69.仮面武闘会
「殿下! 学園の武闘会に出場するそうですな!」
「ああ! なんか出ないとまずいみたいで!」
キィン! カキッ! キィン! カキッ!
今日もシュバルツと剣術のけいこです。僕が使うのは十手ですが。
「槍を剣で相手するには、実力差が三倍は無いとダメってのは知ってますな?」
「うん」
「剣を十手で相手するのも、実力差は三倍は必要なんですがね」
「知ってるよ!」
「はあー……。それを知ってて、それで出るって言うならもうなにも言いませんがね」
シュバルツがため息して、肩をすくめます。
「では私からの手向けとして、十手術の最終奥義を伝授します」
「すごそう。なにそれ」
「『刀折り』です」
二学期の最後の学園行事、武闘会。
どうも良くない噂があるんですよ。やれ、上級生が下級生に圧力をかけたり、上位貴族が下級貴族に圧力をかけたりとか。
学園は貴族の家系が半分、騎士の家系が半分です。
騎士が貴族に勝ったらダメ、下級騎士は上級騎士に勝ったらダメ。そんなことがあったら、実力があるのに負けなきゃいけない生徒さんが気の毒です。みんな今騎士や貴族ってわけじゃなくて、その子供なんですから。
今回はなぜか攻略対象たちも出るんです。あの脳筋担当以外もね。ヒロインさんに勝利を捧げるんだとか言って勝手に盛り上がっているようです。去年もそうでしたが、学園武闘会での優勝者はミス学園にキスしてもらえますから。今年のミス学園はヒロインさんですし。
でも武闘会をそんなヒロインさんを取り合うような場にしてほしくありませんし、僕が一肌脱ぎましょうかね。
あ、言っときますがハーティス君は出ません。彼、運動苦手なインテリ君ですし、ヒロインさんに興味ないですし。
「王子だとバレないように出場する方法ってないかなあ……」
「ゲームだとシン様、カッコいい甲冑着て、出場してましたよ?」
「それだとみんな僕に打ち込めないじゃない。ゴールキーパーの時みたいに」
うーんってセレアが頭を傾けて、顎に指を当てます。
「ゲームだとみんな、王子と手合わせできる良い機会だと本気でかかってきます。特にヒロインを取り合ってる攻略対象が相手だと、いいとこ見せようとして全力で」
「僕どんだけ嫌われてるの……。顔を隠すようにしたいんだけどさ」
「うーん、私の国だと、顔を隠すというと忍者ですか。黒装束の和装に鎖帷子という最小限の防御でせいぜい手甲脚絆ぐらい」
そうしてすらすら絵に描いてくれます。
「いいね、それ面白そう。ニンジャね。武器はなにを使うの?」
「忍者刀ですよ。黒塗りで片刃の直刀」
「それでもいいんだけど、それ十手でもいい?」
「いいと思います。ピッタリです!」
僕が護身術として、剣とは別にずっとシュバルツに習っている十手ってのは、ただの鉄棒ってだけじゃなくて、L字型に金具が飛び出してまして、それをズボンのベルトに引っ掛けてズボンの中に挿して持ち歩いてます。
これで剣を受け止めてねじりあげてぶんどったりとか、ぶん殴ったりとか、押さえつけて腕や首をひねりあげたりそういう使い方をします。護身具であり、剣を持った相手に対する捕獲用の武器ですね。
剣を使う相手が大半の武闘会では、ピッタリな武器って感じがします。
「あと、口調は、語尾が『ござる』で、自分のことは、『拙者』です。お忘れなきよう!」
なにそれ。それ守らなきゃダメ? セレアはめちゃめちゃ楽しそうなんだけど……。
で、主催の体育委員会にこっそり手を回して、「ニンジャマン(笑)」という名前で、出場登録しました。セレアがデザインしたとおりに衣装も作ってもらいまして、当日、黒尽くめの手甲脚絆、鎖帷子でこっそり会場に向かいます。
抽選したトーナメント表を見ると、僕と当たるのが全員、なぜかヒロインの攻略相手ばっかりなんですよ。優勝を彼女に捧げると競い合っているようですが、ゲームの強制力って凄いですね。他の学年の生徒も出場しているのにさ……。
「両者、位置について!」
レフリーの指示でリングに上がります。
一回戦。バカ担当ピカール・バルジャン伯爵子息。武器は鞭。
あいたたたたたた……。お前も出んのかよ……。
しかし武器が鞭ってのはどうなんだ? 試合用の鞭なんてあったっけ?
「鞭に実戦用と試合用の区別はないのではござらぬか?」
「実戦用ならこの鞭には美しいバラのように棘があるさ。きみは切り刻まれてしまうよ?」
びしゅっ! ぱしっ! ひゅんひゅん!
華麗に鞭を振り回しております。通常ならリーチが読めませんので怖い武器ですよ。
観客席から女生徒たちの歓声が上がります。カッコいいですもんね!
でもリーチが自在で思わぬところから飛んでくるのが鞭の怖い所なのに、こうして試合前にデモンストレーションでたっぷり見せてくれるんだからバカですねえ……。
「始め!」
ま、こういう遠距離攻撃系の武器は懐に飛び込まれたら終わりと相場が決まっております。素早く駆け寄って間合いを詰める!
もちろんピカールは鞭を振るって僕を打とうとしてくるわけで。
ひゅんひゅんひゅん! 僕の体にクルクルと三周ほど巻きついてしまいました!
「あはははは! これできみはもうぼくのとりこさ!」
わざとですって。打たれるよりはましですから。ほら巻き付いた分、もう君は僕の目の前にいるわけで。
僕が幼少のころから特訓してたのは武術だけじゃありませんよ。ダンスもです。
ダンスの三回転スピンで巻き付いた方向と逆に回れば、あっというまに巻き付いた鞭がほどけますんで、その回転の勢いのまま足払いで転ばせます。足払い、いつも多用してしまいますが、剣士みたいに体術を使わないやつはこれが来るってまず考えませんので簡単に引っかかってくれるから便利です。倒れたピカールをうつぶせに転がして鞭で後ろ手に縛りあげましょう。
「さてどうするでござるかな?」
「ふざけるな! ぼくは絶対に降参しないぞ!」
めんどくさいやつですね……。鞭をつかんで引きずって場外に放り投げます。
「別に降参してくれなくても、リングアウトも負けでござる。残念でござったな」
二回戦、クール担当フリード・ブラック侯爵子息。武器はレイピア。突きがメインとなる、いわゆるフェンシングスタイルです。決闘でよく使われる剣です。
「……試合で突きは禁止でござったのではあるまいか?」
「レイピアを使う選手に突きが禁止もないだろう。先端はカバーしてある練習用のフルーレだ。ケガはさせないから心配するな」
さきっぽに木片がはめてあります。
「それでは勝敗はどう決めるのでござるかな?」
「この先がお前の体に触れたら、刺さったとみなして俺の勝ちだ」
「ずいぶんゆるゆるな勝利判定でござるなあ……」
「不満があるなら棄権しろ。負けを認めて去れ」
「貴殿、意外と卑怯でござるな。まあいいでござるよ。それぐらいのハンデは無いとやりにくいでござろうて」
「始め!」
素早い突き!
ですが、突いてきたフルーレをくるっと左入身でグリップを握った手を上からつかみ、十手の喉輪当てでのけぞらせて跪かせ、柄を蹴飛ばして手から離させます。
そのまま後ろに転ばせてから、上に飛んで落ちて来たフルーレを受け止めて、その木片でカバーされた先端で尻もちついてるクール担当の胸をちょんとつつきます。
「確か先端が触れたら負けでござったな?」
「それは俺の武器じゃないか! 無効だ!」
「騎士なれば武器を奪われたら負けでござる。まあ学生の試合だからそこは大目に見るとして、では貴殿が降参するまで、今からこのフルーレで何十回も突くでござるが、それでもいいでござるかな?」
「……いいだろう、今回だけは勝ちを譲ってやる。次は見逃してもらえるとは思うなよ」
何言ってんのコイツ。
あとで「うああああ、あの時の俺殴りてえ!」ってなっても知りませんよ?
まあこのことで一生コイツの心をえぐることができそうなんで、それも悪くないかな。クールって大変ですねえ。
準決勝、ジャックシュリート・ワイルズ子爵子息。
……そりゃあ出てくるよねジャック。剣術部だもんね。
武器は木刀です。騎士や国営の武闘会だったら剣は鉄製の、刃を丸めた刃引き剣ですが、まあ学生の武闘会ですから木刀しか許可されません。
「なにやってんだよ、シン」
あいたたた……。バレてます。バレるに決まってるか。付き合い長いもんね。
「まあお前とは一度真剣勝負がしてみたかったさ。手加減すんなよ?」
親友とのガチンコ勝負! やりにくいけどしょうがないね。
「始め!」
胴! 袈裟! 上段からの振り下ろし! 基本通りだけど速いっ!
連続できます! 十手で払い、受けますが、パワーもなかなかです! パワー勝負になると僕ちょっと不利ですか! カギで受けて取ろうとすると剣を引かれはずされます。クソッ十手との闘い方知ってるな!
長引くとどんどん不利になるんで、ちょっと卑怯かもしれないけど……。
十手で受けてねじり、木刀にカギを食い込ませ、鍔元まで体を一気に寄せて左手でジャックの顎を上に打ち上げます!
「ぐはっ!」
のけぞったジャックの首に腕を巻き、足を後ろにまわして転倒させ、喉元に十手を押し当てます!
「……クソ、まいった」
はー、ギリギリでした。
実際には十手で剣を噛ませることはできないんです。滑るから。
相手が木刀ならではのやり方です。そこが卑怯と言えば卑怯でした。
手を掴んで、起き上がらせ、そのまま握手します
「相変わらずのケンカ殺法だな」
「すまんでござる」
「次はちゃんと剣で勝負してくれよ……」
「今のは真剣だったら拙者の負けでござるよ」
「言うねえ。いてててて……。手加減無しとは言ったけどよお」
場外でハラハラしてみていたシルファさんにちょっと軽く礼をします。
ごめんねシルファさん。
決勝戦。近衛騎士団長の息子、パウエル・ハーガン。脳筋担当ですね。
武器はもちろん両手剣の長剣です。木刀ですけど。
「両者位置について」
レフリーの指示で向かい合います。
「馬鹿者! 礼をとれ!」
いきなり何バカなことを怒鳴ってるんでしょうねこいつは……。
「拙者が貴殿に礼をとらねばならぬ理由がわからぬでござるが?」
「お前下級騎士の子だろう! 俺は近衛騎士隊長の長男だ。お前の上役だぞ」
「なぜ拙者が下級騎士の子だと思うのでござるかな……?」
「その武器、帯剣する資格もないやつが街の見回りに使うもの。正騎士は使わん」
ああそういうことですか。最近は十手、市内見回りの私服衛兵に持たせていますもんね。身分の低いものが使う武器だと思われているかもしれません。
騎士でも下級だと、賊を斬る権限がありません。貴族や上級騎士だったら帯剣した剣で賊を切り捨てればいい話ですんで、十手は使いませんから。
「自分のほうが偉いに決まってると思うのは勝手でござるが、騎士は貴族と違って世襲ではござらぬよ。貴殿が将来騎士になれるかどうかは未定でござる。要するに貴殿はちっとも偉くないのでござるが、ご承知無いのでござるかな?」
会場が笑いに包まれます。
親の権力をかさに着て相手に負けろと脅す奴。コイツでしたか。
ま、権力持ってるんだから使うのが当たり前ってのは貴族の常識です。別に卑怯ってほどじゃありません。学園の外でだったら、ですが。
「貴様……。後悔するぞ? なによりその覆面が無礼であろう! 覆面を取れ!」
「よろい兜をかぶって闘う選手もいるでござろう。いまさらでござる」
「お前は名前まで隠しているじゃないか!」
「拙者は恥ずかしがり屋なのでござる」
「この武闘会の出場者はな、負けて恥をさらすこともいとわぬ覚悟で出場しているんだ。負けても恥をかかなくていいようにそんな覆面をして偽名を使うなんて卑怯だろう」
「拙者の顔が見たければ、拙者に勝ってから倒れた拙者の覆面を剥げばよいでござろう」
「そうしよう。ただし、剥ぐのは首からだ」
木刀をぶん投げて、腰の剣を抜きますね。
なんでコイツ帯剣してるんでしょうねえ。いつも帯剣しているんですよコイツ。
当たり前ですが学園では帯剣禁止です。校則違反です。親の権力にモノを言わせて公然と校則違反してるわけですね。
「真剣勝負だ、受けろ。木刀で相手してほしかったら今ここで頭巾を脱げ」
うわあ卑怯だなコイツ。相手が剣じゃないからって、自分は斬られないことをわかってて、真剣使おうってわけですか。それで僕がビビると思ってるんですかね。
これはさすがに審判が止めようとしていますが、手を振ってかまわないよと伝えます。
「十手は元々、刃物を持った賊を懲らしめるための武器でござる。存分にかかってくるでござるよ」
「貴様――――!」
キレたパウエル、始めの合図も無しに振りかぶって打ち下ろそうとしてきます。
もう一本隠していた十手を抜き、左手でくるっと回して十手の柄ではなく、棒心の先端を握り、二本の十手のカギを咬み合わせて逆手双角で受け、そのままひねり下げて……。
バキン! ニッパーで針金を切るように剣を折る!
十手術双角奥義、「刀折り」でござるよ!
どんな自慢の名剣か知りませんが、焼きを入れた真剣なら大抵これで折れますな。そのまま愕然とする脳筋を足払いですくい上げるように後頭部からリングに落とします。頭をリングに自分の全体重をかけて打撲したもんだからあっけなく気絶です。
倒れるにしたって倒れ方があるって、以前にも経験したでしょうが? まったく進歩してませんね。バカですか?
「優勝、ニンジャマ――――ン!」
実行委員長が宣言して、会場がうわーって盛り上がります!
担架で運ばれていく脳筋、無様です……。
優勝カップを持って、セレアが上がってきます。
「え? なんでセレア? それヒロインさんがやるんじゃなかったの?」
「攻略対象が全員負けたんで、逃げちゃったみたいです。あなたみたいな得体のしれないやつにキスなんてしたくないって。しょうがないんで、立候補しました」
なんだかなあ……。
「おめでとうございます、シン様」
そうして、カップを渡してくれたあと、僕の首を抱き寄せて、覆面の布越しに唇にキスしてくれます。
会場がどよめきます。
「いや! まずいよセレア! 王子の婚約者が正体もわからない男にキスするなんて大スキャンダルだよ! あとで大問題になるって!」
「だったら頭巾をお取りください」
にっこり邪気なく笑います。
あーあーあー、しょうがないなあコレ。
「僕もう来年から出られないじゃない……」
頭の後ろの結び目をほどいて、頭巾を脱ぎます。
会場がしーんと……。
「私の王子様を、自慢したくなりまして」
セレアを抱き寄せて、会場に向かって手を振ります。
うおおおおおお――――――――!
会場大歓声!
王子がお忍びで出場して、優勝。なんだかなあ。
顔は隠してたから卑怯だとは言われないとは思うけどさ。
自分よりも身分高い相手には本気出せなかったって選手、いっぱいいたと思うんだ。今回はみんな、僕に本気でかかってくることができたと思う。
遠慮はいらない。王子でさえ、公平に戦ってるんだから、親の地位を振りかざして戦うなんてみっともないって、そんな前例になればいいと思います。
次回「70.スライディング土下座」