76.最後の夏休み
ここまで全攻略対象に話を聞けました。
最後は脳筋パウエル君にも話を聞こうと思ったんですが、取りつく島が無いですね。「あんたと話すことは何もない!」ってにらまれちゃいました。
恨まれてますねえ僕。思い当たる節が無いんですが。
せいぜい武闘会でコテンパンにしたり、近衛騎士になるって将来の夢のフラグをバッキバキに折ったぐらいでしょ。別に恨まれる筋合いはないと思うんですけどねえ……。
三年生の一学期、終了しました。
期末試験の順位は一位がハーティス君、二位は僕です。ついに抜かれましたか。セレアが十位でヒロインさんは三十台と現状維持ってところです。
「やられたよハーティス君!」
素直に称賛しますよ僕は。
「油断したんじゃないですか? シン君」
「いやいや。前からずーっと思ってたよ。君はいつか僕を抜くって」
「……ありがとうございます」
嬉しそうですねハーティス君。
「僕が王子様を抜いちゃっていいものなのかどうか……」
「いいさ。全然かまわないよ。学園で僕がトップってのは、いいことじゃないと僕は思ってる」
「そうなんですか?」
こっそりと声をひそめてハーティス君にささやきます。
「(この学園に僕より頭のいいヤツがいないって、困るよ。僕が即位したときに、頼りにしていいブレーンになれるヤツがこの学園には一人もいないってことになるじゃない)」
「(うわあ……)」
「(期待してるよハーティス君)」
「(僕、天文学者になりたいんですけど……)」
ぱしっとハーティス君の背中を叩きます。
「頼りにしてるよ!」
「やめてくださいってば!」
まあ、何年も先の話です。考えておいてくれってことですね。
生徒会、夏休みでも仕事があります。
音楽部が市内の音楽コンクールで三位になりました。まあそれぐらいはなってもらわないと。セレアと一緒に聴きに行きましたが、上位とだいぶ差が詰まってきました。けっこう難曲に挑戦してましたよ。
美術部はようやく油絵に挑戦したようでして、これで王室主催のサロンに出展できるようになりました。
一年生部員が、なんだか子供が描いたような雑な絵を出品しまして、笑われちゃいましたけど。
「印象をさっと絵にしてみたんですけど、ダメでしたね……。全然理解してもらえない感じです」
近くで見ると、なに描いてあるのかわからないんですけど、遠く離れて見ると確かに絵になってるって、不思議な絵なんです。
僕はこれいいと思うんだけどな……。
鏡に映したように精密で写実的な絵ばかりの中で、異彩を放っていたと思います。
一年生くんはがっかりしてましたが、セレアは「こういうの、いつかきっと認められるようになりますよ! 続けてください!」って励ましてました。
今年サロンの入選作品はなしです。美術部、前途多難かな。
ジャックが部長の剣術部、他校との交流試合を幾つかやりました。
一勝一敗かな。僕の国でも武闘会がコロシアムで開催されますが、さすがに学生が出るような大会じゃないです。学生の武闘会も全国大会で開催しようという提案はよくあるんですが、けが人も出ますし、学生のうちはそんなことより勉強せいということで教育大臣が許可しません。ま、ごもっとも。
「修行のやり直しだ!」と言って、ジャックはシルファさんと一緒に領地に帰っていきました。今年は絶対に学園武闘会で優勝するんだって張り切っていましたからね、がんばってほしいです。
夏休み後半は、孤児院の子供たちと一緒に林間学校です。
王都近隣の湖で、いつも僕の護衛をしてくれるシュバルツと一緒にブートキャンプです。子供たちに泳ぎを覚えてもらいます!
孤児院のスタッフのみなさんがなんでもやってくれますので、僕とセレアは近くのロッジで、ひさびさにゆっくりできました。
「殿下はね、働きすぎなんですよ。付き合わされるセレア様の身にもなってくださいよ。お二人で、なんにもしない時間も作ってください。いいですね!」
シュバルツにそう言われて追い出されちゃったってのがホントですか。
なんにもしない。確かにそんな時間、全然なかったです。
だってこうしてなんにもしない時間作ってしまうと、僕とセレア、間が持たないぐらいですから。
なんにもしないで一緒にいたことが無いんです。うわあ、僕らそんなこともできないの? 盲点でした!
今日の昼食はどうしよう、今日の晩御飯はどうしよう。二人でそんなことばっかりやってます。結局、すっごい時間かけて、二人で料理作ったりね。
虫の音だけがする静かな夜、セレアと寝袋にくるまって眠ります。
こんな時間も、全然作れていなかったなあって思います。反省ですね……。
やっぱり何も仕事してないってのはどうも性に合わないと言いますか、王都に到着するとすぐに仕事再開です。
ペニシリン工場が始動なんです。とは言っても、例のアルコール工場の一角を借りて分社化したんですけど。醸造、発酵ってプロセスがカビを育てるのと似ていないことも無いので、学院から一人派遣をしまして、専門に技術指導してもらって量産化のめどが立ちました。
これには実は某公爵家の全面的なバックアップがいただけたおかげなんです。
名前は出しませんが、そこの御子息が梅毒に感染し、廃嫡、追放の危機になったんですが、ペニシリンの投与により完治し、その効用が認められたんです。
これに喜んだ公爵殿が量産のための資金を調達してくれまして、一番高価なフリーズドライのための真空ポンプ施設を用意することができたんです。
動力源は蒸気機関ですよ! 石炭を燃料に駆動します。凄いですね!
「液体の生ペニシリンでなく、いきなりフリーズドライによる結晶化が実現できたのは画期的だったと思います。これはもう本当にセレア様のおかげです!」
この件、もう僕らの手を離れていますので、詳しいことはスパルーツさんから話を聞くだけなんですけど。
公爵殿と王宮で株を持ち合って、現在中央病院に独占的に供給するような体制になりました。
これは御前会議に提案して認めてもらったものです。
大変不名誉なことではありますが、梅毒で身内を亡くした方が大臣のみなさんにもいるので、これは驚かれました。不治の病と思われていましたから。
破傷風にも、肺炎にも、腸炎などの病気にも効く薬で良かったです。おそらく梅毒にだけ効く薬でしたら、製造の承認を得るのは大変に難しかったのではないかと思われます。
ほら、梅毒に効く薬ができた! って言って、それは素晴らしいとは思っても、それを喜んで増産しようなんて貴族でしたらなかなか言い出せません。好色な不道徳者だと思われかねませんから。
手間暇もかかる高価な薬ですので、まず儲けなければなりません。厳しい現実です。安価で市民に供給できるようになるのは十数年後でしょうか。
学院の化学科にも化学合成できないか研究を頼んでいますが、こちらのほうは手掛かりさえなく途方に暮れているところです。こればっかりは化学が今より数段発達しないと無理みたい。
しかし、今まで治療が不可能だった病気の治療ができるようになったというのは、大きな進歩です。
「アオカビでこれだけの効果があるんです。この世界にはまだボクらが知らない抗生物質がたくさんあるのかもしれません。ボクはこれをライフワークにして、カビだけではなく、他の微生物も研究しようと思っています!」
スパルーツさん、張り切っていましたね!
面白いのは、僕たちが来ると、学院の研究員がうわーって集まってくるようになったことです。みんな自分の研究を見てもらいたがるんです。
「殿下とセレア様に見てもらうと、必ず新しい研究のヒントがもらえる!」って評判になっています。ぜひ自分の研究も見てもらいたいって申し込みが殺到してますよ!
うわあ……。なんだかなあ!
「セレア様! 土星の周辺物、確かに輪でした!」
ハーティス君のお父さんのヨフネス・ケプラー伯爵がスケッチを何枚も持ってきますし、別の研究員の人は、「火星の衛星は二個です! フォボスとダイモスって名付けましたよ! ガリヴァー旅行記、本物でした!」って大騒ぎです。
「セレア様! 見てください!」
同じ天文学部のエドモンド・ハーレイさんが、巨大な紙を丸めて持ってきました、それを机に広げると、大きな楕円が描いてあります。
「十五年前に現れた彗星の軌道予測図です! 観測データを元にして軌道を楕円で計算し直してみたものです!」
大きいです。土星の軌道の外にはみ出してますよ。
「凄いですね! これで予想通り彗星がもう一度現れれば、この説が証明できることになりますね!」
こういうの見るとワクワクしますね――! 最新の科学に触れた気がします!
「いつ戻ってくるんですか?」
「六十三年後です!」
……うん、僕たち、たぶんそれ見られない。
夏休みが終わり、長い二学期が始まります。
イベントが盛りだくさんです。でも、もう気にしなくても大丈夫。
僕たちなら、きっと、なにがあっても乗り越えられます。
「さあ、行くよ。僕らの戦場!」
「はい!」
ちょっとだけ日焼けした僕たち、出陣です!
次回「77.三年生の学園祭」