73.いじめ、再発
新学期が始まってから、なにもかも順調で、特にこれってことは無かったですね。
六月の体育祭、フットボールと、ボウリング。例の武闘会をここで入れるってアイデアも出ましたけど、それはやめました。あんなケガ人が出るような行事、年に二回もやるのはちょっと遠慮したいです。和やかに全校生徒が楽しめるような行事にしたいですよ僕は。
六月も終わりって時に、事件は起きました。
「やあああ~~~~! シンくぅううううううんん!!」
クルクル回りながらピカール登場!
教室から「きゃあああ――――! ピカールさまあぁあああ!」って女子たちの歓声が上がります。なんなんだお前。日頃の演劇部での練習のたまものでしょうか、スピードもキレも以前より増してます。いや、どうでもいいけど。
「……その登場方法、もっとオリジナリティを出して別のものにしようよ。毎回それだと飽きるよ」
「僕の友であり永遠のライバル。きみは『お約束を守る』ということをもっと大切にしたほうがいい。変えてはいけないものもあるんだ」
「その固い信念称賛したいな。で、今日はなんの頼み事?」
すっと身をかがめて、僕に耳打ちします。
「(リンス嬢へのいじめが再発してね)」
「きゃああああぁあぁあああ――――!」って女子の悲鳴は何なんですか? 僕とピカールの間に友人関係もライバル関係もないですからね?
「またか……。今度はなに?」
「来てくれ」
僕が立ち上がると、セレアも席を立ちました。
ちょっと手を振って、こなくていいって合図します。こんなことにいちいち関わらせていたらセレアになにかとばっちりがいきそうです。
「これを見てくれ……」
ヒロインさんの教室に移動して、めずらしく怒り顔で憮然としているヒロインさんが座っている机。
『学園にくるなブス!』
『生意気なんだよ!』
『王子に馴れ馴れしくするな!』
『元平民のくせに!』
『ウザい』
『死ね』
……とか、汚い落書きでいっぱいです。
「誰だコレを書いたのは!」
「お前たち、許さんぞ……」
脳筋担当パウエルと、クール担当フリード君が教室を睨みまわしておりますね。
「あちゃー、こういういじめもあるのか……」
僕はそれを見て思わずそういう感想を言っちゃいました。
「シンくん、きみねえ、どうしてそういう感想しか出てこないの?」
またピカールに注意されちゃいました。ヒロインさんにも睨まれます。
僕が意外に思ったのは、こんないじめがあるって知らなかったからです。セレアの手作りゲーム攻略本にもありません。どういうことでしょう? 今までこんなことありませんでした。なにか僕の知らないイベントが進んでいることになります。
これはゲームじゃなくて、この世界で現実に起きている事件だってことなのかもしれません。
「で? ピカール君としては?」
「いや、ぼくは、自分の机と彼女の机を取り替えてあげようと思ってね」
ああ、そういえば前にヒロインさんの教科書が破かれたとき、僕の教科書と取り換えてあげたことがありましたっけ。なるほど、ピカール君がそれをやってくれるなら、この手のイジメも無くなるでしょう。ピカール君、卒業するまでこの机で勉強することになりますが。
僕? 僕は結局、一年間あのビリビリに破かれた教科書使いましたよ。資源は大切にしなくちゃね。
「それはダメだ」
クール担当がダメ出しします。
「なんで?」
「今回はこれが証拠になる。明らかにリンスの筆跡でもないし、これが誰の筆跡かを突き止めれば犯人探しができる。机を取り替えるなら俺がやる」
「いや、それは俺がやろう!」って脳筋担当も言い出す始末で、要するに彼女にいいとこ見せよう合戦をしていることになります。バカバカしい。
教室にセレアが入ってきました。
さっき、ちょっと廊下の窓で教室を覗き込んでるの見たんですけど、慌てて走って行っちゃいましたからどうしたんだろうと思ったら、手にアルコール容器と雑巾握ってました。
「セレア……。どうしたの?」
セレア、たぶん保健室から持ってきた消毒用アルコール容器のふたを開けて、机に振りかけます!
「ちょ、セレアくん! 何をする気だい!」
「拭くんです!」
ピカールに目もくれず、アルコールを振りかけては、ごしごし落書きをこすり出しました。
「いや、待った待った待った! これ証拠だから! 俺たちに任せろ!」
「邪魔しないで!」
セレア、鬼気迫る様子でクール担当の手を払いのけて、机を拭きます。これにはもう周りの人がびっくりです。
ヒロインさんもポカーンとしてます。
「いや、セレアくん、なぜ……」
言いかけたピカールの言葉が止まります。
セレアの目から涙がぽろぽろ落ちたのです。ええええ? どういうこと?
セレア、もう泣きながらアルコールでヒロインさんの机を両手で雑巾を押さえつけて、ほんとにごしごし、きれいになるまで拭き上げました。袖で涙を拭いて、えぐえぐとしゃくりながらです。あんまりなその様子に、僕ら手も出せないで、見ているしか無かったですね……。
ちょっとシミになっちゃったところはありますけど、きれいになった机を見て、セレアが無言で教室を出ていきました。
「あ、ありがとうセレアさん……」
ヒロインさんの声も聞こえていない感じですね。教室、シーンとしてしまいました。
「……シンくん、あれ、どういうこと?」
ピカールが首をかしげます。
「いやあ僕にも全くわからないよ……。あんなセレア初めて見たよ」
「これ書いたのセレア嬢だからじゃないか? 証拠隠滅のために」
脳筋担当がそんなこと言います。これにはクール担当がぎろりとにらみますね。
「バカかお前。アレ見てよくそんなことが言えるな……。セレア嬢、本気で怒ってたぞ。証拠隠滅を俺たちの前で堂々とやるか普通。セレア嬢は聡明な人だ。こんなあからさまに疑われるようなことをやるほどマヌケじゃない」
「だったらなんで机を拭く!」
「いじめをやめさせたいからに決まってるだろ。彼女がこんないじめをリンスにしなきゃならない理由がどこにある? まあ、どうしてこんな方法をとったのかはわからんが……」
「じゃあこれ書いたのは誰だ!」
脳筋がもう一度クラスを見回します。
「……いや、僕らのクラスじゃないよ、これはたぶん」
そうヒロインさんのクラスの学級委員長が恐る恐る、言ってきます。
「なぜそう言い切れる!」
「僕たちはシン君やセレアさんが、リンスさんがいじめられているのを助けるところを何度も一番近くで見ているんだ。リンスさんに嫌がらせをすることは王家を敵に回すのもおんなじさ。そのことはこのクラスの人間だったら誰でも知ってるよ。いまさらそんなことする奴いるわけがない」
ごもっとも。ちゃんと効果上げていましたか。それはよかったです。
「そうすると新手のイジメ首謀者か……」
ピカールが考え込みますね。
「確かに。複数の筆跡、複数の筆記具、複数犯に見えた。首謀者がいるわけか」
クール担当も同意します。
「王子や俺たちが彼女へのいじめをことごとく止めようとしてきたのは、在校生だったら誰でも知ってるはずだ。だとしたら、犯人は在校生でないやつ、あるいは……」
「入学して来たばかりの一年生っていうのかい?」
「一年生は彼女がいじめられてることさえ知らんだろ。だいたい上級生の教室まで来てこんなことをやる理由が一年生にあるか?」
「そりゃそうだ。冴えてるねフリードくん!」
「普通わかるだろ……」
フリード君とピカール君がそんな会話してますけど、まったく犯人に繋がらない会話してて冴えてるも無いでしょう……。
「……とにかく、リンスの机をセレア嬢が拭いて綺麗にした。この話が学園内に伝わればこんないじめはもう起きないだろう。証拠が無くなってしまったのは惜しかったが、セレア嬢にはセレア嬢の考えがあったのだと思うしかない」
フリード君の推測に脳筋がいきり立ちます。
「信用できるか!」
「……お前忘れたか。水かけ事件の時、リンスといっしょに一番に水をかぶって見せてくれたのがセレア嬢だっただろ。あの勇気、行動力、男の俺たちでも躊躇するようなことを一番にやってくれた。称賛に価すると思わないのか。お前のゲスの勘繰りはどこまで腐ってる?」
「そうだよパウエルくん。ダンス教室の時もセレアくんはリンスくんにダンス着を貸してあげてくれたじゃないか。忘れたかい?」
ピカールもかばってくれます。
「都合良すぎなんだよ……。まるで自分が首謀者だと疑われないように」
これには僕もちょっと腹立ちますね。
「あー、パウエルくん。では君はセレアにはこの子をいじめなきゃいけない理由があると思ってるんだ。それ、どんな理由?」
「それはおま……いや、わからんけど、嫉妬じゃないか? 女のやることだし」
「なにその雑な推理」
これには呆れますね。
「セレアが気に入らないやつにイヤガラセするような女だったら、君とっくに退学になってるよ。僕に真剣で斬りかかっておいて、退学にならなかったの、誰が口添えしてくれたおかげさ? よく思い出してみなよ」
そう言われて真っ青になりますね、パウエル。
あの時近衛騎士団長の親と二人で僕に土下座しにきたとき、許してやれって言ってくれたのはセレアでしょう。思い出しましたか?
「きみねえ、学園のベストカップルに選ばれて、あれほどのダンスを踊って見せたいつも仲睦まじいシンくんとセレアくんが、いったい誰にジェラシーするっていうの? そんなの全く必要ないだろ。むしろぼくはシンくんにジェラシーを感じてしまったぐらいさ! 女子がジェラシーするならむしろセレアくんにだ。セレアくんがリンスくんにジェラシーする理由なんて、恋の狩人たるぼくでもまったく想像つかないよ。ありえないね」
ピカール、いいこと言うなあ。ありがたいよ。
「……ピカール、これお前のファンじゃないのか?」
クール担当の指摘にピカールがびっくりしますね。
「ぼくの?」
「お前いつも『演劇部の王子様』って言われてるじゃないか」
そんなこと言われてんのピカール……。
「実際リンスと王子役でイチャイチャしてる劇をやってる。それに嫉妬したお前のファンだという可能性はないか? 『王子に馴れ馴れしくするな!』って書いてあったのは、シンじゃなくてお前にだとしたら?」
「あり得ないね」
「なぜ?」
「ぼくは全てのファンを平等に愛している。そこにジェラシーなど生まれるわけもない」
は――……。全員で頭を抱えます。
「まあ、学園祭の劇からもう半年もたってるし、いまさらでしょ。えーと、君、これ誰がやったか心当たりはある?」
ヒロインさんに聞いてみます。どうせわかんないだろうけど。
「……ぜんぜん心当たりがありません」
ほらね、こう言うだろうさ。鈍感主人公ですもんね。知ってても言いませんよね。こういうイベントで攻略対象者との親密度上げるってことになってますから、むしろウエルカムなはずですもん。
「それは俺たちが真っ先に聞いた!」
はいはい。いちいち怒るなよ脳筋担当。
「だいたい『王子と馴れ馴れしくするな!』ってなにさ。僕、この人と馴れ馴れしくしたことなんか一度もないんだけど」
これにはヒロインさん含め全員ににらまれちゃいました。失言しちゃったかな。
教室に先生来ました。朝のホームルームです。からん、からん、からん。
始業を知らせる鐘が鳴ります。
「どうしたのかね君たち?」
先生、集まってる僕らメンバーに驚きですね。
「いえ、なんでも。失礼しました」
そうして四人で退席します。
教室に戻るともう僕の担任の先生来てました。
「遅刻してすいません」
ちらとセレアを見ると、真っ赤に泣きはらした目をして無言で机に座ってますね。その雰囲気にクラスがしーんとしています。いやなにがあったんだって感じです。
そのあと全員無言で授業受けました。
お昼になり、セレアを昼食に誘います。今日は学食でお弁当パック買って、二人で中庭のベンチで食べましょうか。学食の食事は信用できますよ。食べるのは全員貴族なんですから、ちゃーんとチェックが入っています。毒見はいりませんね。
「……セレア、いったいどうしたの? セレアらしくない。何か理由があったとは思うけど」
「……私、いじめられていたんです」
「え……」
公爵令嬢のセレアが? あり得ないです。信じられません。
「前世の話なんですけどね……」
うつむいて、話してくれます。
「私、体が弱くて、すぐに病気にかかってしまって、そのたびに入院ばかりしていて、たまに学校に行くと、『病気が移る!』『迷惑だから学校にくるな!』って同級生にいじめられていて……」
そりゃあひどい……。
「勉強にもついていけなくて、バカにされてて、あんなふうに机に悪口を落書きされたこともあって、それ思い出して……」
そうだったのか……。
「だから、許せなくて」
「うん、わかった」
セレアの肩を抱いて、頭を撫でます。
「……いったい誰がやったんでしょう」
「うーん、『王子に馴れ馴れしくするな!』って書いてあっただろ? 僕らがいつもヒロインさんがいじめられるたびにフォローしてるから、王子に特別扱いされてるって勘違いしてる人がいるのかも」
「……ヒロインさん、そのことをひけらかしたりしてるんでしょうか」
だったら最悪だな。「私に手を出したら王子が黙っていないわよ!」なんて態度とってたら女子に嫌われまくってしまうに決まってるよ。
「生徒会でいじめ撲滅キャンペーンでもやってみようか」
「それもかえっていじめが陰湿になるかもしれませんし……」
陰に隠れてコソコソとか。そしたら対処がもっと大変になっちゃうな……。
「さ、おべんと食べよう! 昼休み終わっちゃうよ!」
「はい」
セレアにあーんしてあげたら、少し元気出たようです。よかったよかった。
次回「74.各方面の反応」