75.紳士の社交場
「どうでもいい」
ジャックに、ヒロインさんがいじめられていることについて聞くと、あっさりした答えが返ってきますねえ。
「お前は生徒会長だからな、そりゃ気にもするだろうけど俺はどうでもいいよ」
「冷たいねえ」
「かかわるとロクなことにならん。あの場ではなりゆきで一緒に水も被ったけどよ、もうゴメンだね。俺のほうが冷たい思いしたわ」
そういやそうか。
「思わせぶりなこと言って俺とシルファの仲を邪魔してくる奴。俺の認識はソレだ。だからどうでもいいし関わりたくないんだよな」
もともとはツンでドSなキャラのジャック、別に意外な答えじゃありません。
うん、ジャックのほうは問題なしです。そのまんまでいてください。
ピカールとも一度話をしてみたいのですが……、手ごわいですね!
いつも誰か女の子が周りにいますので、なかなか一人でいる所を狙えません。
男が二人っきりになれる場所、紳士の隠れた社交場と言うと、やっぱりアレです。そういうわけで、廊下でちょっと彼が来ないか様子をうかがいます。
「やあ、シンくん」
「こんちわ」
トイレの便器でピカールの横に並んで用を足します。
「……どうだい? ピンクのお姫様へのいじめはまだ続いているのかな?」
「リンスくんか。きみが気にかけてくれるのは嬉しいね!」
ぱあっと明るく、声のテンションも上がりますねピカール!
小用を終え、手を洗いに行くピカール。特に変わったところはありません。
「……ピカール君、トイレでは意外と普通だね」
「きみはぼくをなんだと思っているのかい」
「いや、回りながらおしっこするんじゃないのかと」
「周りに大迷惑だろうそれ……。だいいちここにはレディたちのギャラリーがいないじゃないか」
いたらやるんかい。
「うーん、美しい小用のポーズか! それは考えたことが無かったよ! さすがはシンくん、その発想素晴らしいよ! 検討に値する!」
「いや僕が発案者みたいに言われたら迷惑だよ、それはやめて」
どんなポーズですか。さっぱり話が進みません。ゴメン僕のせいですね。
「彼女へのいじめの再発は最近始まったのかな?」
「どうやらそうでもないらしい」
二人で手を洗いながら、顔を見合わせます。
「その話詳しく聞きたいよ。二人で話せないかな?」
「嬉しいね! その申し出!」
本当にうれしそうなんだからわからないものです。男なんかに声かけられてもつまらないんじゃないかと思ってました。
「ぼくにはこの学園で、一度行ってみたいところがある」
「どこ?」
「屋上さ。学園の全てが見渡せるはず。世界をこの目で確かめるんだ。いつも閉鎖されていて入れなくてね」
「じゃあ放課後そこで。僕がカギを借りてくるから」
「楽しみにしているよ! じゃ!」
面白い奴ですねえ。子供みたいなところがあります。
放課後、学園祭の時に垂れ幕を降ろせないかチェックしたいと、適当に理由をつけて職員室から先生にカギを借りて、屋上入り口に行くとピカールがもうワクワクしながら待ってました。
「この学園で君が女の子に囲まれていない所、初めて見たかも」
「確かに、レディースをまいてくるのは大変だった。カギはあるかい?」
階段の下からカギを投げると、ピカールがそれを受け止めます。
「さあ、天国への扉が開くよ!」
飛び降りたりしないでよ? ピカールがカギを開け、扉を開くと、傾いた日差しが暗い通路に差し込み、まぶしいほどです。
僕も学園の屋上に上がるのは初めてです。
「アハハハハハハハ! 素晴らしい! 見てよ! この空も、夕日も、今はぼくのものだ! 独り占めさ!」
屋上でクルクル回りながらはしゃいでます、ピカール。
「僕もいるんだから独り占めしないで」
「さあ、風景を眺めよう! この美しいラステールの街を! 存分に!」
手すりに向かって走るピカール。落ちそうです。
「気を付けてよ!」
「わかってるさ。……美しい。この学園から眺める街も素晴らしい……」
二人で、夕日に照らされる王都を眺めます……。まるでおとぎ話に出てくるような美しい街並み、僕らの誇りです。
「ありがとうシンくん。入学以来の夢がかなった……」
「こんなことで良ければ」
「えーと、話は何だったっけ」
「ピンクのお姫様」
「ああ、そのことか」
ふっとピカールのテンションが下がります。いや、落ち着いたって感じかな。
「ぼくにはね、特別な魔法があるのさ」
「へえ凄い。どんな魔法?」
「リンスくんの涙を感知する、乙女の涙魔法……と言っていいのかな?」
なんだそりゃ。
「何か胸騒ぎがして、彼女を捜しに行くと、なぜか彼女は泣いている。いつもそうさ。彼女がいじめられていた現場にいつもぼくがいたのはそのせい」
すごいなゲームの強制力。そんなことにまで影響するんだ!
「不思議さ。他のレディたちにはこんなことは起こらないのに。きっと天使がぼくに彼女を守ってやれって、使命を与えたんだろう……」
「ずいぶんおせっかいな能力だねえそれ」
「この能力は万能じゃない。何も起きてなくて、ほっとしたことも何度もある」
それ、ただ単に君がいつもピンク頭の様子見に行ってるだけなんじゃないの?
かわいいやつだなピカール。
「でも、最近はこの魔法もあまり効かなくなってしまったようだ……」
手すりに頬杖付いて、街を眺めるピカール。
綺麗な長い金髪が風にそよそよと揺られます。男の僕から見てもいい男です。
「胸騒ぎが起きなくなってしまったんだ……。演劇部でも彼女の態度は変わらない。変わったところはないんだ。でも、彼女のクラスの部員からは、今日もトラブルがあったよって聞かされる。びしょびしょになった制服を演劇部の衣装と着替えていたりね、彼女は三年になった今でも水をかけられてしまったり、私物を隠されたりしているらしい。あの机の落書き事件は、演劇部の部員に教えてもらった」
「……いまでもいじめは続いていると?」
「そうさ」
「それ問題だな」
「彼女が強くなったということかもしれない。もう彼女は泣いていないんだ。ぼくを頼りにしてくれることももうない。天使に『ご苦労様』って言われた気分だよ」
ピカール、寂しそうです。
「いじめを行っているのは誰だろう?」
「わからない。やることが幼稚すぎるとぼくも以前から不思議には思っている」
「生徒会でも相談してみたんだけど、貴族のいじめって言うのは、上下関係を叩き込む目的があるらしい。つまり自分のほうが爵位が上だってね。だからやるなら本人の目の前で直接やるし、悪口を言うのも罵倒するのも本人に直接だって。誰がやったのかわからないように隠れてコソコソやるのはおかしいってさ」
「……確かに。ぼくも、ぼくのまわりのレディースたちでそういういざこざが起きるのをずっと止めて来た。ぼくの愛は爵位では独り占めにはできないってね。ぼく自身も多くの嫉妬を経験してきた。美しい者の定めさ……」
ほんとおめでたいなピカールは。さすがだよ。
「だからこれはいじめじゃなくて、個人的な恨み、報復なのかもって言われたよ」
「……あるかもしれない。リンスくんはとにかく誤解されやすい。学園のアイドルを独り占めにしているって思われても仕方がないのはぼくも認める所さ。現に彼女の周りにはぼくがいて、きみがいて、フリードくんもパウエルくんも、ハーティスくんもいる。彼女に冷たいのはジャックくんぐらいだろう」
「アイドルに僕も入れるのやめて」
「ぼくが演劇部の王子様なら、きみは学園の王子様なんだよ? そこはちゃんと自覚をもって行動しなければ」
「はいはい」
「ぼくらナイトが彼女を守る。それでまわりのレディースが嫉妬を募らせる。ぼくらに隠れて彼女をいじめる。悪循環さ……」
意外と本質が見えてるなピカール。ただのバカじゃなかったってことですか。
夕日が綺麗です。もうすぐ外の城壁にかかって沈みそう。
「……ピカール君、いつもモテモテで女の子に囲まれてるけど、君は婚約者とか、いないの?」
「いっぱい話は来る。返事を待ってもらっているよ」
「贅沢な話だねえ」
「学園にいる間ぐらいは、好きに恋して、自由でいたい。卒業と同時に、ぼくは相手を決めなければならないだろうね」
「余裕だねえ……。そんなの待ってたら、いい子を取られちゃうよ?」
「本当に待っていてくれた子こそ、ぼくの伴侶にふさわしいのかもしれない。ぼくはそう思っているよ」
「そんな子は案外少ないに決まってるって」
「きみが十歳の時から惜しみなくセレアくんに愛を注いでいることは知っているさ。うらやましいとも思っている。ぼくがきみをライバルだと認めるのは、ぼくよりも素敵な恋をしているからなのかもしれない。きみには勝てないものがぼくにもある。ぼくのコンプレックスさ……」
あっはっは。セレアとは、もう結婚してるよって言ったら、どんな顔するでしょうねピカール!
「とにかくだ」
日が沈んでしまってから、ピカールが手すりを離れます。
「彼女は強くなった。リンスくんがぼくに相談したり、頼ってくれたりすることなんて、実は今はもう無いんだ。もうぼくの助けはいらないってことだろう。それもいいとぼくは思う。ちょっとさびしいけどね」
意外です。部活も同じだし、ピカールと一番仲がいいと思っていましたから。
「きみとこんな話ができてうれしい。ぼくは男子諸君とはなかなかこういう話をする機会が無くてね。男同士で恋バナなんて、ちょっとあこがれのシチュエーションさ」
「恋バナだったかなあ今の話……」
ハーティス君とおんなじようなことを言いますね。
「いいものを見せてもらった。ありがとう」
素敵な笑顔で僕にカギを返して、ピカール、回らないで普通に去っていきました。
ピカールもヒーローレースから辞退ですか。意外な展開です。
話だけ聞くと、ヒロインさんのほうからアプローチをかけてくることがなくなってきているってことになるんでしょうか。諦めたのか、それとも他の攻略対象に絞っているのか。
「それ、ピカールさんのイベントじゃないですかあ!」
あっはっはっはっは! 下校で、夕暮れの歩道を歩いている時にセレアにそのことを言うと、なんか怒ってるんですよね!
「ずるいなあシン様は。ピカールさんとヒロインさんの屋上でのラブラブイベントあるの知ってたでしょ?」
「うん」
「それをヒロインさんから取っちゃうんですか」
「だってピカール、いつも女の子に囲まれてて、なかなか一人になってくれないから餌が要ると思って」
「なんだかなあ……」
んー、なんで怒るの?
「シン様って、けっこう腹黒!」
「どっちの味方なのセレアは」
「そりゃあ私はシン様の味方ですし、悪役令嬢としては、イベントも起きて欲しくないですけど、人の恋路を邪魔するのはどうかなあっていうか……」
「ゴメンゴメン、もうやらないよ」
うん、今後はセレアにも内緒にして続けましょうか。
次回「76.最後の夏休み」