74.各方面の反応
生徒会で集まってもらって、いじめ対策キャンペーンを何かやれないかって話をしました。
実は僕はいじめられたって経験がありません。当たり前ですよね、王子なんですから。だから僕はいじめの理由とか正直よくわからないんですよね……。
副会長ハーティス君は事情を知っています。二年書記カイン君、一年会計のミーティスさんが僕の話を聞いて首をひねります。
「それ、おかしいですね。貴族のいじめとは違うような気がします」
ふとっちょの書記君はそういうんですよ。
「まずですね、貴族のいじめというのは隠れてコソコソやりません」
「はあ?」
なんか意外な答えが返ってきました。
「貴族のいじめってのは、上下関係をわからせるためにやるんですよ。自分の方が偉い、逆らうなってね。だから教科書を破るだの、ドレスをやぶるなんてみみっちいことはしません。悪口だって陰で言ったり机に落書きしたりせず、みんなが見ている前で本人を堂々と罵倒するはずです。いじめているのは自分だってわからないようにやるのは、意味がないんですよ」
「うわあ……。言われてみれば確かにそうだけど、陰険だなあ」
それってどっちがひどいんだか。いや、どっちもひどいか。
「カインはいじめられたことがあるの?」
一年生の会計、ミーティスさんが、ストレートに二年生の書記のカイン君に聞いてきますね。ちょ、もう少しオブラートに包めない?
「ちょっとね、僕太っててのろまだったから、昔ね」
「今も……」
「ストップストップ。横道にそれないで」
「失礼しました」
会計ちゃん、君もしかして性格キツイ?
「いじめられる方は大変だね……」
「そうでもないです。いじめられる方は、いじめられたくなかったら行いを正せばいいし、非があれば認めればいい。身分差があるのならわきまえればいいんだから話は簡単なんです」
いじめる理由が無くなればいじめない。なるほど、そこも貴族らしいって言えば貴族らしいかな。いじめって言うより教育ですけどねソレ。
「だから、こんなふうに犯人が分からないようにコソコソやるってのは、実は身分を笠に着た、位の高い人がやるいじめじゃないんですよ。僕はそう思いますね」
「逆ってことですか?、身分が低い方が、高位の貴族に仕返ししているとか」
それを言うミーティス嬢は伯爵令嬢。カイン君も伯爵次男ですが、上には王族、公爵、侯爵がいて、下には子爵、男爵、騎士がいるという微妙な中間層。身分のことを言い出したら一番面倒くさいポジションにいる彼らは、「身分差別なし!」っていうこの学園の方針、喜んでいました。
割と早くなじんでくれましたね。二人とも三年生になればいい生徒会長になってくれそうです。
「いや、それもないと思うなあ。だっていじめられているのは男爵の養女だし」
「へー……。そうなんですか」
「じゃあ、同じ爵位同士で、身分差が無い相手?」
「それだったらもうむしろ個人的な恨み、復讐なんじゃないですかね?」
うーんそうかあ。だとしたらそれは「イジメ」じゃなくなっちゃうなあ。
「恨みを買うようなことをやっちゃってるわけか」
「はい、それに対して泣き寝入りするしかないような弱い立場の者が仕返ししているのかもしれません」
ヒロインさんより立場が弱い人っているかなあ……?
「会長、その人のこと何度か助けたって言ってましたよね」ってカイン君が聞きます。
「うん」
僕だけじゃなくてね、脳筋担当、クール担当、バカ担当にハーティス君、しまいにはジャックに悪役令嬢のセレアまで加わってだけどね。
「その人、会長の庇護下にあると思われているんじゃないですかね。彼女をいじめたら会長が黙っていない。だから本来の貴族らしくおおっぴらにいじめることができなくて、コソコソいじめていると」
「僕のせいか――――!」
本当だったら本人に直接苦言を言いたい。でもそれが王子や、学園のトップヒエラルキーであるイケメンな攻略対象者のお気に入りなのでできない。ヒロインさんもそれを匂わせて調子に乗る。よけい反感を買う。そしてイジメがエスカレートすると。
「いや、会長が悪いとは言えないですよ」
「僕、関わらない方がいいのかな……」
「そんなわけ無いですよ。学園内でイジメがあるんだったら、それを止めようとするのは当たり前じゃないですか。シン君は間違っていませんよ」
ハーティス君がそう言ってくれます。
この場合イジメをなくすことが難しいのは、原因を何とかできないってことがデカいです。
ヒロインさんに、「女子たちに人気のイケメン君を何人も一人占めにするのはやめろ」って言えます? 言えないでしょ。
……いや、一度言ってみた方がいいのかもしれませんね。
それを言うと、僕がヒロインさんをいじめてるみたいになっちゃうかもしれませんけど。
「会長、その、いじめられてる人って、そもそも誰なんです?」
会計ちゃんが聞いてきます。
「うーん、それは本人の名誉のためにも、言いたくないな……」
「もしかして、リンス・ブローバーって人じゃ」
一年生の間でも有名でしたか……。
こういう場合は、開き直って聞いてしまうのもいいんじゃないかと思います。書記くんと会計ちゃんが下校してからハーティス君と二人で生徒会室に残って話します。
「ハーティス君はなんであのピンク頭さんがいじめられてると思う?」
「ピンク頭って、脳内ピンクってことじゃないですよね?」
そう言って笑います。
「僕、前からずーっと彼女に、『勉強教えて!』って付きまとわれていたんですけど、あれは勉強教えてもらうためというより、明らかに僕と仲良くなりたがっていたって感じでした。すぐに勉強と関係ない話になるし、僕の家の事情をいろいろ聞きたがるし……」
「どんな相談にも乗ってあげるよ、全部あなたを肯定してあげるから」
「そうそう! そんな感じです!」
ハーティス君が手をポンと打って、わが意を得たりと言う感じになります。
「シン君もそれやられたわけですか?」
「そうなる前に逃げ回ってる」
「さすがです。僕は女性の扱いが苦手でして……」
「僕が得意みたいにいわないでよ。頼まれたらイヤとは言わないハーティス君を、僕は尊敬してるよ?」
「なんかヤダなあそんなこと尊敬されるの」
お茶をスプーンでかきまわして苦笑しますねハーティス君。
「あのかわいらしさでそう言われたら、この子、僕のことが好きなんじゃないかと思っちゃいますよね。そうすると意識しちゃう。リンスさんは、『この子、僕のことが好きなんじゃないか』って思わせるのがものすごく上手いんです」
「うん! それは僕も前から思ってたことだよ! よくそこに気が付いたねハーティス君は」
「シン君とセレアさんを側で見ることができたせいでしょうかね。なんか違うなって違和感がすごかったですよリンスさんは。そうでなかったら僕もまいっていたかもしれません。パウエルくんやフリード君みたいに」
「ピカールは入って無いの?」
「あはははは! ほら、ピカール君は、全ての女性はみんなボクに夢中さ! って信じて疑わない人だから!」
うらやましい性格してるよピカール。
「シン君とセレアさんは誰にでも優しくて公平です。でも、自分のナンバーワンはお互いの婚約者だってところが、二人とも全くブレていない。僕は本物の恋人同士ってものをちゃんと見せていただきました」
うん、なんかゴメン。
「だから、リンスさんはニセモノなんですよ。僕はそう思いますね。そのことが他の女子にもわかるんです。たぶんですけどね」
的確に分析していますねえ。さすがは学者の家系です。恋愛も理系脳で割り切れると。
「彼女、今でも勉強聞きに来るの?」
「三年になってからはぱったりとなくなりましたね。僕の次に三位になったことだってあるんです。やればできるんですよ彼女。もう勉強教えてもらうふりをするのは無理なんです。諦めたんじゃないですかね」
「ふーん……」
「あはははは。ヘンなんですけど、なんかいいですねこういうの。男同士の内緒話って感じで。僕、こういう話に入れてもらえたことあんまり無くて、ちょっと嬉しいです」
言われてみりゃあ、僕も無いね……。
はい次。
「……何の用だ」
学園の食堂でぼっち飯をしているフリード君の正面に、トレイを置いて座ります。
「学園からいじめをなくすにはどうしたらいいかを相談しようと思って」
「お前本当に王子なのか? 王侯貴族だったら本題を切り出す前に、せいぜいご機嫌をうかがう、どうでもいいくだらない話の一つもするものだろう?」
「君以外の人にはそうしてるさ」
クール担当君の口端がちょっと上がります。珍しいこともあるもんですね。
「さて、何かといじめに遭っていたあのピンク頭さんだけど……」
げほっごほってフリード君がむせます。食べてる途中で笑っちゃいそうになったのを我慢したって感じです。
「げほっ……。お前なあ、ピンク頭はないだろう。リンス・ブローバーだ。いいかげん覚えろ」
「そうそう、その子」
「お前本当にあいつに興味ないんだな……」
「無いね。ただ、君も知ってるようにあの子がいじめられると、どういうわけだか必ず僕もとばっちりを食らう。もっぱらピカールのせいだけど」
「その点は俺も認めよう……」
「そういや君もいつも現場にいたよね。ピカールに呼び出されていたわけ?」
「そうじゃないが、何度か関わるうちにつきあう羽目になったのは事実だ」
「もしかして不思議と偶然に関わることになることが多くなかった?」
「……その通りだ」
うん、すごいね強制力。君も一度教会に行ってラナテス様にお布施を払ってきたらいいと思うよ。
「端から見てると、君とパウエルとピカールで彼女を取り合っているように見えるけど、実際は違う」
「ちょっと待て、俺たちそんなふうに思われているのか!?」
「誰が見てもね」
「冗談じゃない……。あんなバカ共と」
「でも実際は違うって言ってるでしょ。彼女が三人に平等にモーションかけて、差が付かないように同じように、まるで調整しているように親密な関係になっているっていうほうが正しいかな」
「……お前よく見ているな」
「あーやっぱり君でもそう思うことがあるわけか」
フリード君、無言で昼食を続けます。認めてしまうのは嫌なこともありますよね。
「……話を元に戻してもらおう」
「ゴメンゴメン。いじめを止める方法だね。いじめはもちろんいじめる奴が悪い。それは大前提。でもその一方で彼女がいじめられる理由も考えないと」
「ああ」
「ミもフタも無い言い方をすると、彼女が学園中のいい男に片っ端からモーションかけて、友達以上恋人未満になろうとするから、周りの女生徒たちの嫉妬を集めて嫌われてしまうわけだ。僕にもチャンスがあれば寄って来ようとするし」
「お前なあ、本当にミもフタも無いな! もう少し言い方ってものがあるだろう」
「遠回しで思わせぶりな言い方のほうが君は好きかい?」
「いや、まあ、話は早いに限るが」
「婚約者がいる相手でもお構いなし。身分差があっても平気。既存のルールにとらわれない自由さ、天真爛漫さ、それが貴族の格式ばったお嬢様に飽き飽きしている男には魅力的であり、女子には目障りでもある。まさに野良猫」
「……言い得て妙だ」
「せめて誰か一人に絞ってくれれば、波風も立たないってもんなんだけど……」
「同感だ」
意外と冷静に物事を見てるんだなクール担当。
食事を終わって、フリード君が水を飲み干して、トレイを持って立ち上がります。
「俺は降りる」
えええええ――――!
「ちょっちょっちょっと待って。僕はなにもそんなこと君に頼みに来たわけじゃないよ!」
「わかってる。俺がバカバカしくなっただけだ」
「いやなにもそこまで」
「なにより俺があんな女に振り回されてると周りに思われたらたまらん」
いえもうみんなにそう思われてますけど。
「お前を疑ったこともあったな。悪かった。もう俺に関わるな」
いや……。まさかこんなことになるとは。
クールって大変ですね。ちょっと同情しちゃいます。
次回「75.紳士の社交場」