67.オペラ座の貴公子
注目の演劇部の演目は、「オペラ座の貴公子」。
主役をやるのが、バカ担当ピカールです。一応学園ではモテモテですね。一定数のファンがいます。それが演劇発表で主役をやるんだから、満員ですよ。僕とセレアもヒロインさんからもらった優先券が無ければ入場、危なかったです。
BGMは音楽部の全面協力で、生演奏でやってくれます。
学園でも超モテ男のピカールですが、これがまた、あの演劇部であるヒロインさんと、恋仲になるんです。
オペラ座のスポンサーであるピカール演じる王子が、劇団の踊り子であるヒロインさんに惚れこんで、平民である彼女と結ばれて愛を育むという、そういう話なんですけど。
「ああ、クリスティーナ! 僕はあの幼き日、君と花を摘んだあの日を忘れていない!」
そうしてピカールとヒロインさんがイチャイチャしてると、それを邪魔する「仮面の男」というのが出て来まして。
これ、「ノータルダムの怪人男」の話かと思ったらちょっと違いますね。
この仮面の男、オペラ座の怪人がヒロインに横恋慕するもんですから、上演中の劇中劇で舞台をぶち壊したり、邪魔をしたりだとか、シャンデリアを落としたりと散々嫌がらせをやりまして、で、「歌え! 歌うのだ! わたしのために!」って、最後にはとうとう彼女をさらっていってしまいます。
「……これ、どう見たって、ピカールさんより、あの怪人のほうがいい演技してますよね……」
セレアがそんなことを言います。
同感ですね。演技過剰、なにごともオーバーなピカールに対し、身に秘めた燃えるような嫉妬、慟哭。クリスティーナにその仮面を外した醜い顔を拒絶され、どうしようもない悲恋に身を焦がす怪人の迫真の演技のほうが光ってます。観客にはそれが伝わるでしょうか。
「……台本が悪いよ。これ、怪人を主人公にしたほうがずっといい劇になるよ」
「私もそう思います……」
で、そのさらわれたヒロインをこの貴公子であるピカールが格好良く助け出してハッピーエンド。なんだそれって感じですけどね。
コレ、他の攻略者、どうなっちゃうんでしょうねえ……。
だって舞台の上でピカールとヒロインさんがずーっとイチャイチャ、ベタベタしてるのを公開で見ることになるわけでしょ? ほかの殿方は大丈夫なんですかね、好感度的に。ほら、クール担当も脳筋も憮然としてますよ。後でフォローできるんでしょうか。
上演が終わって、カーテンコールで舞台挨拶です。スタンディングオベーションで会場のみんなが拍手します。
「ブラヴォ――――!」
ひときわ高く拍手してる男! 見たことあります!
シェイクスピオです! あのハムレッツ! ロメオとジュリエッタの脚本家!
前評判を聞いて見に来てくれたんですか。隣にいるのは劇場関係者でしょうか。こりゃあいい。もし気に入ってもらえたら、もしかしたら彼の劇場で再演してもらえるかもしれません。学園の演劇部の活動実績になったらいいな!
カーテンコールで舞台へ女生徒たちが押しかけて、お目当ての役者さんに花束を投げてます。
「私も、行ってきます!」
セレアも花束持って、舞台へ駆けて行きました。うん、全体としてはよかったと思います。シンデレラよりは。
その後は引き続き音楽部の演奏発表です。
学園外の大人のお客様と学生が入れ替わって、客席は学生が多くなりました。
講堂の催し物。最後はミス学園と、ミスター学園の発表です。ミス学園は全校生徒の男子投票、ミスター学園は女子投票なんですよ。
文化委員長が学園祭実行委員長で、司会です。
「さあ、今年のミス学園はあああ!」
音楽部のドラムロールが鳴って、シンバルがじゃーんって鳴らされます。
「リンス・ブローバー嬢です!」
ぎゃあああああ。ヒロインさんがミス学園ですか!
会場、男子生徒からは大歓声! 女生徒客はしーんとしております。みなさん貴族の御令嬢ですから、ブーイングなどと言う下品なことはいたしませんが、この反応であります。うわあ……。
あの踊り子の衣装で舞台に上がるヒロインさん。
「おめでとうございます!」
「ありがとう。ありがとうございました! 会場のみんな、ありがと――――!」
涙ぐんで手を振っております。しかしやっぱり人気あるんだなあ。さすがはヒロインさんです。実行委員長から花束を受け取って祝福されておりますね。
「さあ次は、学園のミスター! 全女生徒の投票により、その栄冠に輝いたのは!」
音楽部のドラムロールにシンバル。
さあ、これで誰が今一番ピンク頭と好感度高いかがわかります。
「シン・ミッドランド殿下です!」
うぉおおおおおお――――! きゃああああああ――――!
ヒロインさんに匹敵する大歓声!
僕かい!
びっくりです。僕はミスター学園はあの学園一のモテ男、ピカールが取るとばっかり思ってましたから、僕には関係ないと最初からまったく予想してませんでした。だってこれヒロインさんとの好感度ナンバーワンの相手がなるはずじゃなかったですかね?
「やられました……。この展開絶対ないと思ってたのに」
セレアの笑顔もこわばってます。
「うん……、もうゲームの設定なんて関係なくなってるんだよ、きっと」
そう言って、席を立ちます。舞台に上がらないといけません。
「行ってくる」
セレアの手を取ってちょっとキスしてから、会場の皆さんに頭を下げ、執事服で舞台に上がります。
「おめでとうございます殿下! ミスター学園に選ばれた感想を一言!」
「みなさん、投票ありがとうございました。光栄です。でも学園では殿下はやめて。面倒だよ」
笑いに包まれる客席に、胸に手を当ててお辞儀します。
「それでは、ミスとミスターに輝いたお二人に、ダンスを踊っていただきます!」
学園の伝統で、ミスとミスターになった僕たちは、デモンストレーションとして舞台の上でダンスを踊らなければなりません。当然、それぐらい軽くできる人間が選ばれることになります。できてあたりまえだと全員が思っているわけです。ダンスは貴族のたしなみですから。
「おめでとうございますシン様。さあ、一緒に踊りましょう!」
とびっきりの笑顔ですねえピンク頭。このやろう……。
実は僕はヒロインさんと直接触れたことがありません。
彼女の手を取ったときに、またあの記憶みたいに僕の頭に勝手な妄想が流れ込んでくるんじゃないかと、そこは恐怖を感じました。
でも、ここまできたらいまさら断れません。
意志を強く持って、彼女の手を取ります。七歳の時以来、初めてヒロインさんに直接触れることになります。
……何も感じません。あーよかった。心底安堵します。
「シン様、私のダンスについてこられますかしら?」
「なめるな」
音楽部の指揮をしている部長さんに曲をリクエストします。ちょっとびっくりされましたが、演奏が始まりました。
あの「オペラ座の貴公子」の舞台の上で演じられた、貴公子とヒロインのダンスシーン、それをそのまま再現して見せます!
何度も練習したダンスなので体が勝手に動いちゃうのでしょう。簡単なリードでヒロインさんが、もうあの舞台の通りに踊ってくれちゃいます。
観客席はもう大歓声ですよ。あの舞台の見せ場のダンスを、ここでもう一度見られたわけですから。
曲が終わって、ヒロインさん、驚いてますね。
「……シン君、あなたどういう人ですか。ピカール様より上手です!」
「僕が何年ダンスやってると思ってんの」
ヒロインさん喜んでますけどね。僕はこの場で、劇の貴公子の代役を務めただけだよ。そんな意味があるんですけど、伝わるわきゃあないか。セレアには、わかったと思います。
「ありがとうございました! ではここで、最後にもう一つの賞を発表したいと思います!」
司会が叫びます。
ヒロインさん、ええ――って顔しますね。
いや、コレは僕も聞いてませんでした。なんの賞?
「わが校のベストカップル賞をここで発表させてもらいたいと思います!」
そんなん初めて聞いたよ!
「全校生徒による投票で、選ばれたのは!」
そういえば、ミス学園は男子生徒、ミスター学園は女子生徒の投票です。ベストカップルは全校生徒の投票ですか!? 全然知りませんでした!
「セレア・コレット嬢と、シン・ミッドランド様のお二人です!」
うおおおおおお――――――!
会場物凄い盛り上がり!
僕ですか!? 僕とセレアがですか!!!
全校生徒がねえ、認めてくれてるんですね、僕らを。嬉しいです!
ただのバカップルだと思われているのかもしれませんけどね。
ヒロインさん、愕然として口あんぐりですね。もう完全に聞いてなかったって顔です。
セレアなんかびっくりしちゃって、顔に手を当ててぽっと赤くなってます。ここで会場のセレアにスポットライトが当たるとは誰が予想してたでしょうか。
僕は客席に向かって手を差し出します。
さあ、おいで、僕のヒロイン!
メイド服のセレアが恥ずかしそうに、ゆっくり立ち上がって、右に、左に、前に後ろに、スカートをつまみ上げて、優雅に礼をして、ためらいがちに、客席から降りてきて舞台に登ります。
「おめでとうございます。ミスター学園とベストカップルの二冠! ぜひ、一言感想を!」
「ありがとうございます。こんな賞があるなんて知りませんでしたね。実行委員長も人が悪い……。いつの間にこんな投票集めてたの?」
「……ありがとうございました。びっくりしました」
二人で客席の皆様に頭を下げます。
今日は主人公だったはずのヒロインさん、完全においてけぼりです。
「ではここで、ベストカップルになったお二人に、ダンスを踊っていただきましょう!」
今度はセレアとダンスですか。忙しいねえ!
執事の僕と、メイドのセレア。貴族の学園であるこのフローラ学園で、使用人風情がベストカップル賞って、シュールな絵面ですねえ……。
せっかくですので今度も指揮をしている音楽部部長に曲をリクエスト。
「いいんですか?」
「うん、思いっきりやって」
ダッダッダッ。ダッダッダ、ダダダ!
軽やかな早いテンポのドラム前奏からクイックステップ!
二人で舞台の上を跳ねまわります!
シザーズ、シャッセ、サイドステップ! ターンからハイホバー!
ラン! ラン! ランニング!
会場の手拍子が始まりました! 舞台の端から端まで使って飛ぶように踊ります!
ヒロインさん、その顔はないでしょ。僕が最高のダンスを踊れるダンスパートナー。そんなの最初っからセレアに決まってるって。睨まないでよ。
舞台の端から端まで、バックステップから、つぃーつぃーつぃーつぃー。
ムーンウォーク!
講堂がどよめきます。
「なんだあのステップ!」「なんで後ろに下がるのおおお!」
「跳ぶよ!」
「はい!」
セレアをくるっと回してステージからジャンプ! 客席通路に飛び込みます。ターンしながらステップを踏みつつ、ホールドポジションのまま講堂通路の階段を二人で足をそろえてサイドステップで駆け上がる!
うおおおおおお――――! 歓声凄いです!
よっぽど息があって無きゃ、できませんよねこんなこと。
くるっくるっくるくるって回りながら客席通路を横切って、セレアと身を入れ替えながら舞台まで講堂通路の階段を駆け戻ります。
「何で転ばないのお!」
何年いっしょにダンスやってきたと思ってるんです。これぐらいボディトークでリードフォローできますって。
ナチュラルターン、テレスピンからオープン!
ポーズ決めてつないだ両手を広げ、客席にお辞儀をします。
うわああああああああああああああああ――――! っと会場大拍手!
いつか、チャンスがあったら、学園で披露しようと思っていたダンスです。
ダンスの先生、ありがとうございます。
やりたかったのは、僕たちが貴族の婚約者という立場を超えて、本当に愛し合っていて、恋をしているって見せること。誰も僕たちの心を奪えないってわからせること。それができたと思います。
拍手に送られて退場する時に、舞台袖でピカールに声をかけられました。
ぱちぱちぱちって苦笑いで拍手してます。
「やられたよシンくん、セレアくん。完敗だ」
うん君すっかり空気だったね。悪いことしちゃったな。
「やっぱりきみはぼくのライバルだ。次は負けないよ」
いやあそこは別に負けてもいいかな。君とヒロインさんがくっついてくれたら僕は万歳なんだけどね。
来年はベストカップル賞、やめさせようかな。ミス学園だけでいいよ。もう十分だって。
次回「68.ラストダンスを、君と」