70.スライディング土下座
武闘会の次の日、いつものようにセレアと並んで、徒歩で学園に向かうと、正門で脳筋担当パウエルと、いかめしい鎧を着たおじさんが並んで待っていました。
鎧の男、近衛騎士隊長ですね! 僕らを見つけて、だーっと走ってきて、ずざざざざ――――っと土下座します。土下座した禿げ頭がこっちに向かって土煙を立てながら向かってくるって、いったいなにごと!
「殿下! この度は! 不肖の息子が大変な失礼を働きまして! この近衛騎士隊長、ウリエル・ハーガン、心よりお詫び申し上げます!」って平身低頭です。
パウエルも走ってきて、父親と並んで土下座ですねえ。やめてほしいです。
「で、殿下だとはつゆ知らず、誠に失礼を働き、お詫びの申し上げようもございません!」
「ああ……、そのことはもういいんです。頭を上げてください。パウエル君は退学ですからもうその件は済んでいます。お詫びの申し上げようがないんだったら申し上げずにお帰り下さい」
二人、顔を上げてさーっと青くなります。僕には彼らを助ける意志がないってことですから。
「お、お、王家の盾たる近衛騎士が、王子に刃を向けるなどあってはならないこと。この首、どうぞ討ち落としてください!」と言って近衛隊長が剣を僕の前に置きます。いやいやいやいや、朝っぱらから校門でなんなのその惨殺劇。そんなことやるわけないでしょ。
こっちがここまで謝罪してやっているのに、許さないなんて狭量だ! そんなポーズがしたいだけの奴なんて、王宮にしょっちゅう来ますよ。慣れてます。
「そんなこと別に罪になりませんよ。だいたい彼は近衛騎士ではないんですから。今後も彼が近衛騎士になろうとしない限りこの件は問題になりません」
「え、ええええええ?!」
「校則で禁止されている帯剣を行っていたこと、再三にわたる注意にも従わなかったこと。校内で抜刀し、卑怯にも刃物を持っていない相手に真剣で決闘を申し込み、実際に剣で斬りつけたこと。退学の理由はそれです。近衛騎士隊長の息子がどうのこうのは全然関係ありません。騎士隊長のウリエル殿にはお咎めは無いです。どうぞお気になさらず」
これはパウエルのほうが真っ青です。
「いや! お、俺は、ちゃんと学園の許可を得て……」
「許可なんてしていません。そんな許可、誰も出していないのは確認しました。君が勝手に校則を無視して帯剣していただけです。以前から問題になっていました。何度注意しても、『昔は貴族騎士の男子は帯剣する義務があった』とか『俺は学園の秩序を守る義務がある』とか言って聞き入れなかったそうですね」
「俺は相手が殿下だなんて知らなかった!」
「なお悪いです。僕以外の生徒なら、真剣を抜刀して斬っても、親の権力で握りつぶせると思っていたということになります。お二人ともこの件、僕に許してもらえれば済むと思っているのだとしたら違います。一般の生徒に危害を加えるつもりでいつも真剣を帯剣している奴など、学園の安全を守るために退学してもらうのは学園なら当然の処分です」
「そんなあ! ただの学生の武闘会でそんな処分!」
「ただの学生の武闘会で真剣を抜刀しそれを振るったんです。そんな大失態を親に土下座させても握りつぶせるわけないでしょう。わかりませんか?」
「俺は本当に斬ろうだなんて思っていなかった! あれは覆面を脱がせようと」
「僕に真剣で斬りかかってきたのを全校生徒が見ていました」
「あ、あれは……、殿下が挑発してきたから……」
「挑発されたぐらいで人身傷害事件を起こすような冷静さのカケラもない男、学園にも騎士団にも要りません」
言い訳しようが無いですよね。
「パウエル君、きみはここまで自分の非を全く認めていないのですが、それでどうやって謝罪をするつもりですか?」
パウエル、はっとした顔になりますね。
「申し訳ありません!! 俺が、俺が悪かったです!」
「なにとぞ! なにとぞ! お許しを!!」
近衛隊長、パウエルの頭をがしっとつかんで地面に叩きつけて下げさせます。
親子そろって脳筋かい……。
「シン様……、もうそれぐらいで」
セレアが僕の袖を引っ張ります。
登校中の学生が周りを取り囲んでもう大変な騒ぎですもんね。あっはっは!
「……そうだねセレア。じゃあ、セレアに免じて、そこのところは許してあげようか」
二人、顔を上げて口をあんぐりですな。パウエル君の額から血がたらたら流れています。土下座で流血沙汰って、いくらなんでもやりすぎでしょう。
「退学は免除するよう、被害者の僕から学園に陳情しておきますが、それは単なる僕個人の謝罪の受け入れです。パウエル君の処罰は別に学園が行います。長期の停学は覚悟してください」
「は、はい!」
「パウエル君」
「はい!」
「校則は守ってください。校内での帯剣、暴力行為は禁止です。守れなければ直ちに退学。よろしいですね」
「……はい」
「あ、ありがとうございます殿下!」
「勘違いしないで。二人とも、礼はセレアに言ってください」
近衛隊長が頭を地面に擦り付けます。
「セレア様、御厚情、感謝いたします!」
「感謝します!」
これで校内の風紀も良くなるでしょう。
腰に真剣を下げて歩いてる奴がいるって、いくらなんでもね……。
「これでアイツもうセレアに頭が上がらなくなるよ。断罪者が一人減ったかな」
『この門をくぐる者はすべての身分を捨てよ』と書かれた正門をくぐって、学園までの歩道でセレアににらまれます。
「私が止めるの、待ってたんですか?」
「そうだよ」
「ズルいなあシン様は……」
あはははは! まあそれぐらいはやるってば!
後ろからジャックに声をかけられます。
「よう、見てたぜ」って面白そうに笑ってますね。
「よくあれで済ませたなあ……。ちょっと驚きだよ。あのまま放っておけば退学になって、そのほうが面倒がなかっただろうに」
「役者を途中降板させると、現場が混乱するからね」
「なんのこっちゃ?」
「ま、こっちにも事情あるってこと」
攻略キャラを排除したら、セレアの言う「ゲーム」にどう影響するか予想が付きません。予想がつかなくなると、対策が後手に回る可能性があるわけです。それは避けたいかな。
別にこれで済んだわけではありませんよ。近衛騎士としての彼の将来は絶望的です。さすがに「王族に刃を向けた男」が近衛隊に入隊することはもうあり得ないです。パウエルの未来への扉は完全に閉ざされました。それは近衛隊長も理解したと思います。申し訳ないけどこればかりは自業自得と言うしか無いです。
人生で取り返しのつかないこと、やり直しが効かないことって、あるんですよ。貴族騎士だったらね……。
「お前でも権力を使うことってあるんだな」
「なに言ってんの。逆だよ。この学園で権力を振るったり、親の力で不祥事を握りつぶしたりするのは許さないって言ってるだけだよ」
「そういやそうか」
あのスライディング土下座、見てた学園の生徒にはどう伝わったでしょうね。ヘンに誤解されなきゃいいんですが。
武闘会も終わって、期末試験も終了。
成績順位は変わらず僕がトップで二位がハーティス君。
十三位がセレアで今回ヒロインさんはぐーっと下がって三十位ぐらいでした。
「……シン様とかハーティス君とか、優等生キャラが全然攻略できないのであきらめたのかもしれませんね」とかセレアが言います。
その分の手間ヒマを、他のキャラの攻略に使ったほうがいいってことなのかもしれませんね。
クール担当フリード君は二十位ぐらい。クールキャラって頭良くないと格好がつきませんもんね。そこは頑張らないといけませんか。
バカ担当ピカールは底辺で、脳筋担当パウエルは名前も載っていません。停学中でテスト受けてませんもんねアイツ。停学明けからはずーっと補習になるのかな。タップリ反省してもらいましょう。
「さーテストも終わったし、明日から冬休みだし、なんかしてみんなで遊ぼうや!」
二学期の終業式、ジャックも、赤点を免れたシルファさんも、ようやく勉強から解放されて嬉しそうです。
「うーん……冬休みの間、僕らサボってた公務を取り戻さないといけないよ」
「固いこと言うなよ。一日ぐらい、いいだろ?」
「え、え、なになに? 遊びに行く話!?」
うわーってクラスメートも集まってきます。
「ねえねえ、シン君とセレアさんって、仲がいいけど、やっぱりお忍びでデートとかしてるの?」
「そりゃあしてるさ」
「いつもどんなところに行くの!?」
「観劇したり、食べ歩きしたり、買い物したり……」
「フツ――……」
「フツーすぎる……」
みんなガッカリします。そりゃあそうだよ。王子だからって特別に面白いことなんて別にないよ。
「セレアさん、シン君と一緒に行ったところで、一番楽しかったのって、どこ?」
セレア、ちょっと思い出すような顔して、ぽっと赤くなって……。
その様子にクラスのみんなの期待が盛り上がります!
「……教会」
「真面目か!」
「なんで教会……」
「優等生過ぎるわ!」
クラスの総ツッコミが入ります。
アレか――! 十歳の時、夜中に屋敷を抜け出して、二人でコッソリ挙げた結婚式。アレはハラハラドキドキ、スリルありましたよ。そうかあ。今でもセレアはあの思い出、一番大切に思ってくれているんですね。いやいや待て待て。逆に言うと、アレより楽しかったことがまだ無いってことですか。問題だぞそれ。
「遊びに行くって言っても、だいたいなにやるのさ?」
「うーんそれなんだよな……。王都って、遊ぶってことに関しては、実は大したモノがないんだよな」
ジャックが考えこんじゃいます。
地方に行けば、そりゃあもう「温泉」って建前で大人向けの歓楽街とかあります。ギャンブルとか推奨して金を吸い上げてる領主様もいますって。いくら規制してもちゃーんとそういうのをかいくぐってきますから、国政としても頭が痛いです。王都は王室のお膝元なわけですから、そういうのはガッチリ厳しくて案外僕ら未成年の学生が遊べる場所ってないんですよね……。
「ピクニック?」
「寒いよ、もう」
「ボウリングとか」
「体育祭でやったしなあ……」
「レストラン貸し切りでどんちゃん騒ぎ!」
「お金が無いよ……」
うん、僕のクラス貧乏貴族多いんですよね。
「それでしたら!」
クラスの一人、サンディーが、なんかチケットを出します。
「グローブ座で、『歌劇座の怪人』やってまして、その優待券がここに十枚あります!」
「へー……。サンディーなんでそんなの持ってるの? 演劇部だから?」
サンディーは演劇部員です。脇役とかやってたの学園祭で見ました。
「はい、学園祭の後、あれを見たグローブ座のシェイクスピオって人が来て、劇の版権を買いたいって言って来まして、一緒に来てた新人の脚本家のアンドレ・ロイドって人が脚本書き直してグローブ座でやるんだって!」
「そりゃすごい。版権料、演劇部でいくらもらえたの?」
「優待券二百枚……」
「それをさばかなきゃいけないんだ」
「……実はそうです」
まあ半額になりますしね、それぐらいはいいでしょう。
「ありがとう。じゃ、明日みんなでそれ行こうか!」
「おお――――!」
クラスのみんなとお出かけって、なんかいいですね。
くじ引きで優待券十枚、希望者で抽選しまして、出かけることになりました。
うん、僕とセレアは外れたので、自腹です。
翌日、噴水公園前でみんなと待ち合わせしていると……。
「なんでいるの?」
「偶然です!」
「わからないかい? ぼくの輝きに寄せられてきたのはきみのほうさ!」
どういうわけですかね。ヒロインさんと、ピカール、ちゃっかり来てるんですよ。
「ぼくが主演した『オペラ座の貴公子』、プロの役者たちがどう演じるか、興味深いじゃないか。ぼくが観てあげないと、役者たちにも気の毒だよ」
はいはい。
「君が来るのはなんか意外……」
「俺にかまうな……」
なぜか来ているクール担当。ちゃっかりピンク頭の隣にいますフリード君。両手に花ですねえヒロインさん。
脳筋担当は来ていません。停学中で自宅謹慎ですもんね。
「じゃあ行くよ! みんな! ぼくについてきて!」
なんでピカールが仕切るんです? まあみんなゲラゲラ笑いながら、しょうがないなあって感じでついていきます。愛されてますねえピカール君。バカな子ほど可愛いって、いいますもんね。
さあフローラ学園の一団十五人で、劇場の一番安い席を占領して「歌劇座の怪人」、観劇します。
タイトルが「オペラ座の貴公子」から、「歌劇座の怪人」に変わっていたことから薄々、予想していたんですが、主人公が「怪人」になっているんですよ!
「うん、こっちのほうがいいよ」
「やっぱりあれ観て、脚本家の方もそうしたほうがいい劇になるって思ったんでしょうね……」
セレアと二人でこそこそと話します。
音楽も凄いです。劇場に備え付けの本物のパイプオルガンが使われて体にビリビリくるほど迫力あります。タイトルの「歌劇座」らしく、セリフもオペラ風に全部歌になってますし、素晴らしい劇に変わっていました。
ストーリーは同じでも、王子が主人公の時はハッピーエンドでしたが、怪人が主人公の今作では恋愛悲劇です。最後、愛する踊り子のために身を引き、怪人は消えてしまいます。
誰にも愛してもらえないって、なんて悲しいんでしょう……。
僕にはセレアがいてくれて、幸せですね……。人に愛されるって、奇跡のように大切にしなくちゃいけないことなんだって、思い返すことができました。
「なんだいあれ! おかしいよ!」
劇場を出て、ピカール、憮然としておりますね。
「あれじゃ怪人のほうが主人公みたいじゃないか!」
……そこ?
……いまさら?
これには、みんな、苦笑するしか無かったですね。
次回「71.【三年生】ヒロインの動向」