68.ラストダンスを、君と
学園祭がすべてのプログラムを終えて無事に終了しました。
なんやかんや用事を済ませて、セレアと一緒に教室に戻ると、クラスのみんなに拍手で迎えられましたね。
「やあ、ベストカップルおめでとう。あとミスターも!」
「いやー、ありがと、ありがと。みんな僕にまで内緒にしていたよね? びっくりしたよ」
照れくさいけどみんなの前でお辞儀して礼をします。
ミスターもベストカップルも、みんな投票してくれたでしょうから。
クラスの出し物の執事・メイド喫茶ですが、交代で運営して、午後には全部売り切れたんで、みんなで講堂に劇を見に行っていたそうです。クラスのみんなも学園祭を楽しめたようで、良かったです。でもあれをクラスのみんなに見られていたのはやっぱりちょっと恥ずかしかったかな。
「さ、後夜祭行こう!」
学園の正面入り口ホールを使ってダンスパーティーです!
みんなタキシードとドレスに着替えて参加します。
僕とセレア、ジャックとシルファさんは執事服とメイド服のまんまですけど。
ジャックがシルファさんのメイド服姿、すっかり気に入っちゃいまして、「ずっとそれ着てろよ」って言うもんだから、付き合いです。
……ほら、貴族が自分の婚約者に、使用人であるメイド服を着せるなんて、「それどんな羞恥プレイ?」ってやつになっちゃいますから、これは付き合ってあげないと。
それに後夜祭の主催は生徒会。僕ら、会場で食事とか準備しなきゃいけないから丁度いいです。もちろんセレアも、有志も手伝ってくれて会場の準備が整いました!
去年は一曲セレアと踊ってすぐ退散しましたけど、今年は実行委員の一人として改めて会場を見ると面白いですねえ。
学内に自分の婚約者がいる生徒は、パートナーをエスコートして会場に入ってきます。去年は一人だった三年生や二年生が、今年学園に入った一年生の婚約者を連れて来たり、中には三年生のお姉さんをエスコートして入ってくる一年生男子なんてのもいて、微笑ましいです。
ピカールみたいにモテモテなやつは女の子が何人も取り巻いて、ハーティス君みたいに頼まれると断れない人は、文芸部の女の子を一人一人エスコートして、なんて感じの人もいますけど。
婚約者がいない生徒たちは、会場のあちこちで、お目当ての相手にアプローチ合戦です。ま、それも楽しからずや。学生のうちだけしかできない恋もあるってもんです。婚約者も恋人も、お目当ての子もいないやつは? そんなやつはふてくされて不参加ですねえ。ご愁傷様。
ヒロインさんですが、大人気ですよ! ミス学園ですから!
上級生、同級生、下級生に攻略対象の脳筋、クール担当からもアプローチをかけられてイケメンの輪ができています。無視無視。
ダンスタイム、一曲目、セレアと踊ります。
昼間派手に踊った後ですので、しっとりと、優雅に踊ります。
ムーンウォーク? やらないよ? あれは一日に一回だけです。
二曲目、うわーって女の子に取り囲まれちゃいます。
「シン君! ミスとミスターになったんですから、お祝いに一曲踊りましょうよ! 私にもご褒美下さい!」
ピンク頭、他のお嬢様を押しのけてぐいぐい来ます。なんだかなあ……。
「ごめん、君とは踊れないよ」
「どうして……!?」
「婚約者がいる人は同じお嬢様と二回は踊れないんだ。今日、君とは一回踊っちゃったからね」
「そんなの貴族ルールでしょう! ここは学園。そんなルールに縛られる必要はありませんよ!」
いやあ周りのお嬢様のドひんしゅくを買う発言を堂々とよくやるなあ……。ほらまわりの女子たちの視線が凄いことになってます。
「いや、貴族のルールじゃない。これはダンスのルール」
「さあ踊りましょうセレアくん。最初のダンスこそシンくんに譲りましたが、あなたほどの踊り手、このぼくにこそふさわしい。どうぞ、この手をお取りください!」
今日の演劇部の劇の主役をやってたピカール。一曲目はヒロインさんと一緒に踊って目立ってましたが、次に、セレアにダンスの申し込みをしています。
ベストカップル賞のときあれほどのダンスを披露したセレア、さすがに怖気づかれたか他に申し込む男もいませんか。
「先約がございますの」
にっこり笑って、優雅にお辞儀してからすたすたと歩き、壁によりかかってつまらなそうにダンスを見ていた知らない男に歩み寄ります。
「仮面の男、オペラ座の怪人様。どうぞ私と一緒に踊ってくださいませんか?」
言われた男はびっくりですね。まさか自分が声をかけられるとは全く思っていなかったようです。
「セレア様! ど、ど、ど、どうして僕!?」
「……クリスティーナへの切ない片思い、胸を焦がす嫉妬、どうしようもない衝動と慟哭、すばらしい演技でした。私にとって、まごうことなく、あなたはあの劇の主役でした」
「僕、メイクもして、ずっと仮面かぶってたのに……」
「……私が投げた花を、いま胸に挿していらっしゃいます。花束、受け取っていただいて、ありがとうございます」
男、顔を赤くして感動していますね。たしかモルト男爵の三男坊でしたか。
僕から見てもいい演技していました。主役を食わないように意地悪く、観客のうらみつらみを集めていましたが、確かに名演技でした。納得の二番ダンスです。
「ぼ、僕、ダンスなんて。とてもあなたの相手なんて務まりません……」
「そんなことありません。さあ、最後までクリスティーナと踊ることを許されなかった仮面の男の無念、私と一緒にお慰めいたしましょう」
セレアが三男坊の両手を取って、いちにっさん、いちにっさんとステップを踏みます。つられてステップを踏む三男坊。
そして、ぐるぐる、サイドスキップで回り出す。
あはははは! あれはいいわ! 僕も一緒に踊りたいぐらいです。
僕とセレアが初めてダンスパーティーで踊った、あのステップですね!
「殿下、次はわたくしと」
「ぜひわたくしとお願いしたいですわ」
「パトリシア!」
僕に呼ばれた執事喫茶、接客指導担当のパトリシアが、えっ私? って顔してびっくりしてますね。列のずっと後ろにいました。
「君、僕と踊ったことが一度も無かったよね! 今日は学園のダンスパーティー、無礼講です。まだ僕と踊ったことの無い子から、片っ端から踊っちゃうよ! さあ、こっちに来て!」
そう言われちゃあ、並んで待ってた上流階級の婦女子の皆さんも、何にも言えませんよ。どの娘さんも、どっかのパーティーで、何度か踊ったことがありますから。
僕は真っ赤になってぎくしゃくしてる、自称貧乏男爵家の娘さんのパトリシアの手を取って、お礼を言います。
「喫茶店、盛り立ててくれてありがとう。君のおかげだよ」
「そんな……。シン君ががんばってくれたからです。私なんて」
「来年も頼むよ! 僕も協力するから!」
さあ、彼女を最高に綺麗に見せられる紳士なリードで踊り出します。
僕は引き立て役、僕は引き立て役!
踊っている間は、彼女はお姫様さ!
セレアが踊ってた輪が広がって、もう最後は全員参加の輪舞になっていましたね。学園祭の最後にふさわしいダンスになりました。僕もみんなといっしょに手をつないで、ぐるぐる、ぐるぐる回ってましたよ。楽しかったね!
後夜祭のパーティーが終わり、次々と馬車が行き交う中、僕とセレアは歩道を歩いて、セレアのコレット邸まで帰ります。
タキシードにパーティードレスで歩道を歩いてたらおかしいけど、今の僕たちは執事とメイドですから。
「楽しかったね、学園祭!」
「はい! 今までで一番楽しい学園祭になりましたね」
「……来年はもう、今年ほど盛り上がることもないかも」
「もう三年生になりますもんね、私たち」
「そうそう、少しは落ち着かなくちゃあね」
……二人で手をつないで歩きます。
「今日、やり残したことが、一つあるんだ」
「?」
「……ラストダンスは、君と」
つないだ手を、持ち上げます。
街灯に照らされ、セレアが照れ笑いしますね。
「今日、もう三回目ですよ?」
婚約者とは、二回だっけ。
「僕たちもう結婚してるんだ。かまわないさ」
「じゃあ、ヒロインさんと踊ったあのダンス、私とも踊ってください」
街灯に照らされ、夜の歩道でふんふんふんって鼻歌、歌って、あの舞台のダンス、二人でもう一度、再現しました。
次回「69.仮面武闘会」