の前にお嬢様たちの列ができちゃいました。並ぼうとした男子生徒が殺気をはらんだ目で女生徒客ににらまれますんで、男が並べるような雰囲気じゃありませんよコレ! もうメイド役のあのセレアがヒマそうですもん。
「ピカール様! なんでここに!」
ヒロインさん来ちゃいました。今日は村娘の衣装着てます。今年もヒロイン役なんだって。三年連続かい。凄いなそれ!
「ピカールとお呼びください。おかえりなさいませリンス様。さ、お席へご案内いたします」
おそらく僕目当てで来ただろうピンク頭を席へエスコートするピカール。
「今のぼくはあなたの下僕です。なんなりとお申し付けください」
……君さあ、それがやりたかっただけなんじゃないの?
「ピカール様、クラスが違うんじゃあ……」
「お気になさらず、リンス様。毎年シン君たちがやっているのを見てね、これこそぼくの天職! ぼくが光り輝ける舞台にふさわしいとゾクゾクしてね! ぜひやってみたかったのさ!」
「それで主役を辞退したんですか今年は……。このためにですか……」
演劇部の主役を辞退してまでやりたかったって、執事をかい?
伯爵子息の君がわざわざ執事がやりたいって、どういう嗜好ですか?
しかしお嬢様たちのどんなリクエストにも答えちゃうピカール、さすがです。でも耳かきをもってきたお嬢様に膝枕で耳かきまでしてあげるのは、ちょっとやりすぎだと思います。
僕もセレアもかすんじゃうね。そんな感じで、午前中、僕とピカールでお嬢様たちにあーんしまくりました。もうあーん喫茶でいいんじゃないコレ?
「じゃあ、僕ら抜けるから。あとはお願いするよピカール……」
「まかせたまえ。学園祭、お互い楽しもう!」
君、これが楽しいの? 凄いな君!
ま、いいやつです。なんだかんだ言って、三年間通して、面倒なやつでしたがずっと僕の友達だったと思います。考えてみればジャック以外で、最初から身分差別なし、殿下抜きで付き合ってくれた学園での最初の友人が、実はピカールだったのかもしれません。
ヘンなやつですけどね。今はそのヘンな所も、友人として楽しい奴だと思えるようになりました。
セレアと二人で駆け足で各部の展示、出店を見て回りました。
ヒロインさんのクラス、なにもやってませんでしたね。フライドチキンのお店禁止にしたら、まあそうなるのかあ。やる気無いなあ。
一店、ピザを焼いている二年生のお店があって、人気でした。
セレアと並んで入って食べてみましたけど、けっこうイケます。
二年生も一年生も、ほとんどのクラスが出し物をやっていて、これなら僕らが卒業した後も安心だなって思いました。何にもやらないクラスなんてつまらないよね。やっぱり学園祭、みんなで盛り上げていきたいです。
次回「78.美女と悪魔」